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【完結】死が二人を…  作者: 小豆茄子
2/7

私と同じ

二話目です。

 戦争が終わってニ年。

 もう魔族の侵攻に怯えて眠る夜はない。

 その勝利をもたらした一人であるセシリアは、故郷に戻らず王都の教会に留まった。

 戦争は終わったが、その爪痕は決して小さくはない。

 彼女は世界中を巡り、神より授かった奇跡で人々の傷を癒して回った。

 その傍で、戦争で親を亡くした子供たちの保護も行なっていた。

 今彼女と食卓を囲む子供は皆戦争孤児だ。

 初めは酷いものだった。

 僅かな物音に怯える子。

 夜眠れずに泣き続ける子。

 食事が喉を通らない子。

 火を異常に怖がる子。

 挙げ句の果てには自らの命を断とうとする子さえいた。

 

 そんな子供たちを、セシリアは懸命に励ました。

 失った命はもう二度元には戻らない。

 彼女が授かった奇跡ですら人の命を蘇らせることは出来ないのだから。

 今生きている彼女が、これからを生きる子供たち立ち直らせる他無かった。


「「「ご馳走様でした!」」」


 その場にいる全員が手を合わせて食事の終了を告げる。

 塞ぎ込んでいた子供たちも今では本来の明るさを取り戻していた。

 セシリアが彼らの姉の代わりになることで子供たちを辛い過去から立ち直らせたのだ。

 今では毎日のように子供達の笑い声が教会に響く。


「あら、ちょうど食べ終わったのね」

 

 部屋の扉を開けて中年の修道女が入ってきた。

 彼女の名はクレア。

 この教会に古くから務める修道女の一人だ。

 

「ほらほら、食べ終わったらお皿は重ねて台所まで運んでね!」

「「「はーい!」」」


 クレアは手を叩きながら子供達に促し、子供たちは素直にそれに従う。

 優しく、時には厳しい。

 彼女は子供達の母親代わりのようなものであった。


「んじゃ、俺は聖堂の方にいるよ」

「あ! 待ってよマルタン! どうせなら貴方も片付けを手伝ってよ」


 開いた扉から部屋の外に出る幼馴染の後ろ姿にセシリアは言った

 

「んー」


 しかし、彼は生返事を返してそのまま部屋から遠ざかって行く。


「……まったくもう!」

「……」

「おねえちゃん……」


 幼馴染の態度に腹を立てるセシリア。

 その様子に目をくれずに黙々と食卓の片付けをするクレア。

 その空気に少し居心地が悪そうに彼女の名前を呼ぶ少女。


「ん? なぁに?」

「あ、あのね……」


 少女はセシリアに向かって何かを言おうと口を開く。

 しかしその言葉をクレアが遮った。


「あんたたち。宿題は終わらしたの。明日は先生が来るのよ?」


 クレアは少女だけでなく、子供たち全員にそう言った。

 先生というのは何日かに一度子供たちに勉強を教えに教会に来る人のことだ。

 先生はいつも次来るまでの宿題を子供たちに課していた。


「あ、僕まだ終わってない!」

「やべ! 俺もだ」

「だったらさっさと終わらせてしまいなさい。それと、終わったら今日はすぐ寝ること」


 その言葉に何人かの子供たちは返事を返すと重ねた皿を持ちながらそそくさと部屋を出て行った。

 残った子供たちセシリアを一瞥した後、皿を持って部屋を出て行く。

 部屋にはセシリアとクレアの二人きりになった。


「それじゃクレア、食器洗いは私がやっておくから。クレアは子供たちの面倒をお願いしてもいい?」

「……」

「宿題も見てほしいし……やっぱりまだ夜はあの子たちだけだと不安だから」

「……ええ、わかったわ」

「ありがとう! じゃあよろしくね。あ、この食器も私が持って行くから」


 セシリアはクレアの前に重ねられた残りの皿を自分の皿の上に重ね、部屋の外へ向かう。

 

「ねえ、セシリア」


 そんな彼女をクレアが一言呼び止めた。

 

「なに、クレア」


 セシリアは振り返って言葉を返す。


「……いや、なんでもないわ」

「? そう、じゃあ子供たちをよろしくね」


 クレアはそう言いながら部屋を出て行った。

 部屋の中には顔を顰め、俯いたクレアだけが残った。




 @&@&@&




 あの日、神に聖女に選ばれたセシリアはマルタンの帰りを待たずしてすぐに家族と共に王都へと連れて行かれた。

 その間、彼女は何も喋らずにただ茫然としていた。

 途中に通り掛かった街の人たちが聖剣がどうのと話し、それを聞いた騎士や司教が騒ぎ立てていたが、彼女の耳には入ってこなかった。

 王都へ着くと彼女と彼女の家族は広く豪華な部屋へと通された。

 そしてその部屋で数日を過ごした。

 その数日の間、偉そうな人間が彼女に会いに来て色々と質問した時も、今までに見たこともない豪勢な食事が出された時も、家族が心配して話しかけた時も、彼女はまるで魂が抜かれたかのように沈黙していた。

 両手には連れてくる前に唯一家から持ってきた、マルタンのために編んだ白いマフラーが強く握られていた。


 数日後、部屋から出されたセシリアは厳重な警備のもと、とある広場に通された。

 そこで彼女は信じられないものを目にした。


「あ! おーい! セシリア!」


 言葉が出なかった。  

 瞬きをせずに見開いたその目にはこの数日で失われた光がみるみると蘇る。

 そこには少年が居た。

 彼女がこの世で最も愛する少年の姿が。

 あの小さな村から馬で数日は掛かるこの王都にだ。


「ハハハ! まさかここでお前に会うとはな」


 マルタンがセシリアに駆け寄り、その手を取る。

 

 彼女は夢を見ているようだった。

 この状況で、絶対にいるはずのない場所で少年は彼女の前に現れた。

 その姿は絵本で見た、退屈な城に閉じ込められているお姫様を迎えに来た王子様の姿に重なった。

 彼女はこれまでにないほどの運命を少年に感じていた。

 

「あ、マフラー……あ、ああ、そうだ聞いてくれよセシリア!」


 きっと彼は自分がどんな場所にいても、どれだけ二人が離れていても必ず迎えに来てくれる。

 それを成し得るだけの強い絆の鎖が私たちには結ばれているのだろうと。

 きっと二人は、どんなことでも分かち合うことが出来ると。

 彼女はそう確信した。




 

「俺、聖剣を抜いたんだ! 勇者に選ばれたんだよ!!」








「………え?」


 マルタンのその言葉がセシリアの脳に響き渡った。


「お前も聖女に選ばれたんだってな! やっぱり俺たちなんか……なんかこう、あれだよ!」


 彼女は再び目を見開いた。

 その後の言葉が何も聞こえない。

 何に、目の前の少年は何に選ばれた。

 そもそも何故彼はここにいる。

 何故私は、ここにいるのだ。

 そうだ、私は何に選ばれた。


 そんなことは、この際どうでもよかった。

 

 目の前で話す少年の目はとても嬉しそうで、誇らしげで、輝いていた。

 今自分が置かれた状況を心の底から喜んでいたのだ。

 



 彼女はそれを見てまた、目に灯る光を閉ざしていった。

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