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転生したら劉備の弟だった  作者: ほうこうおんち
第七章:中原大戦
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和議成立

「お前、本当に袁本初か?」

 和議の座で曹操が訝しげに呟く。

「失礼だな、孟徳。

 どこからどう見ても、袁本初であろう」

 袁紹が淡々と答えた。

 曹操は首を振りながら

「見た目の事ではない」

 と呟く。


 曹操が知る袁紹は、果断で短気、少し考えが足りない事もあるが、それを自覚して必死に人間を磨き続けて来た男であった。

 だが今目の前にしている人物は、よく言えば茫洋と、悪く言えば主体性が無いように見える。


 誰かのせいで五十万もの異民族、いやどさくさ紛れの馬とか韓とかいう漢人も含めた連中に荒らされた并州、冀州、兗州、司隷校尉部。

 戦争どころでないと悟った曹操は、使者を立てて袁紹に休戦を申し込んだ。

 しかし追って返答すると言ったきり、何も言って来ない袁紹軍。

 袁紹軍とて曹操と戦っている場合じゃないのは分かっていたのだが、建前や責任問題で纏まらず、相手が下手に出るのを待つなんて態度になっていた。

 そこで焦れた曹操が、自ら袁紹本陣に乗り込んで来たのが、この会話の発端であった。


「私には皆を率いる立場というものがある。

 お前のように、自分一人の考えで何もかもは決められん。

 お前こそ性急過ぎて部下が付いて来ないんじゃないか、孟徳」

「あんた、変わったな……」

「そりゃ変わるよ。

 いつまでも洛陽の西園八校尉の袁紹ではいられん。

 お前は全然変わらんな、阿瞞」

 曹操をあざな読みどころか、幼名で呼ぶ袁紹。

 揶揄しているのか、親しさを込めているのか読み取れない。

「いや、そうじゃなくてな……。

 まあ良い、本題に入ろう。

 形はどうあれ、一度お互いに兵を引かんか、袁冀州。

 いや大将軍殿」

「何だ、気持ち悪い。

 今まで通り本初と呼べ。

 まあ、兵を引くのは構わん。

 そこまではこちらでも異存は無い。

 だが、我々には形こそ大事なのだ」

「やはり勝った形でないと引けんか?」

「皆はそう言う。

 そこは譲れん、と」

「分かった分かった、俺の負けで良い」

「では、我々が勝ったという証が必要だ」

「それは後で決めよう。

 今は馬に跨ったイナゴどもを、長城の北に帰らせる事が先決だ。

 劉叔朗を呼ぼう。

 既に使者は送ったが」

「劉叔朗か。

 お前は今回の騒動、皆が言うように劉叔朗の策だと思うか?」

「人に尋ねる前に、まずあんたから言えよ」

「そうだな。

 私は違うと思う。

 あの男の人となりに合っていない」

「俺も違うと思う。

 理由も同じだ。

 だが、中々痛快だ。

 奴は俺たちの戦いを嫌がっていた節がある。

 どうやって俺とあんたの賭博を止めようとするか、注視していたのだが、まさか賭場そのものを破壊するとはな」

 袁紹は溜め息を吐きながら

「笑い事じゃないぞ」

 と呆れる。

「賭場の裏で何かコソコソしていたら、間違って火事を起こしたって所だろうな。

 だから、責任取って貰う意味でも来て貰おう」

 どこか嬉しそうな曹操に、袁紹は伏目がちに

「……我が軍には、あんな物騒な男を陣中に招くのに反対する者も多くてな……」

 とボヤく。

「本初、あんたが違うと言ってるんだから、あんたの責任でどうにかしろよ。

 兎も角、あいつが居ないと収拾がつかん!」

 感情剥き出しな曹操の叱咤に、袁紹は無表情で頷いた。




「ええと、何で私ですか?

 いや、言いたい事は分かりますが、主従関係で筋が通りません。

 主君は我が兄、劉備なんですが?

