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【完結】死が二人を…  作者: 小豆茄子
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エピローグ おかえり

 煌びやかな朝日がステンドグラスを通して聖堂を明るく照らす。

 昨晩ここでは戦いが繰り広げられた。

 しかしまるでそれが夢だったかと思うほど、聖堂はいつもの景色を保っていた。

 外からは小鳥のさえずりが小さく響く。

 あと数時間も経てば、この場で子供たちが歌い、人々が神に祈りを捧げるのだろう。


 教会の一室のベットの上でクレアが目を覚ました。

 窓から見える景色を一瞥した後、部屋の中に目線を戻す。

 周りには子供たちがいて心配そうに顔を覗いている。

 クレアはそっと自分の胸に手を当てた。

 あの怪しい大男につけられたはずの傷が無い。

 少しの痛みも感じなかった。

 彼女はそのまま胸をなでおろす。

 あれは夢だったのだろうか。

 それを確認するためにクレアは彼女の名前を口にした。


「……セシリアは?」


 尋ねられた子供の一人がクレアに言葉を返す。


「故郷に帰るって」

「……そう」


 クレアはそれだけで昨晩の出来事が夢でないと確信した。

 あの怪しい男たちのことではない。

 彼女がセシリアに掛けた言葉のことだ。


「……」


 クレアは悲しそうに目を伏せた。

 彼女は見ていられなかった。

 自分を救ってくれたセシリアが狂ってしまった様子を。

 誰もいない虚空に向かって勇者の名前を呼ぶ恩人の姿を。

 その姿を街の人々に見られ、悪く噂されている事実を彼女は許せなかった。

 だからクレアはセシリアに決別を促したのだ。

 自分がそうしたように。

 過去の、愛する人への思いの決別を。


 ----しかし、それでよかったのだろうか。

 クレアはこのままではセシリアが報われないと思い、あの言葉を掛けた。

 それはただの善意の押し付けではないのだろうか。  

 結果として、彼女はこの教会を去ってしまった。

 彼女がなにを思ってここを去ったのか。

 それを確かめる術はもうない。

 クレアはそう思っていた。


「でも少ししたら戻ってくるって! だからそれまでよろしくって」

「……え?」


 子供たちの言葉にクレアは目を丸くする。

 

「マルタンお兄ちゃんと一緒に故郷に一回帰って、その後やることがあるって言ってたけど。でもそんなに時間はかからないって言ってたよ」


 クレアは更に目を丸くした。

 子供たちの口から勇者の名前が出たからだ。

 それもまるで顔見知りの名前を呼ぶように。


「あなた達には……見えるの? 勇者の姿が?」


 ありえないことだ。

 そう思ってはいてもクレアはついそう言った。


「ううん、見えないよ。でも絶対にマルタンお兄ちゃんはいるよ! だって勇者様だもん!」


 子供の一人が満面の笑みを浮かべ、兄を自慢するように誇らしげな表情でそう言った。

 周りの子供たちもうんうんと頷く。


「……どうしているって分かるの?」


 クレアが怪訝そうに尋ねた。

 すると子供たちが皆一斉に話し出した。


「夜眠れないときにね、僕が寝るまで背中を撫でてくれてたよ! クレアさんやセシリアお姉ちゃんより大きな手だったから絶対マルタンお兄ちゃんだよ!」

「夜一人でおしっこに行くときに手を繋いでくれた! 最初はびっくりしたけど全然怖くなかったよ!」

「転ぶそうになったとき体がふわって浮いたんだ!」

「先生からの宿題が勝手書かれていたことがあるよ。……後で先生に聞いたら間違ってたけど」

「……そう」


 子供たちの話を聞いて、クレアは小さく頷く。

 子供たちの目に噓偽りの色は全くなかった。

 純粋に自分たちに起こった出来事を話している。

 クレアはまだ生まれて日が浅い子供はこの世ならざる存在を認識することがあるという話を思い出した。

 見ることは叶わなくとも、子供たちは確かに彼の存在を、優しさを感じている。


「私も話してみたいわね」


 クレアはそう呟くと、また窓の外の景色を眺めた。

 セシリアが帰って来たら、自分も彼女の隣に向かって話しかけてみようか。

 彼女はそんなことを考えながら窓の外の木の枝を見た。

 その枝には二羽の小鳥が寄り添いながら眠っていた。




 @*@*@*




 平原に続く道の上を二人の男女が歩いていた。

 男は首に白いマフラーを、女は古びたネックレスを掛けている。

 セシリアとマルタンの二人は故郷の村に続く道を歩いていた。


「グラトリアにああは言ったが、多分魔王は完全には死んでいないんだと思う」

「どういうこと?」

「ほら目の前にいるだろ。肉体が完全に滅びても、魂だけでこの世にしぶとくしがみつく存在を」

「……そういうことね」

 

 マルタンの言葉にセシリアは納得した。

 魔王はあの戦いで肉体は消滅したが、魂だけは滅びずにこの世に残っているのだ。


「そういう意味では魔王は不滅だな。依り代さえあれば何度でも蘇る。魔王の魂を浄化できるほどの存在なんてそうはいない」

「でもなんでそれに私が必要なの?」

 

