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【完結】死が二人を…  作者: 小豆茄子
4/7

あの時

キリが悪かったので一話増えました。

 時は魔族との決戦。

 人々の叫びが、呻きが、血の匂いと共に辺りに澄み渡っている。

 戦いの爆炎は空の色を赤く染め、太陽の光を遮った。

 しかしそれによって人々の視界が閉ざされることはない。

 彼らの目の前には、太陽に見間違えるほどに煌びやかで眩しい、二つの希望の光が立っていたからだ。

 そしてその光は人々を先導し、立ちふさがる魔族の大群を飲み込んでいった。

 その先にいる魔王に向かって。


「来る!! みんな、私の後ろへ!!」


 セシリアが周囲に向かって叫んだ。

 彼女の目線の先に立つ魔王は、その掌に異常なまでに高密度な魔力を集中させていた。

 そしてそれ人々に向かって無慈悲に放つ。


「はあああああッ!!」


 セシリアは手を大きく広げ、この戦場の半分に達するほどの巨大な防御陣を展開した。

 これまでにないほどの強大な攻撃に、彼女は全神経を結界術に投じることで対抗する。

 放たれた魔王の攻撃が彼女の結界に衝突した。

 それはすぐに弾けることなく結界との競り合いになる。

 衝撃波が結界を揺らし、大地を鳴らし、味方の魔族の体すら吹き飛ばした。

 やがて魔王の攻撃は弾け、それと同時に結界も音を立てて崩れ去る。


「ハアッハアッ」


 セシリアは膝をつき、肩で深く息をする。

 本来なら地形を変えるほどの一撃、それを彼女はたった一人で防ぎ切ったのだ。

 しかし、これによって彼女は体力と精神を大きく消耗した。

 次同じ攻撃がくれば果たして防ぎ切ることができるだろうか。


「ナイスだ! セシリア!!」


 その声と同時に彼女の後ろから一人の青年が飛び出した。

 彼は凄まじい速さで戦場を駆ける。

 両手で持った聖剣が光を増し、それだけで近づいた魔族の体を消し飛ばしていく。

 勇者マルタンだ。

 彼は目の前に立ちはだかる魔王軍諸共、魔王に向かったその聖剣を振った。


「うおおおおおおお!!!」


 放たれた光の斬撃は魔王軍を蹴散らし、魔王の巨体に到達した。

 斬撃が魔王の体を真っ二つに割る。

 その瞬間、戦場から音が消えた。

 人間も、魔族も、その場にいた全員が崩れ去る魔王の姿を見ていた。


 次の瞬間、魔王の背後から大量の魔法陣が展開する。

 そこから放たれた攻撃は無差別に戦場を飲み込んだ。


「ッ!!」


 セシリアの元にもその攻撃が降り注ぐ。

 しかし、駆け付けたマルタンが聖剣でそれを振り払った。


「セシリア! もうひと踏ん張りだ!!」

「……! うん!」


 マルタンの声に力強く答えたセシリアは最後の力を振り絞り、味方に結界を張った。

 魔王の断末魔の攻撃。

 威力はさっきに攻撃にほど遠いが、その範囲と手数が比にならない。


「セシリア!! 俺はいい! 俺はこの程度自力で防げる! 俺の分の結界は他に回せ!!」

「! ……で、でも!」

「早くしろ! これを凌げば終わる! 俺たちの勝利だ! お前は、できるだけ多くの人に、幸福な勝利をもたらすんだ!!」

「……!!」


 その言葉を聞き、セシリアはマルタンの分の結界を他へと回す。

 できるだけ多くの人がこの戦いに生き残るために。

 この後の幸福な世界を享受するために。

 セシリアの結界はより一層輝きを増し、魔王の最後の攻撃を完全に防ぎ切った。



 






 彼以外は。


 ポキン。


 マルタンの手に握られた聖剣が、その役割を終えたがために真っ二つに折れた。

 

「----あ」


 目の前のその光景を見ていたセシリアは思わず声を漏らす。

 咄嗟に愛する人に向かって手を伸ばした。


 次の瞬間には、魔王の攻撃がマルタンの横腹を大きく抉った。

 次に下半身を消し飛ばし、折れた聖剣を持つ右腕が切り離された。

 彼の体が地に伏すと同時に、攻撃の波が終わりを告げた。

 

 