 講和の席に主君を差し置いて、私が代表なんてしてはいけませんよ」

「左将軍には我が殿暗殺の件が有りましてな。

 顔を出したら、建前上その場で斬らねばなりません。

 だから、劉叔朗殿が代表として和議に参加し、その席で左将軍の赦免を勝ち取るのです」

 行きたくない劉亮に、旧知の荀攸が説明をしていた。

「烏桓や鮮卑の件、本当に私は何もしてないんですよ」

「存じています。

 劉亮殿は民を犠牲にはしない方ですから」

 荀攸が分かってるよ、といった優しい表情で応じる。

「私は何もやっていない。

 ですが、もう彼等に北に戻るよう交渉しました。

 それでも私が顔を出す必要が有るのですか?」

小臣わたしもそれには驚きました。

 まさか小臣が来る前に、既に色々終えていたとは」


 劉亮は、中原に五十万もの騎馬民族が侵入したと知るや、急いで義兄に当たる蹋頓を探し出して会っていた。

 先代大人丘力居の娘婿の劉亮と、従子で後継者の蹋頓、顔馴染みだから直ぐに会う事が出来た。

 蹋頓は

「あんたが俺たちに食糧を奪えって言ってない事くらい分かっていたよ。

 だが、言ったって事にして利用した。

 交易ばかりじゃ俺たちの牙が抜け落ちる。

 やはり掠奪や襲撃しとかんとな!

 ほら、

掠奪対象しあわせは歩いて来ない、

 だから奪いに行くんだよ、

 一日一奪、三日で三奪、三里進んで二百拉致』

……って歌うじゃないか!」

 なんて笑う。

(どっかで聞いた事あるけど、そんな物騒な歌知らねえよ!)

 この時ばかりは劉亮も

(蛮族だから交渉の余地無しって言った公孫瓚が正しかったのでは無かろうか……)

 と思ってしまった。

 それでも交渉して、もう今奪った食糧は返さなくて良いから、北に戻って貰う事にした。

 鮮卑族は蹋頓から撤退交渉して貰い、南匈奴の呼厨泉は劉亮が説得した。

 彼等が帰れば、羌族も退くだろう。

 敵地に留まり続け、撤退のタイミングを見誤る事はないだろうから。

 指示に従わず漢土に残るような奴は討伐して良いって言質も取れた。

 漢人の馬騰と韓遂はシラネ。


 こうして青州に戻ったのを見計らったように、荀攸が曹操からの「和議にはお前が来い」という内容の使者として来たのだ。


「私より先に兄と交渉して欲しい。

 やはり私は兄を出し抜けない」

 そう言った所、荀攸の後ろに控えていた張遼が

「劉備殿から書状を預かって来ました」

 と言って、布地の書状を差し出す。

 そこには一言

『任せた 玄徳』

 と署名付きで書かれている。

 徐州で交戦中だった劉備と曹仁率いる曹軍だったが、急転直下停戦となり、一足早く和議が成立していたらしい。

「私が戻る前に、やるべき事はやったって事ですね」

「フフフ……殿も小臣も劉亮殿の人となりは知ってますからな」


 結局劉亮は、劉備軍の代表として和議に参加する事になった。




悪人こっち側へようこそ」

 会うなり曹操がニヤニヤしながら、董卓の幻影と全く同じ事を言って来る。

「おい孟徳!

 お前の悪事は本物だが、劉叔朗のは濡れ衣だ。

 そんな事言ったら可哀想だろ!」

「悪名も使い様さ。

 俺からしたら『董卓に七度投獄されても屈しなかった気骨の士』なんて気持ち悪い名声の方が、色々足を引っ張ってるんじゃないか、って心配になるぞ」

「名声より悪名の方が良いとか、お前だけだぞ。

 劉叔朗は、七度ってのは大袈裟だが、董卓と最後まで政治の事で対決した方が真の姿だ。

 悪名なんかが似合う男じゃない!」

「……と、悪名を恐れて名声が残るよう、聖人ぶった袁本初氏はのたもうた。

 いやあ、叔朗が来たら本初が昔の本初らしくなって来た!

 洛陽の過激派、汝南袁氏の不良中年が戻って来た。

 呼んだ甲斐があったよ」

「孟徳、おかしな異名を付けるな!」

「まさか、その為だけに私を呼んだのですか?」

「いや、違う、孟徳の言う事は気にせんでくれ叔朗殿」

「まさにその為だけに呼んだ!」

「おい、孟徳!」

「既に叔朗は、烏桓、鮮卑、匈奴を引かせている。

 他の連中にも手は打ち終えている。

 呼び出して頼むべき事は全部終わったんだよ」

「だからといってなぁ、孟徳よ」

「だから、洛陽で遊んでいた三人での会合をしようぜ!」

「遊んでいたのはお前だけだ!