 セシリアはそれだけがまだわからなかった。

 魔王の肉体はすでに死んでいる。

 生きる者だけを癒す彼女の奇跡か魂にたいして意味を為さない。

 グラトリアたちがセシリアを攫ったところで彼女には何もできない。


「多分そう簡単な話でもないんだろ。魂だけといっても魔王だ。奴の魂に耐えうるだけの依り代となる肉体はそう簡単には用意できない」


 生前の力と思念の強さは魂の強度にも影響する。

 これもマルタンが身をもって証明したことだ。

 彼のセシリアに対する思いが魂の浄化を拒み、生前よりもより強い力をもってこの世にしがみついた。

 

「奴らはそれなりの肉体をセシリアの結界と癒しの奇跡で強度を底上げして、魔王の魂が肉体に定着するまで保とうとしたんだ」

「……」


 セシリアはグラトリアの思惑を聞いて怒りがこみ上がる。

 魔王はマルタンを殺した。

 彼らはその魔王をセシリア自身の手で蘇らせようとしたのだ。

 彼女は出来る事なら、今度は自分自身の手で魔王を殺したいと思っているほどだというのに。

 マルタンは彼女の心中を察する。

 彼は自分のためにそこまで激昂してくれるセシリアのことが愛おしかった。

 思わずその小さな頭を優しく撫でた。


「……なに?」

「べつに」

「……あっそ」


 口ではこういうが、セシリアは手を跳ね除けようとはしない。

 彼女の表情が少し穏やかさを取り戻すのを見たマルタンは話を続けた。


「奴の魂があるとするならば……まあ、単純に考えれば魔王城だな」

「魔王城……でもあそこは戦争が終わった後さんざん調査されたでしょ?」

「生き人には魂の在処なんてわからないよ」


 魂など人間にはそうそう見えるものではない。

 聖職者であるクレアですらマルタンの存在に気付かなかったのだから。

 しかし、今ここには魂だけとなった勇者と、それを認識できる聖女がいる。


「故郷で少し休んだら魔王城を調べに行こう。今の俺たちなら魔王の魂を見つけ出して、それを滅することが出来る」

「……うん」


 頷いたセシリアだが、その顔は浮かない。

 俯いたままマルタンの腕を強く握った。


「なんだ? いやなのか? 教会を出る前に決めたことだろ?」

「ううん……いや、少し怖いわ」


 もし本当に魔王城に魔王の魂があれば。

 魔王は自分を認識できる存在が来たとわかればきっと戦いになるだろう。

 グラトリアが魔王の復活を望んだ以上、きっと生前よりは弱いのだろう。

 今の成長した二人ならば難なく倒せるかもしれない。

 それでも彼女は怖かった。 

 自分が死ぬことが怖い訳じゃない。

 今度またマルタンの身に何かあれば、もう一生会うことはできないかもしれない。

 そのことだけが怖かった。


「じゃあやめとくか?」

「……え?」


 マルタンの思いもしない言葉にセシリアは思わず声が出た。

 聖女として、勇者として。

 魔王の魂を見逃す選択など有り得ない。

 だから勇者としての誇りをもって命を懸けたマルタンからは有り得ない提案だった。


「どうして……?」

 

 セシリアはそう聞き返す。

 その目線から真っ直ぐに受け止めてマルタンは言った。


「お前が嫌なんだろ? じゃあ俺もやりたくないね」

「……」

「……あの時、俺とお前が選ばれて、広場で再会したときのことを覚えているか?]

「……うん」


 忘れるはずもない。 

 あの時、絶対に会えるはずのない場所で二人は再会した

 セシリアは彼の姿を見た瞬間を、彼が勇者に選ばれたと告げた瞬間を、その時の彼の表情を鮮明に覚えていた。


「あの時……俺は浮かれてた。聖剣を抜いて、勇者に選ばれたこともそうだけど……何よりもお前が聖女に選ばれて、二人で一緒に戦えることに」

「……」

「まだガキだったんだ……俺は。一人で勝手に舞い上がって、お前の思いを汲んでやれなかった。お前が本当は聖女になんてなりたくなかったって、後から気付いた。俺はあの時、お前の手を引いてあの場から逃げ出すべきだったんだ」


 彼はずっと悔いていた。

 死ぬ間際まで。

 彼女のことを分かってあげられなかったことを。


「だからお前がやりたくないのなら、俺も何もしない」


 そう言ってマルタンはセシリアに笑いかけた。

 その笑顔が眩しすぎて、彼女は顔を背ける。


「……私も」


 小さな声でセシリアは呟く。

 今にも消えそうな声で。

 しかしそれをマルタンが聞き逃すことはなかった。

 だから聞き返さず、ただ黙って彼女の次の言葉を待った。


「私も……そうなの。あの時、聖女になって絶望していた私を、貴方が救い出しに来たと思っていた。貴方も、私と同じ思いだと勝手に決め付けて」


 腕を掴む力が無意識に強まる。

 下を向く彼女の目尻から涙が溢れた。


「貴方が勇者になったと知った時も。貴方は私と同じように、勇者になることを拒絶すると思っていた。馬鹿だよね……私。勝手に決めつけて、失望して、恨んで。……ほんとうに馬鹿みたい……」

