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転生したら劉備の弟だった  作者: ほうこうおんち
第八章:新しい歴史
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冀州の動乱

 劉備とは「平時のポンコツ」で、暇になると何をするか予想が出来ない。

 一方で彼は「乱世の英雄」である。

 冀州奪取を決めた劉備は、機を待つ事にした。

 待っている間は暇な筈だが、こういう時は余計な事をしない。

 ひたすら待ち続けている。


 配下の者たちは準備に余念が無い。

 まずは東徐州の防御強化である。

 冀州でこれから起こるであろう動乱に介入するとなれば、曹操が攻撃して来る事は目に見えている。

 徐州は既に東西に分割されている為、攻められやすい。

 放棄して北部に兵力を集中させれば話は早いのだが、関羽が首を縦に振らない。

 だから下邳城を防御の要とし、他の県城も強化を行う。

 この時代、民意というものは無いのだが、それでもこの防御強化は民衆の多くが望んでいる事だった。

 徐州は陶謙、劉備、呂布、曹操、劉備、東西分割と所有者が代わり続け、その度に戦場となって来た。

 だからちゃんと守る意思が有ると示す事が、徐州の民に安心感を与える事になる。

 ただし、守るだけではやはり徐州は荒らされてしまう。

 籠城戦術には、外部の機動軍が欲しい。

 元呂布配下の高順をそれに充てた。

 問題は関羽と高順が仲良く出来るか、だったがこれは上手くいった。

 関羽が傲慢になるのは士大夫に対してであり、身分卑しき者には謙虚に接する。

 高順も人となりが清廉潔白であり、寡黙で一切酒を飲まず、また贈り物を受け取らないという、実に劉備陣営好みの将である。

 元の騎馬隊に、烏桓・鮮卑の騎馬隊も付けた約一万の強力な騎兵で、下邳から少し離れた場所に野営している。


 徐州は軍事的な強化を優先するから、本格的な復興政策は後回しとされる。

 戸籍を作り直して人口の実態を把握しないと、通貨政策は危険なものになるから、そういう政策は今は行わない。

 ただ流民を慰撫し、戦争被災者を支援し、離散した者に帰農を促す。

 そういう事であれば、劉亮・陳羣コンビは徐州に居る必要が無い。

 彼等は青州に引き返した。


 青州でも軍事的な強化が為されていた。

 劉亮の統治が良かったせいで、ここの屯田兵は忠誠心こそ高いが、豊かな生活を享受する弱兵となっている。

 それを張飛が鍛え直す。

 劉備の軍は負けが多いが、だからといって弱い訳ではない。

 歴戦の強兵と言える。

 その指揮官である張飛が、ぬるま湯生活の青州の兵を鍛える。

 張飛は関羽とは逆で、士大夫階級には謙虚だが、身分が低い者には苛烈だ。

 その事を知る劉亮は、自分が育んだ兵が甚振られないか不安であったが、陳羣から

「州牧殿のやり方が生温かっただけです。

 戦時どころか、通常時でもあれはどうかと思いますよ。

 太史慈殿も、そこは不安に思っていました」

 と言われ、張飛に全面的に任せる事にした。

 太史慈や高順は、兵を甘やかしているようにも見える劉亮のやり方に批判的ではあったが、彼等とて民をいたわる事を第一という政治に表立って文句は言えずに居た。

 劉亮の中の人は軍隊経験が無いから感覚として分からないのだが、兵は時に優しい指揮官でなく、苛烈な指揮官を望むものなのだ。

 自分たちをイジメようが何しようが、戦争に勝てる将こそ大事。


 青州の政治は既に軌道に乗っている。

 幽州も田豫と劉元起、更に鮮于輔や劉備陣営に加わった旧劉虞幕僚たちがしっかり統治をして安定状態。

 そこで劉亮は、白凰姫や楼煩と共に烏桓の地へ赴く事にした。

 例の「大海嘯」のせいで、多くの交易市場が閉鎖されているから、長城の北にこちらから出向くようになっている。

 これからの冀州乗っ取りにおいて、劉亮は戦場の陰で暗躍する。

 それに当たり、下準備をしておかないと。




「おう、義弟よ。

 またも大量の貢ぎ物に感謝するぞ!」

 単于の蹋頓が直々に出迎える。

 今回も百乗に上る車に積んだ食糧、工作器具、陶器、武具を贈られる。

「紹介しよう。

 こいつは鮮卑の大人(たいじん)の歩度根だ。

 魁頭の奴がおっ死んじまってよ、弟のこいつが立ったのさ」

「……えーと、前も思ったんですが、烏桓と鮮卑って仲良かったんですか?

