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転生したら劉備の弟だった  作者: ほうこうおんち
第九章:天下の為に
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司徒劉亮叔朗

 曹操が掲げた才能重視主義「唯才是挙」。

 劉亮はこれが敵陣営にまで適用されている事に驚く。

 思い出してみれば、敵対している劉備は今でも左将軍だし、袁煕には冀州牧の官職が授与されている。

 更に、劉備や袁煕からの推挙者も、有能ならばそのまま認めて郡太守や州牧に任じている。

 普通に考えれば、彼等から官位を剥奪して朝敵にして良いだろう。

 どうせ彼等は簒奪を考えたのだから。

 それをしない曹操の意図は何だろうか?

(もしかしたら、敵であっても有用ならば、その地を統治させるつもりかもしれない)


 劉亮はそう考えると共に、前世の「史実」を思い出してみる。

 曹操が死んだ時、劉備は弔問の使者を送っていた。

 その弔問の使者がスパイ行為を働いたとして、後継者の曹丕に斬られてしまうのだが。

 袁紹が死んだ時、曹操は喪中に付け入る行動を取らなかった。

 待っていた方が袁家が分裂して倒しやすくなるという計算はしたかもしれない。

 ただ、劉亮の中の人がこっちの世界に来て色々見てみると、対立はあくまでも政治的なもので、個人的にはかなり仲が良いように見える。

 劉備は

「曹操を倒さないと、俺が天下を取れない」

 とは言うものの、

「あいつは一代の英雄だ」

 と評価の方も相当に高いし、人格を否定する悪口は聞いた事が無い。

 亡き袁紹も

「孟徳は仕方のない奴だ」

 と溜息を吐きながら、楽しそうにしていた。

 そういう関係なんだなあ、と劉亮は他人事のように思っている。


 傍目からは、劉亮も曹操や袁紹の親友として別格扱いされているのだが……。




……という訳で、劉亮の司徒就任は曹操の依怙贔屓と周囲からは見られていた。

 特に皇帝周辺の側近たちからである。

 司徒はこれまで趙温という人物がその任に就いていた。

 皇帝の長安時代から付き従っていた人物で、董卓残党の李傕を批判して殺されそうになった過去もある。

 皇帝の長安からの脱出行にも同行していた。

 そうした忠義を認められ、三公の司徒に任じられていたのだが、業績としては不可が無いだけ。

 基本的に全ての政務は司空の曹操が行っていたし、もう一つの三公・太尉は袁紹が拒絶したから空席であったから、司徒は名誉職のようになっていた。

 それが突如解任され、劉亮をもって後任とされる。

 董卓に歯向かった(とされている)気骨の士・劉亮をかつては褒めていたのだが、政敵になるなら話は別だ。

 皇帝側近はじめ朝臣たちは劉亮に対する抵抗勢力となる。


「臣民の借金を公式に消滅させる等、正気とは思えません」

 劉亮が通貨の立て直しの大前提として打ち出した「徳政令」案に、朝臣たちが噛みつく。

 宦官たちが専横した霊帝期に発生した、税を払えない農民が納税の為に借りてしまい、膨大な額に膨れ上がった結果身を崩した借金問題。

 董卓五銖銭という悪貨のせいで通貨価値が暴落し、借用書は紙切れ同然となっている。

 更に洛陽周辺の大商人は董卓に殺された為、借金に苦しんだ農民たちは大いに喜んだ。

 この董卓の遺産を活かしつつ、通貨を復活させるには、今の内に借金を公式に全消滅させる事を劉亮は考えた。

 通貨価値が復活する事で、古証文を持ち出される事を防ぎたい。

 しかし、これに漢朝の官僚たちが噛みついて来る。

「宦官の禍によって生じた民の苦境を救うのです」

「其方は霊帝陛下の政治に誤りが有ったと申すか?

 仮にも御主上の父君であらせられる。

 不敬であるぞ!」

「それを子である御今上が徳をもって救うのですから、問題無いでしょう」

「そもそも朝廷の政治に誤り等無い、認めては天下が揺らぐ」

「誤りてこれを改めず、これを誤りと言う。

 そうじゃないんですか?」

「太学にも通わなかった田舎豪族が儒を語るな」

「民を救うのが先決です」

「民は今のままでも不満無く生活している。

 寧ろ銭等という汚らわしい物から解放されて良かった。

 それを銭の世に戻そうとは、やはり儒を知らぬ者の政治はおかしい」

「本気でそう思ってますか?

 民が不便だと感じていない、そう思っているのですか?」

「其方は我々を物知らずと侮辱する気か?

