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転生したら劉備の弟だった  作者: ほうこうおんち
第八章:新しい歴史
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袁紹本初……

 劉備というのは不思議な男である。

 劉亮の前世の記憶では、彼は三度も国譲りのような事に成功している。

 最初は徐州だ。

 陶謙が責任を全部押し付けたきらいがあるが、それでも徐州を無償で得てしまう。

 その後、呂布に奪われて台無しとなったが。

 二度目は荊州だ。

 これは劉表の死後、その長男の劉琦が荊州刺史になるが、その死後に劉備が後を継ぐ。

 孫権との所有権での対立が後まで残るが、この時は無事に荊州を入手出来た。

 三度目は益州、つまり蜀である。

 益州牧劉璋の部下の方から、劉備を迎え入れるべく行動したのである。

 最終的に劉備は劉璋から蜀を得る。




 建安七年(202年)、袁紹が発病した。

 突然血を吐いたという。

 冀州はたちまち家臣たちの挙動がおかしくなる。

 そんな中に、青州から娘婿の劉備が呼ばれた。


「舅殿だから来たが、本来俺はこう何回も国を空けて良い人間じゃないのだが……」

 ぶつぶつ言っている劉備だが、劉家の面々からしたら

「劉備か劉亮か、どっちかが残ってたら大丈夫」

 という扱いになっている。

 そんな訳で、妻と共に冀州鄴に来た劉備が見たのは、覇気だけでなく生気も肉体も衰えた河北の覇者の姿であった。

(叔朗から聞いたが、曹操は袁紹の事を「器」に食われて、中に有った袁紹という人格が空っぽになったと評した。

 だけどこの姿。

 袁紹を食っていたのは「器」だけじゃない。

 病魔も、袁紹って器に入っていた者たちも、皆で寄って集ってこの人を食っていたんじゃないだろうか……)