 合わないから分裂し、争っていたと思ったのですが。

 あと、匈奴の方々も見えるようですが、どうしてでしょう?」

 遊牧民が離合集散が激しいのは知っている。

 末端が勝手に他部族の尻馬に乗ったり、勢力が強い方に合流したりっていうのも知っている。

 しかし、単于レベルで仲が良いとかあった事か?

「そこはお前、時と場合によるんだよ。

 こないだみたいに、一緒に漢に攻めた方が良いと思えば手を組むもんさ。

 俺たちは昨日殺しに来た相手でも、明日共通の利益が有れば手を組むものさ。

 昨日の敵は今日の友、今日の友は明日の屍ってね。

 草原で生きるってのはそういうものだ」

「……じゃあ、私との関係も……」

「安心しろ、兄弟!

 少なくとも烏桓はお前だけは裏切らない。

 だから安心して俺を頼れ。

 何か頼み事が有って来たんだろ?」

「どうしてそう思います?」

「勘だよ、勘。

 勘が良くなくちゃ、この大地じゃ生きていけないのさ」

(そんなものかもしれないな)

 劉亮はそう思いながら、蹋頓はじめ、鮮卑や南匈奴の人たちに依頼事を話す。


「介入をしない、亡命者が来たら受け入れる、それだけで良いのか?」

「はい」

「いっそ三十万くらい集めて手伝ってやっても良いんだぞ」

「やめて下さい」

「手伝わなくても良いから南下させろ」

「もっとやめて下さい」

「たまには暴れたいのだ」

「そんな事言ったら、酒とアレ渡しませんよ」

「……自重する」

 黄河大戦をグダグダで終わらせた北方民族の「大海嘯」。

 彼等は両軍の食糧を奪っただけという意識だが、そこに到るまでの途上、ナチュラルにやった事が蛮族そのものなのだ。

 移動すれば腹も減る、馬も空腹になる。

 そこに畑がある、牛もいる、なら食おう。

 あそこに良い女が居る、なら攫って、事が済んだら捨てよう。

 おお、よく働けそうな男だ、奴隷にするから部下に命じて北に持って行こう。

 あいつ睨みやがった、よし殺そう。

 こうやって移動したのだから、そうするように手を打ったと言われる劉亮が悪名に塗れるのも無理はない。

 本当に彼等は、悪気なく普通の行動で、北方諸州を荒したのである。


 今回彼等が動いたら、冀州は絶対に劉備の物にならない。

 徐州で大虐殺をした曹操が、徐州を直接統治出来なくなったのと同様の事が起こる。

 だから劉亮は「動かないように」と膨大な貢ぎ物をしたのである。




 再び酒宴が行われ、ついでに対等な商取引も済ませ、ようやく劉亮一行が青州に戻って来た時、事は始まっていた。

 自分こそが後継者だとして振舞う鄴城の袁尚に対し、袁譚が軍を率いて恫喝に及んだのだ。

 そして両者が睨み合いを始めると、すかさず袁譚が駐屯していた黎陽(れいよう)に曹操が攻めかかる。

挿絵(By みてみん)

