第二章 怪獣の夜 ②
私は公園の手すりから身を乗り出し、音の主をじーっと見つめる。市街地の向こう、湾の中にポツンと異形なものが立っている。間違いない。
「怪獣だ……」
口から言葉が滑り落ちる。動画でしか見たことのない巨体が、そこには居た。
でも、『ヒカリ』とは違う。そんな気がこんなに遠くからでもした。『ヒカリ』とは何かが違う。何かが。
人工ギフテッドを産まないであろう点は確かにそうだ。それでも、こうやって瞳の中に収めると、根本的に違うものがある気がした。
「どうだ、あの怪獣は」
Jアラートのサイレンが鳴り始めたちょうどその時、怪斗が話しかけてきた。
「どう……と言われても……」
「オーラが違うだろ」
「オーラ?」
そう言われてみると、なんとなく雰囲気が違う気がした。存在感や空気感といってもいいかもしれない。
「さてと、描くか」
怪斗の呟きに私が振り向く。彼は砂が撒かれている地面の上にしゃがみ、手にしていたチョークで大きな円を描き始めた。私の身体がすっぽり入りそうなほどの円だ。私はその様子をじっくりと見る。
大きな円を描き終わると、今度はその中心に正三角形を2つ描いた。2つの正三角形は逆方向を向くように交差していて、星に近い形をしていた。
――どこかで見た形……。私は思ったことを口に出した。
「籠目模様……」
その言葉に怪斗が反応する。
「おっ、知ってるのか」
「前に、魔除けの紋様だって見た記憶が……」
「そうだ、魔除けだ。同じ形で六芒星っていうのもあるけど、それとは別だ」
珍しく怪斗が話に乗った、かと思えば、すぐにまた無言に戻ってしまった。残念、と心の中で思いつつ、私は再び怪獣の方に目をやった。さっきよりも陸に近づいている、そんな気がした。
次に怪斗が描いたのは、六角形の頂点に位置する小さな円だ。円の中には様々な模様も描かれている。太陽、月、よくわからないもの。
最後に六角形の中心に比較的大きな円が描かれ……
「よし、できたっ」
魔法陣は完成したらしい。怪斗の声からも描くことの大変さが伝わってくる。
「お、お疲れ……。それでこれからどうするの?」
「これからこの魔法陣で怪獣を呼び出す」
――呼び出す?怪獣を?私は自分の耳を疑った。いや、まさかそうなんではないかと思っていたのは事実だ。だけど、いざ聞いてみるとその非現実さを感じるしか他になかった。それに……
「呼び出す……ってなに?」
作る、のではなく呼び出す。その言い回しが無性に気になった。
「それは後で説明する。とりあえずはアイツの上陸を阻止しないと」
怪斗はそう言うと、六角形の中心に立った。そして屈んでは両手を地面につき、怪獣の姿を捉えた。
「契約を結びし紅の獣よ、我に力を宿せ。その紅き刃をもって、水の籠を打ち破れ」
すると、しばらくの沈黙ののちに地面が微かに揺れた。スマートフォンの防災アプリが地震の発生を伝える。
「ねえ、これって……」
私の呼びかけに見向きもせず、怪斗はただ一点を見つめていた。
「なにを見て……」
彼の見ているものに視線を送った時、私は息を詰まらせそうになった。
怪獣が、2体に増えているのだ。