蒸留酒を造ろう
番外編です。
本編より1話あたりの文字数は少なくなります。
転生ものなら恒例の、未来知識を使って何やら作るシリーズです。
本編でちょいちょい登場した物の開発秘話になります。
劉亮の前世・金刀卯二郎は酒の失敗はほとんど無かった。
大学生の時に飲み潰れて、財布を盗まれ、しかもどこか知らない場所で眠っていたという醜態を晒した為、気をつけて飲むようにしていた。
発展途上国では飲みニケーションが盛んで、独裁者程酒を強要する傾向にある。
だから酔わないよう気をつけていた。
生命に関わるのだから。
ところが、死んでこちらの世界の劉亮として転生すると、酔っての失言というか、喋り過ぎが目立っている。
これはどうした事か?
一つは、酒の質が悪い事があるだろう。
前世の独裁者は、概して上等な酒を嗜んでいた。
それに対し、この時代のは甘ったるい低質な酒である。
最初はアルコール度数も低く、量を飲んでしまう。
そして火入れしていない酒は発酵が進む。
また同時に劣化も進む。
それで悪酔いしてしまったかもしれない。
もう一つは、袁紹と曹操のせいだ。
上手く乗せられてしまう。
前世では居なかったタイプではあるが、それ以上に歴史マニアの血が騒いでしまうのが悪い。
であったのだが、特に曹操とは飲み仲間のようになってしまった。
董卓時代以降はタメ口で良いとも言われたし、私的な場所では劉亮もかなりぞんざいな口の利き方をしている。
だが曹操と会話すると、いつも主導権を握られっぱなしだし、酒の席でも酔わされるのは劉亮の方だ。
曹操が悪い訳ではないが、いつかギャフンと言わせてやりたいと思っている。
劉亮の中の人は、未来知識を全力で検索する。
この世界の酒の質を上げるより、基本的に醸造酒のこれらを用いた蒸留酒を造った方が、手っ取り早く強力な酒を造れる。
アルコール濃度が高くなると、発酵させる酵母も死んで、それ以上にはならない。
アルコール濃度が高い方が劣化しづらいし、長期保存も効く。
蒸留酒は酒好きな遊牧民たちに売る、キラーコンテンツとも成り得る。
自重を放り投げて造ってみようか。
決して自分自身が飲みたいからじゃないぞ!
そう自分に言い聞かせながら、蒸留酒を思い出してみる。
ウィスキーは発芽麦発酵液を蒸留したもので、この世界でも材料入手可能。
茅台酒こと白酒は、高粱酒を蒸留したものだが、コーリャンの伝来はまだ先だ。
ブランデーは白ワインを蒸留したもので、葡萄はあるが白ワイン造りを先にしないとならない。
ラム酒はサトウキビが原料だが、これはこの世界の中国にはまだ無い。
泡盛は米で、江南から入手可能ではあるが、確か麹菌が特殊なものだったような……。
アクアビットの原料ジャガイモ、芋焼酎の原料サツマイモはここには無い。
「まずは手近にある酒を材料に蒸留酒を造ろうか。
その後は米や麦を材料にした焼酎かな。
ウィスキーを造りたい所ではあるが、俺みたいな素人では上質なものは造れない。
まあ頑張って造ってはみよう」
劉亮はそう結論を出す。
だが蒸留もそう簡単なものではない。
アルコールの沸点が水よりも低いのを利用し、アルコールだけを気化させ、それを集めて冷却して液体に戻す。
水まで沸騰させてしまったら意味が無い。
だが、この時代は温度計なんか存在していない。
温度計を作るには、水銀とかアルコールが必要であった。
温度計は後で作るとして、今ある物だけで作業を進めよう。
劉亮は同じサイズの汽鍋を二つ用意した。
片方には水を入れ、見えるように上の鍋を外してある。
そして両方を同じ火にかけて、酒が入った方だけが沸騰するように調整した。
水の方も沸騰の泡が立ち始めたら火を弱める。
こうして一次蒸留をして、最初の蒸留酒が完成した。
そして、劉亮は既に酔ってしまっている。
気密性の低い汽鍋で、蒸発したアルコールを吸ってしまったのだ。
そこは改良が必要だろう。
とりあえずは成功した為、あとは試行錯誤を繰り返すのみ。
水を含んだ布で鼻と口を覆い、蒸気漏れをしないよう糊で接続部を固め、冷却効率を高める為に上の容器には濡らした布を被せる。
そして製造方法を確立させ、小型の鍋での検証の後、大型の鍋で大量に造ると、人を集めて試飲会を開いた。
蒸留酒そのものは、アルコール濃度が高過ぎて危険だ。
だから原料となった酒で割って、濃度と味を調整する。
既に蒸留酒そのものをクイっと一気飲みした烏桓兵の一人が、そのままぶっ倒れてしまった。
それを見て恐れていた皆だったが、水割りなり、酒割りなりで濃度を調整したところ
「酔える!
