人員合理化(リストラクチャリング)
「叔朗は詩は詠めるか?」
予告も無くフラっと曹操がやって来ては、そう聞いて来る。
曹操が劉亮の邸宅にやって来るのは、彼を気に入っている事だけが理由ではない。
劉亮の所には美味しい酒が有るからだ。
曹操は禁酒令を出した事がある。
主に兵糧の不足が理由であった。
しかし劉亮は、烏桓や鮮卑から馬乳酒を輸入していた。
これは曹操の危惧する兵糧不足には抵触しない。
「あんな獣の体液、飲めたものではない」
と忌避する者も多かったが、劉亮のそれは単なる馬乳酒ではない。
買ったその場で汽鍋を使って蒸留酒にした「モンゴリアン・ウォッカ」とも言える酒であった。
金属加工精度がいい加減な移動式蒸留器の為、無駄も非常に多いが、アルコール濃度が高い為に腐敗しづらく、酵母も全て死滅しているからこれ以上の発酵もしない為、并州の市場で作ったものを許都まで運んでも劣化しない。
この新しい酒は烏桓、鮮卑、匈奴、羌族もハマったようで、馬乳酒を売った先から蒸留を頼み、その場で買い戻してしまう程だ。
許都までの輸送も大変で、運び人が途中で全部飲んでしまう事もある。
だから楼煩が輸送を引き受け、厳密に管理をしていた。
そんな酒を勝手に飲みながら、曹操が詩会が有ると言って来た。
曹操も酒造を手掛けていて、近々それを皇帝に献上したいと言っている。
その席における宴会芸が詩なのだが、曹操はその詩についても改革を行っていた。
それで曹操が思う「変な奴」こと劉亮にも声を掛けたという次第。
「いや、私は詩は詠めませんよ」
正確には漢詩が作れない。
中の人は前世日本人だから、俳句や短歌なら出来るが、韻を踏むような高尚な詩は無理だ。
まあ曹操も、詩には期待していなかったようで、それ以上は聞かない。
以前曹操とつるんでいた劉備も、詩は全く詠めない男だったし。
「だが、音楽は出来るな?
否定はさせん。
お前の鼻歌を聞いた事があるからな!」
(どこで聞いたんだよ!?
あんたはストーカーか?)
そんな風に思っている劉亮だが、妻の白凰姫に言わせれば
「気分良い時は、何気なく歌を口ずさんでますよ。
一回どこの歌って聞いた時、胡人の歌とか言ってましたが、私たちそんなの知りませんから」
との事で、こっちの世界に来てからも四十年、前世は約五十年のオッサンは、ついつい鼻歌をする癖がついてしまっているようだ。
「劉家が抱えている蒲公英なる北狄三人娘の歌妓と、神速なる南蛮四人娘の歌妓は必ず参加させるように」
「どうしてそれを知ってるんだ?
