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転生したら劉備の弟だった  作者: ほうこうおんち
第一章:三国志前夜
9/112

前世は世界の果てまで行ったきり社員の能力発揮

 劉亮は、珍しく前世の夢を見ていた。

 金刀卯二郎という、某企業の海外赴任社員だった男。

 夢の中で彼は、アフリカ某国に飛ばされていた。

 そこは彼が死んだ場所とは違う国。

 とある鉱石の買い付け交渉が仕事であったが……

「民兵組織がうろついていて、何も判断出来ない少年兵が銃を突き付けて来る場所で、一体どうしろと?」

 と多くの者が二の足を踏む状態であった。


「金刀卯君、行こうか」

 それは中央アジアで対立する二つの部族の間に入っていき、電線工事を承知させ、双方に護衛という名目で仕事をさせ、最後には仲直りこそしないものの

「お前が居る間は抗争はしないよ」

 と言わしめた伝説の日本人であった。

 その先輩と一緒にサバンナをトラックで走る。

 案の定、私設の検問所で少年兵に止められた。

 その先輩は現地語で怒鳴る。

「司令官に話すのだ!

 さっさと連絡しろ。

 私の荷物は司令官への貢ぎ物だ。

 奪ったら、お前が司令官に殺されるからな!」

 少年兵にとって怖いのは、政府軍でも外国の軍隊でもない、自軍の司令官であった。

 無知で何をするか分からない少年兵だから、彼の一番怖いもので脅す。

 そして多少話が分かりそうな者が来ると、今度はしっかりと話をつけて、その人を案内人にして通過して行った。

 先輩は案内人にかなりの賄賂を渡し、

「先程の少年兵にも話をしてやって欲しい。

 毎回来る度に銃で脅されたくない。

 君たちだって、私たちが撃たれて、その財貨を持ち逃げされたら損だと思うだろ?」

 と欲得ずくで話をしていた。

 その日は司令官に会って、ただプレゼントをしただけ。

 帰途、先輩は金刀卯に言った。

「相手も同じ人間だよ。

 そう思って営業を掛けないと。

 一回目は挨拶だけ。

 二回目は世間話。

 三回目は一緒に飲みに行き、四回目も同じく飲むだけ。

 五回目で顔を覚えられてから、商談を切り出す。

 何はともあれ、顔や人柄を覚えて貰ってから話をすべきだよ。

 断られたっていいんだ、顔なじみになっておけば、いつかそれが役に立つ。

 十回営業を掛けて、九回断られても、一回成功出来たら御の字だよ」




――――――――――――――――――――


 劉亮は目を覚ます。

 懐かしいが、出来れば思い出したくはなかったブラック企業での日々。

 まだあの頃は、娘も小さくて俺に懐いていたよなあ、とか思うと胸の奥が妙に疼く。

 十年もしない内に

「臭い、汚い、外国つったって発展途上国ばかりだろ。

 せめてアメリカとかフランスとかなら尊敬出来っけど。

 あーあ、こんな汚いオヤジ、帰って来なければいいのに」

 とか言われるようになったものだ……。

 そういや、前世で俺が死んでから、妻と娘には弔慰金でも届いたんだろうか?

 俺が死んでせいせいしてるんだろうなあ。

 保険金も貰って、悲劇のヒロイン演じながら、死んで良かったねとか言ってるんだろうなあ。


 金刀卯が歴史マニアのままで居続けたのは、この家族の不和が理由の一つであった。

 段々家族から家族として扱われなくなっていくと、趣味の方に力を入れてしまう。

 否、そちらに逃避してしまう。

 金刀卯自身も、血を分けた娘とかに愛情を持たなくなってしまった。

 俺が死んで嬉しいんだろ、俺ももう二度とお前らの声を聞く必要が無いし、丁度良かったな!

