第二章 怪獣の夜 ①
「ただいま〜」
「おかえり」
母と弟の声がほぼ同時にする。私は革靴を脱ぎながらあの件を伝える。
「ねえ、夕方に鷹見公園に行ってくるから」
「え?夕食はどうするの?」
「帰ってきてからでいいでしょ」
母の質問に適当に答えると、私はそのまま階段へと直行した。一段一段を仰々しく上り、自室のドアを大きく開け、そのままの勢いで制服も脱がずにベッドに横になった。
「はあ……」
私は額に右手を当てる。なんとなく冷たい気がした。
――どうすればいいんだろ。いや、母に行くって話した時点でやるべきことは決まっているんだけど。
「そうじゃないよね……」
そうじゃない、問題はそこではない。
怪獣が今夜、この街に出る。ビルが倒され、家が潰され、人が死ぬ。
『ヒカリ』と普通の怪獣では大きな違いがある。普通の怪獣は自衛隊の必死の掃討作戦で倒すことができるが、その代わり殺戮と破壊しかもたらさない。人工ギフテッドも産まない。
そう考えると、なんとなく吐き気がしてきた。普通の怪獣に大切な物を蹂躙されることに、気持ち悪さを覚えた。
私はベッドから立ち上がり、今度は勉強机に向かった。
――じゃあ、なんで蒼井くんは鷹見公園に呼んだんだろ?
真っ先に浮かんだのは、怪斗が自分に輪をかけた怪獣ファンであるということだが、すぐにその考えは消えた。私に向けた怪斗の顔は、まさに真剣を絵に描いたような表情をしていた。ファンならもっと楽しそうな表情をしているはずだ。
そういえば。私は怪斗がドアノブにペースト状のものをかけた時に言ったセリフを思い出した。
『いや、単なる応用だ。10分もすれば溶けてなくなる』
――応用?頭の中に疑問符が浮かぶ。一体何の応用なんだろうか。生成系?ならば、銃とか戦車とか作れたりするんだろうか。ひょっとして、怪獣も……。
「ないないないない」
私は左手を横に振った。そんなわけない。いくら凄くても、生物を、しかも怪獣ほどの規模を作れる人工ギフテッドなんて聞いたこともない。
考えているうちに、私の頭は完全にヒートアップした。考えてもしょうがない。それが唯一出た答えであった。そもそも、怪獣が出るということすら不確かなのだ。
19時ちょっと前。すっかり陽が落ち、街灯と月明かりが照らすようになった頃。私の姿は鷹見公園へと伸びる階段の前にあった。この階段を上ると、怪斗が居るのだろう。
――どうしよう……。私は悩んだ。悩んだ末に階段に一歩を踏み出した。なんだか、戻れないような気がする。上りきったら、日常に帰れない気がする。
それでも、足は進んだ。これが人工ギフテッドへの近道だと、そんな気が僅かにしたからだ。
階段の上、だだっ広い公園展望台に辿り着くと、案の定、怪斗が居た。なにやら白いものを持っている。
「こんばんは、蒼井くん。その白いのなに?」
「チョークだ」
「チョーク?」
意外な物の正体に思わず聞き返す。
「そうだ、ここに模様をこれから描く。魔法陣みたいなものだな」
「魔法陣……」
私は言葉を口の中で転がした。まさか本当に……?
「蒼井くんの能力って……」
するとその瞬間、遥か遠くの方で光と共にグオオオという音が聞こえた。音のした方を見ると、明らかにビルとは違う、生き物の姿があった。