5---黒の王子と白の王子---
大勢の者が走ってくる足音。
森が焼けこがれるような嫌な匂い。
立ち昇る黒煙。
逃げ惑う動物達。
間違いない、赤の女王の軍勢がすぐ近くまで来てる。
アリスはそう確信した。
アリスは手早く頑丈そうなシェルターを描きあげ動物達と老婆をその中に避難させていった。
アリスも中に入ろうとしたがふと立ち止まる。
黒の王子の言葉が脳裏によぎった。
(逃げたければさっさと逃げな。逃げ続けたところでその先には何も待ってないがな)
そうだ、このまま逃げ続けてもまた何かを失うことになる。
でも、今は赤の女王に抗える可能性がある力を持っている。
アリスはキッと踵を返し、シェルター前に仁王立ちをした。
やがて、見えてきた兵士たち。
その中心にいるのはあの黒の王子の様だった。
「あなたはあの時の!?」
「へぇ、今度は逃げなくていいのか?」
アリスと黒の王子が対峙する。
以前、会った時よりなんだか冷酷な何かを感じる。
アリスは思わず身震いした。
「あなたは争いは好まないって言ってたのにどうしてこんなことするの!?」
アリスは黒の王子の軍勢の後ろに広がる壮絶な光景に心を痛めながら言った。
「少し、気が変わってな。俺様は気が代わりやすくてな」
違う。本心じゃない、そう感じた時、ふと、彼の後ろに割れた鏡の破片が見えた。
そこから、禍々しい瘴気のようなものが溢れている。
今なら描ける!
そう、感じたアリスは再び色鉛筆を握り、描いた。
金色の凛々しい髪型。白銀の鎧を身にまとい、白馬に跨る理想の王子を!
描きあげた。
淡い光に包まれながら実体化していく。
やがて、それは完全に形となった。
ゆっくりと王子の目が開く。
「ここは・・・?そして、この状況は一体・・・」
王子は大勢の兵士に囲まれている状況や荒れ果てた惨状をみて心を痛めた様に言った。
その様子を黒の王子は面白そうに見ていた。
「プリス王子!この争いを止めるために助けてください!」
プリス王子はアリスを一瞥し、全てを理解した様だった。
自分を召喚した者、呼び出された理由。そして、黒の王子の背後にある禍々しい鏡の破片。
プリス王子は言った。
「承知した!あの黒き者を止めよう!聖光の導きのままに!」
プリス王子が白馬の鐙を動かすとヒヒーンといななきをあげ、白馬は駆け出した。
プリス王子は次々と襲いくる兵士たちを退け、どんどんと黒の王子との距離を詰めていく。
その様は正に天下無双、人馬一体、一騎当千といった言葉の通りだった。
やがて、黒の王子と対峙する。
「やるじゃねぇか!久々に拳が疼くぜ!」
黒の王子が構える。
二人の勝負は正に刹那---
プリス王子の剣と黒の王子の拳が交わる。
次の瞬間、パリンと音を立てて鏡の破片が砕けた。
黒の王子はドサっとその場に倒れ込む。
プリス王子は馬を引き、アリスの元へと戻ってきた。
「これで全て終わったのだろうか?」
「いいえ、まだよ」
アリスは言った。
そう、全ての元凶は赤の女王。
彼女を止めないと全て終わったことにはならない。
「あいつならこの奥にいるぜ」
気づけば倒れていた黒の王子がヨロヨロと立ち上がっていた。
プリス王子が再び剣を構えるがそれをアリスが制止した。
「ありがとよ。なんだか憑き物がとれた様な気分だ」
「赤の女王はこの先にいるのね。でも、何故あなたがそんなことを教えてくれるの?」
黒の王子は負けたことに対する悔しさかどこかつまらなさそうに言った。
「言っただろう?俺様は争いは好まねぇし、あいつに関わるつもりもねぇ・・・ただ止めたないなら勝手にすればいいって思ってるだけだ」
「ありがとう・・・必ず止めて見せるわ!」
アリスはプリス王子の方に向き直った。
プリス王子は後ろに乗れと言わんばかりの仕草をしている。
アリスは颯爽と白馬に跨った。
「少し揺れる!振り落とされない様に僕にしっかり捕まってて!」
アリスは王子の腰に手を回し、しっかりと掴んだ。
アリスは緊張している様だった。
それは憧れの王子様と密着しているからか、はたまた、赤の女王との最終決戦のためか。
それは、アリスのみが知ることだった。