「……」


 セシリアは最後まで言い終えると立ち止まり、静かに泣き続けた。

 その顔を隠すようにマルタンの懐に沈める。

 彼女は少しの間泣き、やがてその顔を上げる。

 その瞼は赤く腫れていた。


「まぁ、そりゃ通じ合えないところもあるさ」

「……」

 

 マルタンは自分の腕を握るセシリアの手を取ると再び歩き出した。

 彼女も引っ張られてトテトテとついてくる。

 

「全部おんなじ人間なんかいねぇよ。俺は俺と全く同じ奴がいてもそいつと仲良くならねぇし、むしろ嫌いになるね」

「……確かにそうね。私も、私みたいなめんどくさい女とは仲良くなれないわ」

「誰だってそうだよ。相手の自分と違うところに惹かれて、好きになるんだ」

「そうね……」


 彼らは同じ日に同じ村で生まれ、同じ生活を送った。

 だから他よりも人一倍通じ合う。

 だから他よりも人一倍違いが分からなくなる。

 だがそれでいい。

 人は無意識に自分にないものを他者に求める。

 彼らがお互いの違いを認識し、理解したならば、彼らは人一倍相手のことを好きになる。


 引っ張られるだけのセシリアの足取りが確かになっていく。

 自分の足で歩き出した時、彼女はマルタンに向かって微笑んでいた。

 それを確かめたマルタンは手を引く力を弱めた。

 セシリアと共に横に並んで歩く。


「俺とお前の違いなんてたくさんあるぞ。村の端に生えた木に木のみがなってただろ? お前はあれが好物だったけど、俺はあの木のみ嫌いだった。というかお前と違って俺は酸っぱいものが大体嫌いだ」

「……確かに貴方は私と違ってよく悪戯をして怒られてた」

「どっかの誰かさんがチクってたからな」

「ふふ」


 二人は順にお互いにお互いの違いを挙げていく。

 その殆どが既にお互いに分かっていたことだ。

 

 マルタンは上を見て、何か自分だけが知る違いはないかと考えた。

 そして何かを思いつくとセシリアを指さして言った。


「あとお前あれだ。優等生っぽい雰囲気出してるけど意外と馬鹿だよな」

「は?」


 マルタンの言葉にセシリアは眉を引くつかせた。


「いや、バカじゃないし……貴方の方がバカだから」

「いやいや絶対俺より馬鹿だってお前。お前この前ガキどもの宿題聞かれても解けなかっただろ」

「なっ!?」


 セシリアは以前、子供たちに宿題を教えようとして失敗し、その場を誤魔化して逃げた。

 まさか見れれていたとは思わなかったその事実に、彼女は顔を赤くする。


「あ、ちなみに俺は解けたから。……村に帰ったらお勉強しような----うおっと」


 セシリアは子馬鹿にするマルタンの顔を叩こうと手を振った。

 しかし彼は軽々とそれを避けた。

 

「死ねッ!」

「たはは。もう死んでるっつーの」


 ムキになって次はわき腹を殴ろうとするセシリア。

 マルタンはそれも軽くいなした。

 繋いでいた手を放し、道の先に小走りで逃げる。

 しかしそれで二人の距離が離れることはない。

 セシリアは前を走るマルタンを追いかけて、その首からたなびかせるマフラーを捕まえる。


「ぐえっ! 締まってる! 締まってる! 死ぬ!」

「もう死んでるんでしょ!」


 大声を上げながら叫ぶ二人。

 いつの間にか彼女たちの目の前には見知った村の入り口があった。

 声を聞きつけて家の中から次々と人が出てきた。

 よく知る二軒の家の扉が開く。

 中から見知った人たちが顔を出した。


「……ただいま!」


 一人のただの少女の声が村に響いた。







 ------死がふたりを分かつまで、愛し慈しむことをここに誓います。


 とある教会の聖堂で、たくさんの人たちに見守られながら彼らは神父に向かってこの言葉を誓った。


 私はそれを見てとても素敵だと思った。

 

 横に立つ彼の顔を見上げて、いつかの自分たちがこの言葉を誓う時を想像していた。


 でも今の私には分かる。

 

 本当の愛はたとえ死という壁すらも乗り越えることが出来る。


 たとえこの世の大地が割れて、海が干からびようと、大気が消え失せ、星が死に、太陽が衛星諸共この星を飲み込もうとも、すべての恒星の寿命が尽き、この宇宙の光が無くなろうとも、宇宙が膨張が限界を超え、この世の全てを無に帰したとしても------


 私たちの愛の鎖は決して断ち切れはしない。


 だって……“思い”に限界はないのだから。




「そうでしょう? マルタン」







「ああ、そのとおりだ」

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