最高だ!」
と好評であった。
白凰姫もすっかり酔ってしまって、子供たちが居るのに夫に絡みまくって大変であった。
劉亮の邸宅に出入りしている遊牧民たちは、濃度が高い状態を好む。
一方漢人たちは、余りに強い酒は忌避し、水で割ってそこそこの濃度にしてから飲む。
なお、この水割り用の水も、チェイサーとして飲む水も、汽鍋蒸留器で作った真水であった。
劉亮は職人を雇って、この方法を伝えて新しい酒を造らせた。
量産というには少ないが、それでも実験レベルから寄贈レベルにまで増やせた為、これを曹操や袁紹、ついでに朝廷に贈り付ける。
この時期、劉備は許都に出仕しており、曹操との仲はまだ拗れていない。
挨拶として贈った酒には、きちんと手紙を付けていた。
『この酒は極めて強い。
決してそのまま飲んではいけない。
水で薄めて飲むように。
繰り返す、決してそのまま飲んではいけない。
死にはしないが、とんでもない目に遭うだろう。
いいか、そのまま飲むなよ、絶対に飲むんじゃないぞ!』
劉亮は曹操の性格をよ〜く理解している。
やるな、やるなと言えば絶対にやるお笑い芸人気質がある。
まずは誰かを実験台にして、毒見をするくらいの用心深さは持っている。
しかし、安全と分かれば、限界まで危険に迫りたがる男なのだ。
説明書付きで贈っても、絶対それに従わないだろう。
劉亮の読みは当たる。
最初は警戒し、水割りにして兵士に飲ませる人体実験をしたが、その兵士が相当にご機嫌になったのを見て、中二病な部分に火が点いてしまった。
翌日もちゃんと生きている、遅効性の毒でも無いと確信すると、部下たちにも黙ってちょっとずつ原液に近づけながら飲み始めた。
やがて
「なんらよぉ、薄めて飲めって言ってるけろ、そんなにしなくて大丈夫らないかよぉ」
と言いながら、原液を飲み始めたのである。
翌日、真っ青な顔色、鬼気迫る表情で参内した曹操に、皇帝すら
「どうした?
曹司空は病気なのか?
ならば朝議に出るに及ばず、早く帰って休まれよ」
と気を遣ってしまう。
駆け付けた、劉備を含む部下一同の前で、頭を白布で縛り上げた曹操は
「そこの劉豫州の弟に毒を盛られた」
と言ったものだから、部下たちの視線が一気に劉備の方に向いた。
「恐ろしい毒だ。
俺は二日酔いになんかなった事は無かったのに、やられてしまった……」
「は?
殿、もしかして酒の飲み過ぎですか?」
お騒がせな曹操に一同呆れる。
「お控えなされ、酒で身を持ち崩した例は幾らでもありますぞ」
「しかし、殿が二日酔い等と、どのような酒ですか?
昔から殿を知る我々でも、そのような姿は見た事がないですぞ」
「よ〜〜し、お前らも飲んで行け。
劉叔朗が贈って来た極上の毒を。
玄徳、お前は特に責任取って飲んでいけよ!」
どうやら一同集結した時点で、こうするつもりだったようだ。
かくして、曹操自ら水割りを作り、部下たちや劉備に振る舞っていった。
曹操は悪戯が大好きである。
最初は薄目に作って、良い味だと言わせて警戒心を解き、徐々に濃度を上げていってへべれけにさせたのだ。
そして全員を酔い潰す事に成功。
劉備は吐き戻しまくりで顔色は真っ白、関羽は耐性があるのか真っ赤、張飛は耐性が無いようで真っ青になって具合悪そうにしている。
曹操は、自身も二日酔いで痛む頭の中、
「最高の毒だ!
あいつも面白い物を作ったものだ」
と、ぶっ倒れている皆を見ながら大笑いしたのである。
翌日、機能不全に陥った許都の曹操軍幹部を見た荀彧が
「殿!
禁酒令を出しますからね!
承認して下さい!」
と迫り、渋々承認した曹操に孔融が
「酒は百薬の長である。
禁止等もっての外」
と噛みつき、結局孔融も曹操が酒で酔い潰して遊ぶという事態が発生するのだが、それを劉亮が知るのはずっと後の事である。
おまけ:
曹操「禁酒だ! この強い酒は飲んではならん」
孔融「陛下への献上品でもあるのに、勝手に決めてはいけない」
曹操「酒での失敗は国を滅ぼす」
孔融「景帝が酒によって侍女に手をつけたから、武帝が産まれた。
酒だけで国の興廃は決まらない」
曹操「分からん奴だな。
よし、こいつを飲んでみろ。
どんなに危険か分かるだろう!」
数刻後……
孔融「あー、分かったろー。
あんら、この酒を独占する為に、他の者が飲むの禁じたんらろー。
お見通しらっつーの!」
曹操「君のような勘のいい酔っ払いは嫌いだよ」