 劉備はそう思いながら息を呑んだ。


 袁紹は目を見開くと、弱々しい声で

「劉皇叔よ、我が娘婿よ。

 其方の弟は、幽州涿郡と青州を繋ぐ我が渤海郡を欲していた。

 それを譲り渡すから、我が子を頼みたい。

 よろしいか?」

 と語りかけた。

 劉備は頭を振って

「弱気な事を言いなさんな、義父上。

 弱った貴方から領地を貰うとか、そういうのはしちゃいけない事だと思う。

 最後まで生きる事を諦めなさるな。

 貴方の娘も、貴方に生きて欲しいと願っているんですから」

 袁紹の手を握りながらそう語りかける。

 演技ではない、本心にしか聞こえない。

 袁紹は一転、鋭い目になると

「尻尾を出すような安い人間じゃないな、劉玄徳。

 我が愚息どもは、もう私が死ぬ事を前提に、遺産を総取りしようと争っておる。

 弱った姿を見せれば、すぐ底を見せおる。

 貴公の方が油断ならぬ相手よな」

 と話し掛けた。

「やはり魏王、北部四州諸軍事殿はおっかないですな。

 俺の事を試していなさった。

 俺も妻も本気で心配してたんですよ」

「まあ、そういう事にして置こうか」

 袁紹は痩せて青黒い顔色だが、ここ最近の彼とは違い、恐ろしい気迫を放っていた。


「劉皇叔……私は自ら皇帝となり、古き良き漢を作ろうと思っていた。

 董卓に立てられた皇帝でなく、初めは劉虞殿を、劉虞殿亡き後は自らが立って国を刷新しようと思っていた」

「分かりますよ。

『蒼天、已に死す』、漢の世はもう終わってます。

 言うのを憚ってた時期は過ぎ、今じゃそこらの盗賊も新帝を名乗り始めてますからね」

「あんなのと一緒にするな。

 私は、私のような名門や士大夫、学者や名士を大事にする世を作りたかった。

 だから、そうした者が活躍出来る皇帝となるべく、皆の声に耳を傾け、不正を許さず、天下の為になる主君たろうと志した。

 孟徳の奴は笑いながら、真にそんな事が出来たら、自分が私を奉戴すると言いおった」

「左様、魏王殿は良き主君じゃないですか」

「私が志す良き主君になったと、私も思っている。

 しかし私が志す主君は、どうやら間違っていたようだ。

 皆が安らげる大きな樹の下に安寧があると思ったが、その安らぎの中で皆が腐り始めた。

 皆、昔は素晴らしい者たちだったのだぞ。

 讒言して足を引っ張り合うような男たちでは無かった」


 劉備は内心では頷いている。

 此処に有ったのは古き良き漢ではない。

 末期状態の漢が形を変えて存在していただけだ。

 最初は理想の漢に近いものだったのかもしれないが、袁紹が変わると共に急速に末期化していったのだろう。

 だが、病人にそんな辛辣な事を言える劉備ではない。

「なら良い薬がありますぞ。

 田豊殿です。

 あの人の喝は身に染みると聞きます。

 非常に苦い薬ですが、皆を蘇らせてくれましょう。

 入牢させておくのは宝の持ち腐れですぞ」

 そう言ったが、袁紹は

「奴ならもう牢には居らん」

 と返す。

「まさか、もう処刑されたのですか?」

 と聞くと

「素直に謝って来たから、許した。

 邪魔をしたくない、この身を使いたい時は呼んで欲しいと言って、故郷の渤海に隠居した」

 袁紹は、田豊と沮授が既に劉備と接触している事を知らない。

 田豊は、実は来る時の為に身を引いたに過ぎないのだが……。

 劉備はそれと知りつつとぼけている。

「そうでしたか。

 では、召し出して皆に発破を掛けましょう」

「アレの隠居を許したのは、アレの為でもある。

 アレは皆から疎まれておるからな」

「はあ……」

「確かによく効く薬だが、劇薬でもある。

 もう今の私には合わん。

 使いこなせるのなら、君が持っていけ」

「そんな……物のように……」

「田豊だけではない。

 この冀州も并州も、隙あらば持って行くが良い」

「袁紹殿??」

「私が死ねば、孟徳が奪いに来る。

 だったら、君が奪っても同じ事だ。

 その場合条件がある」

「いやいや、いやいや……。

 そんな気の弱い事言わないように」

「良いから聞け。

 君が奪った場合、我が一族を頼む。

 私は皇帝になろうとした。

 だが、ダメだった。

 袁家は『四代三公』の家柄。

 しかし皇帝にはなれない。

 形だけの皇帝を名乗れても、真の皇帝にはなれない。

 三公として皇帝を補佐するのが、我々の器だ。

 私はいつしか、公路の亡霊に取り憑かれて、己を見失ってしまったようだ」

(偽帝袁術の亡霊か、言い得て妙な表現だ)