 *@*@*@




 ------神様なんて嫌いだ。


 出来る事なら、そのうっとおしい後光の一筋すら、私たちの目に映さないでほしい。

 だって彼は----

 小さな村の中での幸せを夢見る少女の平穏を、身勝手な好みの一つで奪い去る。

 無邪気な少年の好奇心に漬け込み、その小さな手に重い呪いを握らせる。

 本気で願ったことなど一度もない。

 形だけの祈りの姿勢をとるだけで胸やけがする。


 私はただあの村で

 二人で大人になって

 結婚して

 愛し合って

 子供を授かって

 おばあちゃんになって

 家族に見送られながら眠りにつく……

 ただそれだけでよかったのに。


 そんなささやかな夢すら私たちから奪い取った、神様のことなんて大っ嫌いだ。


 ----それでも。


「あ……ああ! いや! いやよ! 死なないで!! マルタン!!」


 今にも消え入りそうな息をはく勇者の傍らで、聖女は叫んだ。

 下半身を失い、右手がちぎれた彼の左腕を握りしめ、癒しの奇跡を絶え間なくかけ続けた。

 彼が口から吐いた血が、甲冑の下に巻かれた白いマフラーを赤黒く染めた。


「せ……シ…………あ……」

「! だめ! しゃべったらだめ!! 大丈夫! ちゃんと治るからね! 大丈夫だから!」

 

 セシリアはまるで自分に言い聞かせるようにマルタンに向かって言った。

 実際、これだけの重症にも関わらず意識を保っていられるのは彼女の奇跡と勇者の生命力あってこそだ。

 だがあくまでそれだけ。

 既に力の大半を消耗したセシリアでは、体を大きく欠損したマルタンを少し生き長らえさせることしかできない。

 彼の命の灯が着々と消えつつあった。


「たん……じょ……う……び」

「なに……誕生日……?」


 消え入りそうなマルタンの言葉に、セシリアは遮りことなく聞き入った。

 溢れ出る涙が彼の顔を濡らす。


「あの……と……き……い……わ……い」


 そうだ。

 あの日二人が選ばれた誕生日。

 結局彼らはその日会うことができなかった。

 王都の広場で再び出会えた時も、セシリアは茫然自失でとても心置きなく誕生日を祝える状況じゃなかった。

 その後、彼らはお互いにプレゼントを交換することしかできなかった。

 白いマフラーと宝石のペンダントだ。

 戦いの前線に向かった彼らに何かを祝いあえるだけの余裕もなかった彼らは、それぞれその贈り物を心のよりどころにしていた。


 もう、二人で何かを祝いあうことは出来ない。

 だからせめて最後に、あの時の続きを。

 そして伝えるのだ。


「お……れ…は……おまえ……を」


 弱く、しかし精一杯セシリアの手を握り返す。

 眼からこぼれた涙が彼女の涙と混じる。


「あ……い……し……て……」


 そこから先の言葉は出てこなかった。

 声を発する彼の命が、その時をもって尽きた。

 

「……マルタン?」


 セシリアはマルタンの肩を揺らし、小さく呼びかける。

 その言葉に返答はない。

 もうそこにマルタンはいない。

 そこにあるのは、命尽きた勇者の死体だ。


「……あ……ああ! いやぁ……」


 セシリアは更に顔を歪ませ、大粒の涙を彼にこぼす。

 残った力の全てを奇跡に費やそうとする。

 しかし何も起こらない。

 その奇跡は命あるものを救うためのもの。

 死人を蘇らせることなどできない。

 頭の中ではそれがわかっていてもなお、セシリアは奇跡を行使する。


「ああ! お願いします神様! マルタンを助けて! 助けてよぉ!!」


 彼女は初めて心から神に祈った。

 しかしマルタンは蘇らない。 

 神の奇跡をもってしても、死は生きとし生きるものにとって絶対の機能(システム)だ。


「どうして……」


 セシリアはマルタンの遺体を強く抱きしめた。

 抉られたわき腹から臓物がこぼれだす。


「マルタン……」


 セシリアは血に濡れたマルタンの唇に口づけをする。

 その目は虚ろで、しかし愛する人だけを鮮明に映している。

 

「大丈夫だよマルタン……ずっと一緒だから」


 周囲で勝利の喝采が起こる中、その言葉だけが二人の間に響いた。




 ------マルタンは死んだ。

 

 分かっている。

 絶対にそれは覆らない。

 あの時のことを私は忘れたことはない。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 だからこの言葉は願いじゃない!

 

 奇跡でも!

 祝福でもない!


 これは思いだ!


 思いに限界はない!

 

 思いは距離も、役目も、生と死の壁さえも壊してくれる!!





 ……そうでしょう?

 

 

 



 --------マルタン?






「アア、ソノトオリダ」

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