3---動物たちの国---
「ない!ない!」
生まれ育った街から遠く離れた、洞窟の中でアリスは何かを探していた。
「お父さんから貰った大事な懐中時計が・・・」
アリスはハッと思い出す。
「あの時だわ!王子様に躓いて転んだ時に落としたんだわ」
そう気づいたアリスは深夜の暗闇の中あの花畑へと戻ることにした。
花畑に戻ったアリスは愕然とした。
かつて、花畑であったその場所は多くの人に踏み荒らされた様に見るも無惨な光景へと変わっていた。
そして、同時に自分の行いにも悔いる。
いくら必死に逃げていたとはいえ、自分も花畑を荒らしてしまったことに。
アリスは目に涙を浮かべながらも懐中時計を探した。
---どれくらい探しただろう?
大体の場所は覚えているはずなのに一向に見つからなかった。
場所が違うのか?それとも転んだ時に落としたわけじゃないのか?
そう、不安を覚えつつ、諦めかけてた時だった。
「お嬢さん。さっきから必死に何か探し物ですかな?」
声の下方を見るとウサギが立っていた。
「ウサギ・・・?」
それはまさにウサギだった。
しかし、そのウサギは真っ白なスーツを身にまとい二足歩行で立っていた。
派手なメガネをかけ、手には何故か黄色い傘が握られていた。
「えぇ、ウサギですとも。それより話は手短に。こっちは急いでるんですよ」
困惑しながらもアリスは状況を話した。
「父の肩身の懐中時計をなくしてしまって・・・多分、この辺りに落としたんだと思うのだけど・・・」
「懐中時計?もしかして、これのことですかな?」
ウサギはそう言い懐から懐中時計を取り出した。
それはまさしくアリスが落とした懐中時計だった。
「それ!それよ!返して!大事なものなの」
アリスがウサギに詰め寄るが無惨にも身を翻されてしまった。
「懐中時計が必要ですか?ならまずは利子についてお話ししましょうか」
「利子?」
ウサギは大袈裟に手を広げ、言った。
「えぇ!この世は時間とお金。この懐中時計と私の時間を使った料金として、100万ベルで如何でしょう?」
「100万!?そんな大金持ってるわけないわ」
100万というと家一軒を丸ごと買えるほどの大金。
当然、アリスが持ち合わせてるはずもなかった。
「では交渉決裂ということで。この懐中時計にはそれほどの価値があるものなのですよ」
ウサギは踵を返し、立ち去ろうとした。
「ま、待って!」
アリスが止めようとするがウサギは走り出してしまった。
「待ちませんよ!こっちは急いでるんですよ!」
アリスはその背を必死に追いかけた。
ウサギの足は早かったがあの白いスーツは暗闇の中でもとても目立つ。
距離を離されながらもなんとかついていったアリスはやがて深い森に迷い込んでいった。
やがて、夜が明けてきた。
しかし、生い茂る木々に邪魔をされてついにはウサギを見失ってしまう。
森の中で方向もわからず、途方に暮れてしまった。
不安に泣きそうになるアリスの耳にふと、楽しげな音楽が聞こえてきた。
音を頼りに歩き続けるとやがて開けた場所に辿り着く。
そこで見た光景は驚くべきものだった。
舞台のような場所で楽器をかき鳴らすロバや犬、猫、ヒヨコの姿。
それを見て、拍手をするライオン。
遠くには高そうな椅子に腰掛け、話をするカエルや豚の姿もあった。
「おやおや、人間が迷い込んだみたいだねぇ」
声に驚き振り返るとそこには黒いローブに身を包んだ老婆がいた。
「あの・・・ここは一体・・・?」
「まあ、悪い娘じゃなさそうだし、困っているならウチにおいで。話はそこでしてあげるからねぇ」
困惑するアリスに老婆が言った。
アリスは老婆の言葉通り家まで着いて行くことにした。
道すがら色んな動物を見た。
アヒルにキツネ、狼など。
その動物たちの誰もが二足歩行で歩き、まるで人間のように暮らしていた。
「ここは見ての通り動物達が暮らす街なのじゃ」
老婆は簡単に言い放つがそれだけじゃ混乱はおさまらない。
「でも、動物達がまるで人間の様に歩いたり、話したり、楽器を演奏したり・・・一体どういうことなの?」
アリスは疑問をぶつけた。
「それはねぇ、あたしが作ったこの薬のおかげなのよ」
老婆は戸棚から一本のフラスコを取り出す。
フラスコの中には紫色の液体が並々と入っている。
「そんなことが可能なの?」
「えぇ、信じられないかもしれないけど全部本当のことよ」
そう言って机の上を歩いていたアリの前に液体を少し垂らした。
それをアリが飲んだのかみるみるうちに大きくなっていき、やがて人の様な姿になった。
「この通り、動物じゃなくても虫にも効果があるのさ。さあ、自己紹介をしておやり」
そう、老婆に言われた蟻は目を開けアリスを見た。
「僕の名前はヘンリー!僕は最強のアリなんだぞ!」
そう、自慢げにヘンリーが言った。
アリスは驚きを隠せなかったが老婆から服の様なものを貰い外に出ていくヘンリーを見て、全部本当のことなんだと納得することにした。
「それより、お腹は減ってないかい?」
そう言い、老婆は違う戸棚から別の液体を取り出した。
「そう言えば昨日のお昼から何も食べていないわ」
思い出したのかアリスのお腹がぐぅーと警笛を鳴らす。
「さあ、これをお飲み。空腹が満たされる魔法の薬よ。天にも昇る心地になれるよ」
そう言い、老婆からフラスコを手渡される。
それはまたしても紫色をした液体で到底飲みたいとは思えない代物だったが老婆を信用しきったアリスはそれを一気に飲み干した。
「さあさ、疲れているでしょう?ゆっくりとおやすみなさいねぇ」
老婆が言うと激しい眠気にも襲われる。
昨日はずっと走りっぱなしで夜も寝ていないし確かに疲れが溜まっているのだと感じたアリスはベッドに横になりお言葉に甘えさせてもらうことにした。
ベッドで横になったアリスの横で老婆がつぶやく
「やれやれ、久々の若い娘だけどまだまだ実験体が足りないねぇ」
そう聞こえた気がしたが襲いかかる睡魔に勝てず、そのまま深い眠りに落ちていった。