まだ許都では公開御披露目させていないのに!」
許都において、曹操が知らない事は無いようだった。
劉亮の中の人の前世の学生時代や、結婚して娘がまだ可愛かった時期に観ていた歌番組。
どんどんこっちの世界の後漢人化していく中、たまに懐かしく思って再現させたアイドルソング。
まさか皇帝の前で披露する事になるとは……。
(プロデューサーたち、はっきり言って盗作してしまって申し訳ない……)
そう心の中で謝るのだが、一方で
(楽譜とかも無いこの時代の音楽が、後世まで残る事は無い。
百年も経てば、そんな歌の事は忘れ去られる。
まして、元祖が生まれるのは千八百年も後だ。
後漢末期に歌われた曲の盗作だと思われる事は無いから、史実通りその曲は生まれるだろう)
と、歴史への影響については安心していた。
こういうポップカルチャーは、幾らこちらの世界でひけらかしても問題無かろう。
「ところで、これを見てくれ」
話題を微妙に変えるべく、曹操が一通の書を見せてくる。
そこには曹操の悪口が大量に書き連ねられていた。
「これは、陳琳が書いた先の戦争における檄文」
「うん、当時の君も受け取ったから知ってるだろうな。
俺はこの陳琳をここに呼びたい」
普通ならば、悪口を書いた者を呼ぶと言ったら殺す為と思ってしまう。
しかし「史実」でも実際に見た曹操の性格でも、絶対そうはしない。
「詩会に招くんですね」
そう返すと曹操は笑顔で頷く。
「そうだ。
これだけの文章を書ける奴だ。
一緒に文学をやってみたい」
曹操は詩人でもある。
後漢時代の漢詩は宴会芸、リズムに合わせて韻を踏む事に拘ったラップのようなものだった。
曹操はそれで良しとしない。
パリピ曹操な面が無い訳ではないが、それ以上に文学者曹操は、漢詩を芸術に昇華させようとしている。
「史実」において陳琳は、袁家滅亡後は曹操に仕え、変化する文学史の中を曹操と共に歩む事になっている。
ただ、こちらの世界は歴史が変わっていた。
袁家はまだ続いているし、その上位概念に劉備が座っている。
陳琳は今でも袁煕に仕えているのだが……
「是非とも召し抱えたい」
と他家の客に対しても曹操は登用欲を隠さない。
「私はあんたのそういう人材収集欲を知っているが、陳琳はそうではない。
来いと言われたら、例の檄文の件で殺されるって思うんじゃないですか?」
劉亮の発言に対し、曹操は待ってましたとばかりにまくし立てる。
「だからお前さんのとこに来たんだよ、叔朗!
お前さん、交渉事が好きだよな。
陳琳を説得して連れて来て欲しい。
どうせ袁煕や劉備では、あの文人を使いこなせない。
俺の所で一緒に文学やろうぜ、って伝えて欲しい。
それと同時にな、袁家や劉家では宝の持ち腐れになっている文化人が居るから、そいつらも全員連れて来てくれ。
ここに名簿が有るからさ!」
曹操が言う事は分かる。
特に劉備は文学を解さない。
寧ろ無用と思っている節がある。
劉備は若き日、宦官全盛時代の洛陽に留学して、宦官以上に士大夫と呼ばれる者たちのだらしなさに失望してしまった。
士大夫や名士という人たちは、実学の知識が有るか無いかで判断している。
自分で行動し、実績を残す士大夫・名士なら尊敬する。
しかし口だけの者は露骨に軽蔑する。
詩人なんて、実益を伴わない最たる存在だ。
「史実」を見ても、劉備陣営では芸術事は一切花開いていない。
彼の領土の人口の少なさもあるだろうが、それにしても文化に乏しい。
蜀学と呼ばれる学問も、劉備以前から存在したものだったし。
こういう面では、「冷徹な実力主義者」と言われる曹操と「仁者で包容力がある」劉備は、評価とは真逆なのだ。
曹操の方が生活には不要な芸術を愛し、劉備は無視し、場合によっては排除してしまう。
今は亡き袁紹は、本心は分からない。
彼はその庇護下に入った文人たちを大事に扱っていたが、それを育んだ形跡は見当たらない。
後を継いだ袁煕にしても、曹操のように文学者を同志として、何かを為そうとはしないだろう。
河北や山東に居る文学が好きな者は、曹操の元に来た方が幸せなのだ。
だが……
「如何に厚遇ではないにせよ、兄も袁煕殿も配下を手放さないでしょ。
ましてや、和睦中とはいえ敵である貴方の元に送るなんて考えられない。
朝廷の命だと言っても従わないか、引き止められますな」
普通に考えたらそうだ。
無駄飯食らいでも人材は人材。
詩しか才能が無いような奴でも、書記官として字を書けさえすれば良い。
書を読めて文字が書ける、文書を作れる人間は貴重なのだ。
劉亮がかつて軽く見られたのは、字が汚過ぎて「字を書けない」と同じ扱いになり、文書の取り扱いが出来ない人間と見られたからだ。
だから文に秀でた人間は、それだけで重宝される。
劉備だって、詩人は要らないが、役所で書類を扱える人間は絶対に必要とする。
寄越せと言われて、そんな貴重な人材を渡す訳がない。
曹操はまたもニヤつく。
「代わりに人間を送ってやろう。
同じくらい文字を読み書きし、文書の取り扱いに秀でた奴等をな」
劉亮は首を傾げた。
そんな有能な人間を、「唯才」を掲げる実力主義者の曹操が手放すのか?