 彼は、娘の態度は反抗期ならではの憎まれ口であり、実際には泣いて後悔しているという可能性を一切否定していた。


 前世の苦い思い出を頭から追い払うと、劉亮は寝直す事にする。

 今の彼は、現代で言うバイト的な仕事をしていた。

 大志を抱えながらも遊び呆けている兄に代わり、一家を支えている。

 具体的には県の役所の雑用である。

 馬の世話、周囲の巡回、仕事用の必需品の調達等等。

 一族からも

「玄徳は大成するか、ただの破落戸(ごろつき)になるか分からないが、叔朗は堅実に生きられる」

 と評されていて、こういう仕事は寧ろ得意な方であった。

 県の役人の覚えも良く

「末端とはいえ宗族だし、あの盧植の門下でもあるし、いずれは推挙されて本当の役人になるだろう」

 と看做されていた。

「まあ、推挙された場合に、朝廷に礼金を納められるかは別物だが」

 とも言われている。

 勝手に任命しておいて、礼金を要求するというのも酷い話ではあるが、それでもこの時代の人間は役人になりたがるのだ。

 役人になれば、そんな金はいずれ実入りの良さで帳消しに出来る。

 なお、推挙されて地方役人となった場合、故郷ではない違う地に赴任する事になる。

 県の役人たちからしたら、ライバルが増えるという訳でもなく、普通に仕事を教えてこき使っていた。

 ただし、書記官以外の仕事で……。

 読む方は得意だが、書く方はまるでダメ。

 字は書けるから無学扱いではないが、字の汚さは記録として体を為さない。

 普通に竹簡に書くだけでも酷いのに、竹に文字を削ってそこに墨を流し込むようなものだと壊滅的だ。

 それ以外はまともだから、記録係でさえなければ良い。

……そのせいで、俸給は安かったが。


 熹平六年(177年)、幽州は鮮卑族の侵入を受けていた。

 というか、霊帝の時代の幽州・并州・涼州は毎年のように鮮卑からの侵攻をされている。

 熹平六年は劉亮が県役所に勤め始めた年なのだが、この年は長城の外に遠征した漢・匈奴連合軍が鮮卑に大敗し、遼西地方は大々的な略奪をされたのだ。

 翌、光和元年(178年)、幽州は侵攻を受けていない。

 この年の鮮卑は涼州を攻撃しており、幽州方面は手薄になっている。

 後漢の朝廷は幽州の国境に接する地域に対し、長城の修復と警備を命じていた。

 これは秦の始皇帝時代からの、民衆に対する大きな負担であった。

 ただでさえ売官政策による地方官が搾取をしている中、こんな負担に耐えられる余裕は無い。


 幽州の幸運は、この時期に赴任した新しい刺史・劉虞の存在にあった。




 劉虞は後漢創始者・光武帝の長男である東海恭王・劉彊の末裔である。

 劉備や劉亮と同じく、結構遠い皇族である宗室の一員であった。

 だが祖父は光禄勲、父は郡太守、本人も朝廷で郎を勤めていた、県令級がやっとの劉備たちよりも格上の劉氏である。

 この劉虞が刺史として赴任して来たのだが、彼は

「長城の修復と国境警備、それは幾ら行っても満足いくものにならない。

 どうやっても寇掠を免れないから、更に徹底せよと言われ、負担大きくして実行するがそれでも間に合わない。

 結果として民衆の不満を高め、秦末のようになりかねない。

 ここは違う方法を採った方が良い」

 と、国の方針に逆らうと発言したのだった。


「それでは、どのようになさいますか?」

 属僚の質問に劉虞は

「塞外の民に、何が欲しいのかを尋ね、その要望を満たしてやるのだ。

 それで無理矢理に奪う行為は防げるであろう」

 と答える。

 この回答に官吏たちは大いに不満の声を挙げた。

 曰く

「蛮夷にそのような気を遣う必要はない」

 曰く

「恩知らずな連中に餌を与えても良い事はない」

 曰く

「与える物が際限なく増え続けるだろう」

 等等。


 だが劉虞の決意は固い。

「足りぬ物があり、このように各地を荒しているのであれば、それを与えるだけで災禍は防げよう。

 儂の考えが誤っているかもしれぬが、まずは聞いてみないと分からぬ。

 足りぬ物があり、それを際限なく与えていたとしても、その方が長城を守り続けるよりも国庫への負担も少ないやも知れぬ。

 まずは話してみるに限る」


 地方の官吏たちは、売官政策で赴任して来た者だったりする。

 皇帝や側近たちに支払った銭を回収する為に来たのであり、危険を冒すのは割に合わない。

 劉虞が

「誰か、塞外に行って単于と話をして来る者は有るか?」

 と言った時、誰も行こうとはしなかった。

 そこで劉虞は幽州の郡・県の下僚に至るまで、単于への使者となるべき者を募る事にした。


(これは、もしかしたら自分の前世の経験が生きるのでは?)