 斯様な者と共に政治等出来ませんな」


 一々こんな感じで突っかかって来る。

 分かるように、反対する為だけの反対だ。

 陳羣もぐったりしていた。

 彼も、青州で行っていた

「豪族なら豪族を知る者、袋衣(ほい)(無官・在野の者)ならそれを知る者による、種別毎の人材調査。

 知名度や名声を元にしない、優れた者の抜擢」

 を否定されまくってイライラしている。

 現在の郷挙里選に代わる新しい人材登用に繋がると察知され、関中や江南、荊州、益州の士まで巻き込んでの抵抗をされていた。


「正直、曹操が劉備や袁紹と仲良かった理由が、分かったかもしれない。

 無能な味方より有能な敵に親近感を覚えるって話は聞いた事あるし。

 曹操にしたら、無能な味方というか、旧弊にしがみついて反対の為に反対する連中の方がイラつく相手だったかもな」

 劉亮はそのように感じる。

 この連中を一斉に解官(パージ)したら、それはそれで政治を行える者が不足するので出来ない。

 後漢という巨大国家は少数の政治家だけで動かせるものではないのだから。

 曹操も儒学そのものを否定する気は無いので、儒学を修めて徳のある政治を行える者は優遇する。

 しかし彼等は独特の一体感を持っていて、誰かが批判されると結託して抗議(デモ)を行うのだ。

 曹操は武力でもって抑えつけ、悪名も甘んじて受け入れているが……。


「気苦労なされていますな」

 そう言って慰めてくれたのは、尚書令の荀彧である。

 尚書令は皇帝に上奏される文書を扱う。

 司徒府からの上奏文がある度に、抗議する者が現れたり、劉亮や陳羣の上奏を却下するよう上奏する者が出ている事は掴んでいたのだ。

「殿のように力で黙らせる事も出来ましょうが、それはしないで頂きたい。

 そんな人が二人も居ると、揉め事の温床となりますゆえ」

 荀彧は曹操と同じ真似はするなと言う。

 劉亮には「異民族を操って漢土を滅茶苦茶にした大悪人」という悪名がある。

 悪名は風評、劉亮を見知らぬ者ほど恐れを抱いた。

 しかし、袁紹配下の文人たちが悪評をさておくようになったのは、直接会って話をしたからである。

 何度も接していると、どこか抜けた所がある、温厚で礼儀正しい人物にしか見えない。

 それが許都では悪い方に働いた。

 恐怖を感じなくなった廷臣たちは、どこか間抜けな劉亮に対して好き勝手言っている。

 しかし、一度その悪名に相応しい恐怖を見せつけてやれば、たちどころに彼等は震え上がるだろう。

 ある意味、劉亮は董卓に匹敵している。

 腰の羌族の刀を抜き、廷臣の首に刀身を当てて冷たい汗でもかかせてやれば、彼等は以降何も言えなくなるだろう。

 だがそうやって廷臣を脅すような者が複数居れば、片方を使ってもう片方を廃そうとする者が出て当然だ。

 廷臣たちはそうやって陰謀を巡らせ、呂布という暴力を使ってもう片方の暴力たる董卓の暗殺を成功している。

 曹操が暗殺される事も防がねばならないが、劉亮や陳羣に害が及ぶ事も荀彧は望んでいない。


 劉備配下の陳羣を推挙したのが荀彧である。

 両者は同じ豫州人士ゆえに、その人柄を知っていたのだ。

 そして荀彧は甥の荀攸から劉亮の情報も仕入れていた。

 悪名も名声も自ら求める人ではなく、どこかに悩みを抱えながらも、目の前の課題にはしっかり取り組む人物。

 何故か出し惜しみしているように見える智謀は、過去に実施された事が無いにも関わらず、様々な試行錯誤、積み重ねを経て辿り着いたような説得力があると言う。

 荀彧も曹操の「唯才是挙」に賛同しているから、この二人を失うのが惜しい。

 陳羣はまだしも、劉亮は過去に兵を率いて戦った人物だ。

 実際に武力を行使せずとも、威圧するだけで武を感じてしまう者も居る事だろう。


「いや、私は人を脅して言う事を聞かせるのを好みません。

 もしその傾向が見られたら、遠慮なく言って下さい」

 劉亮は荀彧に頭を下げる。

 劉亮は、荀彧が曹操配下の不満を抑えている事を知っていた。

 劉亮が司徒になった事を喜んでいないのは、皇帝の側近だけでなく、曹操配下とて同じ。

 劉亮は徐州において曹仁を出し抜いたり、黄河決戦を騎馬民族を使って台無しにした人物である。

 曹操の幕下では、程昱なんかは投獄して劉備に対する人質にしろと言っているくらいだ。

 劉亮が浴びるであろう雑音の半分を遮ってくれている事に感謝していた。

 だから決して荀彧の迷惑になる事はしない。


「ところで、尚書令殿に相談があります」

「何でしょう?」

「孔少府(孔融)を司徒府に招きたいのですが……」

「それは小臣(わたくし)に言わずとも、殿や直接陛下に頼めば良い事でしょう?」

