選ばれし子供達
短編です。
初めての執筆で拙い文章ですが、四、五話ほどで終わるので気軽にお読みください。
「「「いただきまーす!!」」」
部屋の中に祈りを終えた子供達の声が響き渡る。
不器用にスプーンを握りしめ、口周りを汚しながら目の前の料理を頬張り込む。
「こらこらこら、お行儀が悪い!」
そんな子供たちと共に食卓を囲む修道女が彼らを咎めた。
セシリア=アークライト。
選ばれし聖女。
彼女は腰を浮かせ、手前に座る子供の口を布で拭った。
「もう食い物が逃げることもねぇ。ゆっくり食って味わって腹を満たせ」
食卓の後ろで壁にもたれ掛かった男が言った。
「マルタンの言う通りよ。……もう戦争は終わったんだから」
子供の口を拭き終えると、セシリアは微笑みながらそう言った。
彼女は戦争と言った。
戦争。
魔族と人間との全面戦争。
魔族からの攻撃によって始まったその戦いは、勇者と聖女の二人の手によって人間側の勝利に収束した。
セシリア=アークライトとマルタン=ガリレノフ。
二人は同じ村で、同じ日に、別の家で産まれた。
二人はまるで兄妹のように共に成長した。
同じ場所で同じ遊びをして、同じ場所で同じ物を食べ、同じ場所で一緒に眠った。
小さな村の中で二人はのどかに暮らし、魔物との戦争が始まってもなお、幼い子供の彼らにとってはどこか遠くで起こる知らない出来事でしかなかった。
二人が十四歳になるあの日までは。
雪が降り積もる冬の日。
その日二人は別々の場所にいた。
セシリアは村の入り口でマルタンの帰りを待っていた。
彼は今、彼女の誕生プレゼントを買うために街に出ていた。
彼女はこの日のために彼に隠れてマフラーを編んでいた。
二人で首に巻ける程の長いマフラーだ。
彼女は彼が驚く顔を想像すると共に、彼が彼女にどんなプレゼントを買って来るのか楽しみだった。
きっとどんな物を渡されても彼女は喜ぶだろう。
彼女は村の柵に腰掛け、帽子に雪を積もらせながら彼の帰りを心待ちにしていた。
しかし彼女が出迎えたのは彼ではなかった。
村に訪れたのは十数人の騎士と一人の司教だった。
白い衣装に身を包み、長く白い髭を生やした老人。
困惑する村人たちに向かって司教はこう告げた。
“神からの啓示があった”
“この村に聖女となる少女がいる”
“村の少女全員には教典の一文を読み上げてほしい”
と。
時を同じくして、村から一番近く、大きな街の中をマルタンが母と共に歩いていた。
ここに来たのはセシリアにあげる誕生日プレゼントを買うためだ。
セシリアも一緒に行こうと誘ったが、サプライズがいいと言って村に残った。
彼女は既にプレゼントを用意していると言い、それもサプライズと言っていた。
が、マルタンは彼女が隠れて彼のためにマフラーを編んでいたことを知っている。
「……!」
ふとマルタンは街の広場に中央に目をやった。
そこには刀身を深々と突き刺さった一本の剣があった。
聖剣だ。
勇者だけが抜くことが出来るとされる伝説の剣。
しかし今だ誰もそれを抜いた者はいないと云う。
魔物との戦争が始まって以来、元ある場所から突き刺された周囲の岩ごと切り取り、一人でも多くの者の目に触れるように国中の街を転々と移動させている。
剣の周りには三人の騎士が見張っており、彼らに許可を取れば誰でもその剣を抜くチャンスを与えられる。
マルタンは母に読み聞かされた本でこの剣のことを知っていた。
一度はその剣を抜いて勇者となる自分の姿を想像した。
憧れと好奇心。
ただそれだけの感情が彼の歩みを止め、動かした。
彼は母に一言告げると騎士の元へ走り寄り、剣を握る許可を得た。
剣の前に立つ少年を騎士が、周囲の街の人たちが興味深そうに見ている。
騎士は自分も含めて多くの人間がこの剣を抜こうとして断念する場面を何度も見ている。
街の人間は屈強な大男でさえ剣を一ミリも動かすことが出来なかった場面を見ている。
本当に勇者など現れるのだろうか。
少なくとも今剣の前に立つこの少年ではないだろう。
その場にいる誰もが、マルタンの母でさえそう思っていた。
彼が剣の握るまでは。
少女は教典の一文を小さな声で読み始めた
少年は剣の柄を強く握った。
少女は記された言葉を一つ一つ丁寧に読み上げる。
少年は持てる全ての力をその腕に込める。
少女が教典を読み上げる姿を村人たちが見守る。
少年が剣を握る姿を街の人たちが面白半分で見ていた。
少女が最後の文字を読み終えた。
少年が力一杯に両腕を振り上げた。
すると―――
―――空から一筋の光が指し、少年を体を包み込んだ。
―――剣はあっけなく抜かれ、刃の輝きが辺りを包み込んだ。
村人たちは覚えている。
愛しい一人の村娘が神によって選ばれたあの瞬間を。
街の人たちは覚えている。
ふらつきながらも聖剣を掲げる少年の姿を。
少女は覚えている。
あののどかな日常が崩れ去ったあの日のことを。
少年は覚えていた。
自分の姿を待望の眼差しで見ていた人々の顔を。
―――彼女は覚えている。あの時のことを。