 袁譚は袁尚に援軍を要請するが、袁尚がこれを拒否。

 袁譚は単独で曹操と対決するが大敗。

 怒った袁譚は、目付役として自分の傍に居た袁尚派の逢紀を殺害。

 兄弟の関係は決定的に悪化したが、流石に曹操の侵攻の前に直接対決とはいかず、袁尚自ら袁譚の元に出向いて曹操と戦い始めた。


 この対戦は長引き、数ヶ月に及んでいる。

 黎陽での曹操対袁兄弟の戦いを知った劉亮は、劉備に対応を聞く。

「慌てるな、叔朗。

 お前はこういう時に焦り過ぎる。

 今はまだ動く時ではない。

 まだ冀州から、俺への来援要請が来ていないからな」

 劉備はどっしりと構えている。

 どこか楽し気であり、如何にも乱世の梟雄といった面持ちだ。

「曹操は本気じゃない。

 まあ、勝てたら良いと思っているも、全力を出してはいない。

 出せる状態じゃないからな。

 すぐに動かせる一万だけで、袁兄弟の五万以上の兵と互角なんだから、曹操はやっぱり凄いよ」

「それで、兄者は曹操が負けて退くと考えているんですね?」

「うーーん、それは状況次第かな。

 このまま勝てるのなら、勢いに乗って攻めるんだろうけど。

 まあ俺の期待としては、曹操には一回引いて貰わないと困る。

 そうしないと、兄弟が本格的に争わないから」

「きっとそうなるでしょう」

 劉亮は、前世の記憶を元についそう言ってしまった。

 劉備はそれについて特に何も言わない。

 疑問を呈して来たのは張飛であった。

「曹操は本当に引きますかね?

 あいつの強さは我々がよく知っています。

 たった五千の兵に、二万の我が軍が敗れました。

 一万もいたら、勝ってしまうんじゃないですか?」

 劉備は頷きつつも

「勝つかもしれない。

 だけど、俺の勘は今は曹操が勝つ時ではないって告げてるんだ。

 勘だからな、話半分で聞いてくれ。

 今勝ってしまうと、折角対立し始めた兄弟が危機感で協力してしまう。

 一旦引いて、兄弟が争い始めた時にまた首を突っ込むのが正解だと思うね。

 俺がしようとしているように。

 俺が考え付くくらいだ、曹操(あんにゃろう)だって考えるのはそれじゃないかな」

 劉備もまた、「勘」で乱世を生きている。

 この辺、平和ボケの中で生きて来て、危険な発展途上国に行ったにも関わらず、危険を察知し損なって死んでしまった劉亮の中の人には、羨ましい能力であった。


 このまま劉備は待ち続けた。

 それは翌建安八年(203年)に及ぶ。

 曹操はついに黎陽で袁譚・袁尚を撃破。

 この時は劉備も

「あれ?」

 と首を傾げたものだが、それでも慌てたりしなかった。

 予想とはちょっとズレたようだが、勢いに乗って鄴を攻めた曹操は、そこで袁尚に敗北する。

 曹操は撤退し、袁尚の評価が高まった。

 焦った袁譚は、袁尚軍から兵と物資を借りて、撤退する曹操を黄河渡河中に討とうとするも、袁尚からは兵も物資も供出を断られる。

 曹操が無事に許都に撤退し、袁兄弟は勝ったにも関わらず、対立が決定的となってしまった。


 曹操撤退後、ついに兄弟の争いが形となる。

 袁譚が鄴を攻撃し始めたのだ。

 この時、袁譚には郭図と辛評が味方している。

 この二人は、袁尚を後継者とする遺言が亡き逢紀や審配による偽造だとして正統性を否定した。

 一方の袁尚陣営も、袁譚は既に袁基の養子に入った者だから、後継者の資格無しと各地に触れる。

 袁基とは袁術の兄で、かつて朝廷の太濮を勤めていたものの、袁術が反董卓に回った事により董卓に捕縛され、袁隗ともども劉亮が助けようとしたが、拷問の傷が元で途中で死んでしまった人物だ。

 袁譚からしたら「いつまでそんな事言ってやがる」という話ではある。


 かくして袁譚と袁尚の抗争が始まり、兵力に劣る袁譚は敗れ、なんと曹操に降って勢力回復を試みる。

 袁譚の娘と曹操の子・曹整との縁組が纏まったと聞いた袁尚は、袁家の客将・淳于瓊及び、義兄弟に当たる劉備に対し加勢を要求して来た。


「な!

 機が来る事を知って、焦らずに待っていれば、必ず良い形でやって来るもんさ」

 劉備は劉亮にそう言うと、張飛と共に三万の軍勢を率いて袁尚に合流すべく出陣した。


「次は貴方の番ですね」

 陳羣に言われた劉亮は、初めて烏桓兵とは離れ、五千の漢人兵を率いて冀州に赴く。

 劉兄弟による、冀州乗っ取り作戦が発動したのであった。

※:袁紹亡き後の袁譚・袁尚の戦いは「史実」通りを描写してます。

正直gdgdです。

この時、曹操がどう暗躍したのか、或いはただ見てるだけで自滅を待ったのか、分からんです。

官渡の戦いをしっかり描いた「蒼天航路」も、7年ワープしてましたし。

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[一言] 劉亮がどう思うかはさておき これでも蜀乗っ取りよりはスマートに思える
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