「いえ、招いた後に司徒職を譲りたいのです。

 私は官職等はどうでも良く、この件を早くどうにかしたいのでして」

「成る程、少府殿を矢面に立たせる訳ですね」

「……意地の悪い言い方ですね」

「意地悪でしたか、申し訳ございません。

 ですが、事実でしょう?」

「無いと言えば嘘になりますが、少し違います。

 儒の事について相談したいのですが、それには孔少府を私の下には置けないのです。

 少府殿は青州牧としても、朝臣としても私の先輩です。

 相談役として下に置くのはよろしくないと思いまして」

「そうですね。

 司徒殿のお考えは分かりました。

 ですが、殿はきっと認めないでしょう。

 殿は劉亮殿がこの任を勤め上げる事を望んでいます。

 ですから、この件は小臣にお任せいただきたい」

「良しなに」


 劉亮は、儒を楯に色々言って来る外野が居るのなら、その文句を予めシミュレーションして対策したいと考えていた。

 プレゼンテーションを行う際、チームの中でまずやってみて、ダメ出しをするというのが前世でのやり方だった。

 こういう時に一番役に立つのが、意地悪で嫌われ者だったりする。

 実に重箱の隅をつついたような部分まで指摘してくれる。

 こういう事が得意な嫌われ者として、劉亮の中の人は禰衡を記憶していたが、この人は嫌われ過ぎて既に殺されていた。

 そうなると儒の最高位・孔子の直系子孫の孔融に頼みたいが、この人を部下なんかにすると余計に騒ぎが大きくなる。

 だから司徒なんて過分な職は譲って、自分は実質的な事をしたいと思っていた。


「それは認められんな。

 劉叔朗には朝廷の大臣を勤めて貰わねばならん。

 雑音等捻じ伏せる気概が必要だ」

 曹操は荀彧から話を聞いて、司徒譲渡を否定した。

 大体、孔融は理屈は達者だが、とても司徒なんて勤まる能力は無い。


 荀彧は全てを知った上で献策する。

「孔融殿には、劉亮殿が彼への礼儀の為に職を譲ろうとしていると伝えておきます。

 そうなれば、甘んじて受ける事は無いでしょう。

 官職を欲張る者と思われたくないからです。

 そして、公の場で職を譲ると言った劉亮殿を窘めて貰います。

 そうすれば双方とも顔が立ちます。

 礼をもって職を譲ろうとした劉亮殿と、それを受けなかった孔融殿。

 この一手間で、随分と風当りが変わるものです」


 曹操は実につまらなそうに聞いていたが、

「よろしい、文若(荀彧)に任せる」

 とこれを許可した。

 こうして司徒府における茶番が幕を開ける。


「少府殿は我が先輩、儒の本家。

 私の下で働く等もっての外。

 是非とも私に代わって司徒として朝廷の為にお働きいただきたい」

「劉司徒、喝だ! 喝!

 朝廷の為というなら、朝廷に解官されるまでその任を全うするもの。

 私は職の上下に拘らない。

 私に気を使う事なく、君の下で働かせろ。

 そうする事が私への礼儀と知れ」


 こうして孔融とその弟子たちが劉亮の政策ブレーンと言える立場に納まった。

 更に質疑応答には劉亮本人でなく、孔融が司徒代行として出張る事で、朝臣たちは批判を封じ込められてしまう。

 弁舌において孔融に勝てる者はほぼ居ない。

 曹操ですらやり込められてしまう。


 そしてやっと、現皇帝の徳を示す借金棒引き命令「徳政令」が朝廷で認可、具体的な政策として進められる事になった。

おまけ:

皇帝「朕の徳を天下に示すのであれば、良いのではないか?」

廷臣「恐れながらこれは劉亮なる咎人の如き者の案。

 斯様な者には何か裏があって、陛下を利用せんとしてます。

 彼の董卓にも匹敵する者であり……」

皇帝「朕は別に董卓は嫌いじゃないぞ」

廷臣「何を仰せられますか。

 そもそもこれは(グダグダ長い反論)」

孔融「その部分は私が考えた事だが?」

廷臣「は、そうでしたか。

 名高き孔先生がお考えになられた事なら問題ありますまい」

皇帝「孔融がそう申すなら、進めよ」

曹操(これ、良い手だな。

 さっさと詳細に入りたい叔朗には最適だ。

 まあ俺は、議論して叩き潰すのも楽しみの一つだから、使わん手だが)

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― 新着の感想 ―
[一言] 孔融とかは儒として立てるべきとこを立てておけば 有用な味方になるんよなあ
[一言] 孔融から少し張本臭がしますw
[一言] 本当に司徒になったなぁ 幽州涿県の老人達は喜びを通り越してパニックを起こしてそう
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