「俺の方もそれなりの者を手放さないと、あいつらも納得しないだろう。
まあ、あいつらには有益でも、俺には有益と害悪が相半ばする者たちになるんだが」
「???
そんなの居ましたかね?」
劉亮の脳裏に浮かんだのは禰衡と孔融。
才能は有るが傲岸不遜で毒舌、皆から嫌われていた禰衡は、曹操によって劉表の元に追い払われた。
この時点で既に、その態度に怒りを覚えた劉表傘下の黄祖によって殺されている。
孔融も有能だが、曹操に対しては一々一言多い。
「史実」ではやがて殺してしまう。
現在は劉亮の補佐役として、法案のデバッガーの役割を果たしているから良いのだが……。
「今、お前が思い浮かべた奴と、似たような奴がいっぱい居るだろ。
お前のやり方に、一々前例とかをひいて文句言って来るようなのがさ。
そいつらを纏めて冀州や青州に送り込もう。
俺はそいつらの才能は認めているぞ。
だが、今は要らん。
だったら必要としている所に送ってやれば良い。
そう考えると、劉備・袁煕との和睦と十年の共存も悪いものではないな。
曹操陣営で使わない者を、劉備陣営で使わせる。
どっちで使っても、天下の為になるだろ」
「まあ、そうですな。
行政官としては有能、改革に対しては抵抗勢力、芸術に関しては見向きもしない堅物……、曹操の元に居るより、兄たちの方に居た方が幸せかもしれない」
「そうだ。
文人は俺の元、堅物は玄徳の元、それで双方が得をする」
「成る程。
理解しました」
「分かってくれて嬉しいよ。
じゃあ、早速人選に掛かってくれ」
「は????」
「『お前の改革』を邪魔してるんだぞ。
それが誰かは、お前の方が分かっているだろ?
そして同じ邪魔者でも、お前は必要と思っているのも居るだろうし。
お前の為だ、お前が人選するんだ」
(他人事として賛同したら、まさか自分に降りかかって来るとは……)
劉亮の中の人は、前世において人事部に在籍した事は無い。
彼の前世で、経営合理化という名前で大量解雇がされたりした。
それを見て来た「中の人」こと金刀卯二郎氏は
(俺はあの仕事だけはしたくない。
馘首になった人たちにだって人生があるんだぞ。
見ていて辛いだけだ……)
と思っていた。
だがこの世界で、彼は朝臣再配置を任されてしまった。
どう説明したって、皇帝の傍近くに仕える儒者に地方行きは左遷に思われる。
まして、自分の抵抗勢力をそうするのだから、
「劉亮は邪魔者を左遷した」
とか言われる。
今までの悪評は実像と違うから、悩ましいが心は痛まない。
しかしこれは彼の心に突き刺さる。
それでも基本的に社畜というか、上の意向には逆らわない劉亮は、人員整理の仕事にも取り掛かるのであった。
おまけ:
劉亮がプロデューサーをしている歌妓グループ、その指導は彼にしては珍しく厳しいものであった。
「いいか、一拍の中で十六音(16ビート)を刻め。
振付はズレてはいけない!
和音はちゃんとするんだ。
歌うだけなら他にも居る、踊るだけなら他にも居る。
だが、歌って踊れるから歌妓なんだ!」
こんな感じだが、曹操の方はもっと面倒臭かった。
彼もグループ演奏とかを好んでいたが、グループだと下手でも入り込む可能性がある。
曹操は時々、独奏をさせて自らチェックしていた。
たまに自ら特訓したりする……。
少なくとも、曹操が鍛えれば一番上手い歌手より上達させるくらい指導力あるから……。
(その「世説新語」ネタ、番外編のおまけで書きます。どこまで万能なんだ、この男)




