2---出会い---
「さあ、描けたわ。今日はここまでにしましょう」
アリスはペンを置き、軽く伸びをしました。
「絵本に登場するような素敵な王子様はどこかにいるのかしら」
アリスは自らが描いた絵本を読み返し、軽くため息を吐きます。
アリスの描く絵本はどれも素敵な王子様と恋が芽生え、幸せになる少女の物語ばかりです。
「いけない!もう昼前だわ。買い物に行かないと」
父の肩身である懐中時計でもう昼近い事を確認し、急いで支度をし、家を出ました。
「うわぁ、素敵なドレス・・・」
街に出たアリスはふと、通りがかったブティックのショーケースに飾られていた青いドレスに目を惹かれていました。
「いけない。父が残してくれたお金をそんなことに使っちゃいけないわ」
残り少ない資金を握りしめ、後ろ髪を引かれる思いで立ち去ろうとした時だった。
「赤の女王が攻めてきたぞー!!!」
そんな叫び声が聞こえてくる。
声のした方を見るとドス黒い黒煙が立ち上ってのが見えた。
「そんな・・・ついにこの街まで来てしまったのね・・・」
赤の女王は冷酷非道、世界を赤一色に染めるために次々といろんな街を侵略していっていた。
両親との思い出が詰まった街が侵略されていくのを見たアリスは逃げ惑う人々を背に動けずにいた。
「君!何してる!早く逃げるんだ!」
そんな、声にふと、我に返り、アリスは踵を返し、駆け出した。
どれほど走っただろう?
アリスは街外れの花が咲き乱れる平野まで来ていた。
どこまで逃げればいいのかわからない。
そもそも、アリスに残されたのは父が残した残り少ないお金と懐中時計。
母が残した洋服とお気に入りのリボンのみ。
このまま逃げ続けても意味はあるのだろうか?
そんな事を思い始めた時、何かに躓いて転んでしまった。
「いったー・・・」「・・・いってぇなぁ」
同時に声が聞こえた。
片方はアリスの声。
もう片方は。
何かに躓いた方に目を向けると花畑からムクリと起き上がる人が見えた。
その人は灰色の短い髪。黒一色の服装の上着をだらしなく胸元ではだけさせた男性だった。
父親以外のそんな姿を見た事ないアリスは思わず赤面してしまうが男性は気にも止めず言い放つ。
「ちゃんと足下を見やがれ!危ねえだろ!」
男性の大声で我に返ったアリスは男性に言った。
「ごめんなさい・・・でも、そんな事よりあなたも早く逃げないと・・・!」
「逃げる?逃げるって何からだ?」
男性はしかめっ面をこちらに向けてくる。
「赤の女王が攻めてきたの!きっとこの辺りにもすぐに来るわ」
「あーそんなことか」
男性は興味なさそうに言い放った。
「そんなことって・・・」
アリスが口を挟もうとした時、大勢の足音が聞こえ、振り返る。
そこにはトランプのようなスペードのマークをあしらった鎧に身を包んだ兵士たちが欠けてきていた
「赤の女王の手下だわ。そんな・・・これじゃ挟み撃ちになるわ・・・」
身を震わせ、立ちすくんだアリスにどんどんとスペード兵士たちが近づいてくる。
「王子!やっと見つけましたぞ!さあ、早く出陣の合図を!」
スペード兵士たちはそんなことを叫んでいる。
「え?王子?」
アリスはハッと男性の方を見た。
「くそ、テメェのせいで見つかっちまったじゃねぇか」
「王子・・・様・・・?」
男性は赤の女王の息子であり、手先でもある黒の王子だった。
それはアリスが思い描いていた白銀の鎧で白馬にまたがり、颯爽と現れる素敵な王子像とは全くの別物。
ぶっきらぼうでだらしなくあくびをする男性だった。
「王子!この女は?生け取りにしたのですか?」
すぐ側まで来た、兵士が開口一番に聞いてきた。
「そういうわけじゃねぇよ」
「では、八つ裂きに致しますか?」
恐ろしい言葉が聞こえてくる。
アリスはもう、恐怖に震えることしかできなかった。
「逃してやれ」
「は!しかし、お言葉ですがそれでは女王の意向と異なります」
黒の王子が鋭い眼光で兵士を睨んだ。
兵士は思わずビクッと身を震わせた。
「逃げたければさっさと逃げな。逃げ続けたところでその先には何も待ってないがな」
黒の王子はアリスに視線を向け、言った。
「ま、待って!王子様ならこの争いをやめるように言ってくれない?そしたら、争いだってなくなるかも・・・」
「オレはあいつのやることに関わるつもりはねぇよ」
言い終わる前に口を挟まれる。
そして、こう付け足した。
「オレは争いは好まねぇ」
「だったら・・・!」
アリスはそれ以上、言葉が出なかった。
あの鋭い眼光がこちらに向けられたのだ。
アリスはそのまま、何もいうことは出来ずまた駆け出した。