 劉備は変な所で感心している。

「私でダメなら、愚息どもではもっとダメだ。

 もし君が冀州を奪ったなら、あいつらの夢を醒まさせて、己に合った生き方をさせてやって欲しい」


 ちなみに、徐州を劉備に譲った陶謙は、彼の息子たちには官勤めをさせなかった。

 器量に合わない事をさせたら、生きていけないという判断からだろう。


 その後も袁紹から色々言われた劉備だが、全て

「お気を強くお持ち下さい」

 と気遣いの台詞に終始して、袁紹の見舞いの座から去っていった。


 劉備を見送った袁紹は、再び弱った病人の顔から覇者の顔に戻る。

「ふん、ついに馬脚を露さずに終えおったな。

 食いついて来たら、私の最後の仕事として討伐し、幽・青・徐を我が物としたのに。

 まあ、あれくらいで無いと孟徳には太刀打ち出来んだろう」

 死を前に一瞬活性化した袁紹は、今までの優柔不断で中途半端に全部受け入れる君子の仮面を外し、隙を見ては他国を奪う群雄に戻っていたのだ。

 だがこれも、もう長くは続かない。

 覇気に満ちた顔が緩み、再び力無く天井を眺める病人の顔に戻っていた。




 劉亮は引き続き徐州で仕事中。

 彼に人間を超えた特殊能力は無い。

「よく星が流れて、誰それが死んだ……なんて描写が出て来るけど、あれって宇宙空間のゴミが大気圏突入しただけのものだよな」

 なんてロマンが無い事を言う人間だ。

 だから袁紹が病気という事は伝え聞いても、死を察知する事は出来ない。

 劉備に同行し、劉備の徐州帰還後も冀州に残って袁紹を見舞い続けている劉徳然から情報を貰っていた。


 劉徳然に対する袁紹の対応は、劉備へのそれとは違う。

 袁紹から見て、劉亮とは奥深くて計り知れない人物であった。

 劉備とは風評の裏の顔、裏の更に奥にある素顔が見えない、得体の知れない人物であった。

 この兄弟と比べれば、劉徳然は表裏が無く、ひたすら自分を慕ってくれる地方豪族の一員である。

 昔の豪胆さや清廉さを棄てて派閥闘争に明け暮れる取り巻きたちと比べ、劉徳然には洛陽時代のサロンの名残がする。

 理想を信じ、不正を憎み、未来を憂うる真っ直ぐなままの人物である。

 袁紹は素直に徳然の親愛を信じ、死ぬまで自分の傍に居る事を許した。

 徳然も親に接するように、袁紹を甲斐甲斐しく世話し続ける。

 それは派閥抗争、後継者問題に(うつつ)を抜かす者たちも、自らが恥ずかしく思える程の献身さであった。

 やがて袁紹は、家族たち以外は劉徳然や少数の側近に看取られながらこの世を去った。


 劉亮は劉徳然から袁紹の死について詳細を教えて貰った。

 発症から数ヶ月で死亡。

 腹を押さえ、どす黒い血を吐き、やせ細っていく。

 意識ははっきりしていて、苦痛を訴え続ける。

 激痛なのではなく鈍痛、絶えず消化器の不快感を訴え、食事が喉を通らない。

 そして血の気の失せた顔色になり、意識が朦朧としてからはあっという間だったという。

(癌だったんじゃないかな。

 それも進行が早い種類の。

 気が付いた時には手遅れだったか?

 もしそうでなければ……)


 劉亮は前世も含めて医者ではない。

 専門的な事はよく分からない。

 聞きかじった知識で、スキルスやらステージ4やらって単語と何となくの意味は知っている。

 発症時には、劉亮の知る未来の医学力でもどうにも出来なかったのなら納得出来る。

 しかし、既に兆候が見えていたのなら?

 劉亮が直接袁紹に会ったのは二年前だ。

 しかし袁家家臣団は毎日のように会っている。

 気づいたからって、何も出来なかった可能性も高い。

 しかし、気づいた時点で薬を勧めたり、酒を飲ませなければもう少し延命出来たのかもしれない。

 袁紹家臣団、いや幽州に居て不在の袁煕以外の息子たちは気づいていたのか、気づかなかったのか? まさか気づいていたけど相続を優先してしまったのか?

 劉亮はそれが気になってモヤモヤする。


 もう一つ、気になる話があった。

 袁紹が病気と知れた頃から、曹操からの使者がよく来るようになったという。

 明らかに敵情視察ではあるが、それにしては医師を伴って来たり、薬と聞くものを持って来たりと、家臣たちよりも実効的な助けをしていたそうだ。

 袁紹は、曹操に内情を知られるから会わずに追い返すよう主張する部下に

「今更孟徳相手に隠したって意味は無い。

 それよりも私は、まだ孟徳の奴がこうして心配してくれる方が嬉しいのだ」

 と言って、苦痛の中をわざわざ会って意見交換までしていた。

 対立したとはいえ、曹操と袁紹の間には切れない友情があり、病気を知りつつも侵攻しないのは、そういう理由が有る為かもしれない。


(では、袁紹が死んだ後は?

 袁紹には友情を感じていても、その息子たちには何も無いだろうな。

 寧ろ俺が感じたように、息子たちが病気の袁紹を無視して跡目争いに奔走していたなんて知っていたら……)

 侵攻の歯止めが無くなる予感がする。




 劉亮の予感は当たっている。

 許都にて曹操は旧友の訃報を知った。

 弔問の使者を送り、その者から冀州の様子を聞く。


「そうか……。

 本初の息子どもは、葬儀の場でもどちらが上位か張り合い、(とき)の席でも家臣どもが何やら動き回っていたというのか。

 呆れ果てた奴らだな。

 まあ良い。

 本初との義理は果たし終わったからな」

 曹操は一人呟いていた。

おまけ:

劉亮「医師を探してみましょうか」

陳羣「そういえば、高名な医師・華佗殿はこの徐州で学ばれたそうですね」

劉亮「という事は、探せば徐州にはまだ名医がいますかね?

 戦袍(マント)を纏った、継ぎ接ぎ顔の名医とか、筋骨隆々の医の一族とか……」

陳羣「……何故、戦袍(マント)の医師限定なんですか?

 そういえば、脳の病でも治せると嘯く、竹田君(チク・デンクン)という医師は聞いた事がありますが」

劉亮「そいつは頭痛持ちの曹操の所へ送っておけ」

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― 新着の感想 ―
[一言] 巨星、乙 ここほど魅力的な袁紹は他に知らない…
[気になる点] >戦袍を来た、継ぎ接ぎ顔の名医とか、 『戦袍を着た』では?誤字報告に後書きが含まれていなかった為、こちらで。
[良い点] あとがき。もはやそれは暗殺者なのでは?
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