 劉亮はそう考える。

 本当なら彼も、事なかれ主義を貫いて、死ぬかもしれない場所に足を運びたくはない。

 だが今回、可能ならやってみたい理由もあった。

 劉亮は上司に、自分が行ってみると言ってみた。

 上司は「厄介な役を引き受ける者がいて、それを推挙出来る自分にも得点となる」として喜び、あっという間に刺史の所まで話が行く事となる。

 劉虞は劉亮を呼び出し、面接のような事をした。

 大事な任務に、相手を怒らすような人物ではダメなのだから。

 劉亮は宗室であり、血筋的には問題無い。

 流石に鮮卑といえど、どこの馬の骨か分からない者は相手にしないから、皇帝の遠い血筋でも「劉」というのは大きい。

 あとは人品である。

 二、三話してみた結果

「その方に頼む事にする」

 と劉虞は決め、身分を保証する書類を作成する。

 前世は営業マンというか交渉員である劉亮が持つ雰囲気が、劉虞の求めるものと合致したのである。

 劉虞は問う、

「単于に会って、何を話す?」

 劉亮の回答は

「何も話しません。

 酒を共に酌み交わします。

 一回目はそれで良しとします」

 であった。

 やや面食らった劉虞であるが、劉亮は更に続ける。

「急にやって来た者が、いきなり用件だけ伝えると、場合によっては相手を怒らせます。

 故に、自分がどのような者であるかを分かって貰う必要があります。

 なので二度目、三度目も酒を飲み、肉を食らって顔馴染みとなります。

 私が訪れた時、警備の者が気安く単于の元に案内するようになった時から、交渉が始まります。

 いえ、私が成すのは交渉の為の下準備であり、実際の交渉は刺史閣下が行いますね。

 心安くなった時に、彼等が求める物と、彼等が提供出来る物を聞いてみます」

「ふむ、その方針は理解した。

 されど気になる事がある。

 提供出来る物とはどういう事か?

 我等に何かを差し出せと言えば、相手は怒るのではないか?」

 劉亮は説明する。

「一方的に与えるだけでは、それこそ際限なく要求されるでしょう。

 または、自分たちが施しを受けるだけなら、それも不満に持つ誇り高き者もおります。

 なので、漢としてはこれが欲しい、ついてはそちらが必要な物と交換しようと言えば、相手も考えましょう。

 漢が上、鮮卑が下賜されるという構図ではなく、漢が求める物を鮮卑が与えるという形になれば、彼等の誇りも満たされます。

 相互に与え合う関係が望ましいかと思います」


 劉虞はしばし考え込んだ後

「分かった。

 いずれにせよ、最後に交渉を行うのは儂である。

 責任は全て儂が負うから、その方はその考えに従って動くが良い!」

 と言い、その旨を書状にして渡す。


 こうして劉亮は長城の外に、交渉の下準備役として出向く事になる。

 前世とやっている事は大体同じだ。

 お膳立てして、最後は偉い人に任せる。

 それはまあ納得ずくの事なのだが……


「どうして兄者がここに居るのですか?」

 劉亮は役所勤めをしていない劉備が、母方の親族の簡雍と共に付いて来るのを咎める。

 本来劉亮と、通訳を務める鮮卑人の奴婢と、酒を積んだ馬を動かす者だけで出向く筈なのに、劉備と従兄弟の劉展、簡雍と取り巻きの愚連隊が行動を共にする。

 これでは相手を警戒させるのではないか?


 劉備は笑いながら言った

「いや、面白そうだから俺も行ってみる」

 こうなると、何を言われても帰ろうとはしない劉備であった。

おまけ:後漢の人材登用は世界史で習う「郷挙里選」、郡太守とか国相とかが推挙する方式ですが、これで就くのは県令以上。

それより下の地方官吏は、辟召というやり方で登用しました。

辟も召も「招く」という意味。

劉亮はこの辟召で役所勤めをしてます。


なお劉備は

「俺は地方の小役人をするような人間じゃないから」

との事で、拒否ってます。

まあ劉氏からしても、郷挙里選で勅任官になって貰いたいから、劉備に関しては遊侠を許してたりしますが。

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現代知識の通用しない三国志世界での初めての雄飛の機、劉亮は如何に活かすのか! そこでついてくるのか推しの兄上(笑)
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