 私はちゃんと世を正す為に……」

「なあ、叔朗。

 今はこんなだけど、先日までのこいつは君子ぶった鼻持ちならん奴だったんだぜ」

「袁紹殿にも立場がお有りですから、君子になるのは致し方無いかと」

「ほら見ろ孟徳。

 叔朗殿はちゃんと分かっている。

 成長してないのはお前だけだぞ」

「アッハハハハ!

 本当に『洛陽の札付き三人』が揃ったなぁ」

「それはお前だけだ、孟徳!」

「心外です!」

「よし、調子が戻った所で和議について話そうか。

 大将軍袁紹と、司空の曹操と、『なりふり構わず中原を混乱に叩き込んだ大悪人』劉亮との話し合いはざっくりしたもので良い。

 正式なのは後で各々の幕僚も交えてにしようか。

 それこそ条件だけの問題になるから、部下同士の話し合いで十分だろうよ」

「……なんか、私だけ随分と不名誉な二つ名にされてるが……」

「もう孟徳の放言は聞き流そう、叔朗殿。

 我々は完全に孟徳がしつらえた席に座らされたようだし。

 とりあえず、こいつのやりたいようにやらせようか……」


 こんな会話をしながら、劉亮も袁紹を懐かしく感じていた。

 確かに今は、時間が遡ったかのように、サロンを開いて名士たちを集めていた袁紹、そこに呼ばれて困惑する自分、突然やって来て場をカオスにする曹操が揃っている。


「まずは酒だな」

「叔朗殿は葡萄酒が好きでしたな」

「いや、自分は酒を控えておりまして……」

「どうして?」

「酔われた叔朗殿は面白いのに」

「……あんたら二人、酔わせて何を喋らす気ですか!?」

「色んな事」

「天下の事」

「喋りませんからね」

「まあまあ、そう言わずに」

「叔朗殿、私の酒が受けられないと?」

「というか、お前この前とんでもない酒贈って来たよな。

 本初のとこにも来てないか?」

「有る有る、アレを飲みたいんだな、叔朗殿!」

「ああ、もう、厄介な人たちだ!」


 結局「洛陽でつるんでいた三人」のグダグダ酒宴の中で、和議の基本方針が決まってしまった。

 曹操は袁紹に「魏王」の称号を渡す。

 劉氏以外の「王」は、高祖劉邦の遺言で禁止されていたが、それを解禁するという。

「称号だけってのがズルいな」

「どうせ『劉亮の禍』の始末を終えたら、また戦うんだろ?

 欲張った事言うなよ。

 俺に勝って、朝廷に認めさせろよ。

 いや、朝廷なんかどうでも良いんだったか?」

「ちょっと待て。

 サラッと人の名前をイナゴとか天災とかと同じ扱いにしてないか?」

「事実だろ?」

「違うわ!

 あんた、さっき私の策じゃないって認めてたろ?」

「事実って事にしとけばスッキリするぞ」

「せんわ!」

「叔朗殿、士大夫たるもの、言葉遣いをちゃんとしましょうぞ」

「はいはい、魏王殿下の仰る通りで」

「……棘がありますね」

「な!

 こっちがこいつの本性なんだよ、本初」

「私の前では演技をしていたと?」

「礼儀正しくしてたんです!

 敬意を持って接してたんです!」

「だそうだ、孟徳。

 叔朗はお前より私を敬ってくれてるんだぞ」

「と、人から敬われたい、皇帝の座を狙う袁本初は分かりやすいのだが、お前は何を狙ってるんだ?

 劉叔朗」

「そうだな、私も知りたい。

 君は一体何をしたくて、この乱世を生きている?」

 そう聞かれて劉亮は何も言えなかった。

(いや、本当に俺は何が目的で生きている?)


 前世での死の記憶がある劉亮の中の人は

「もう死にたくない」

 という意識で今までやって来た。

 そして推しの劉備の弟として転生したのだから、劉備の為にと働いて来た。

 しかし、そうやって天下をどうしたいか、それは考えるのを止めて来た課題であった。

 この数年、忙しかった。

 その忙しさを理由に、その場その場で良いと思った行動をして来た。

 だから、改めて「お前は一体何が目的なんだ?」と聞かれると、返答に窮してしまう。

 酒が入ってるせいもあり、こういう事を問われると、妙に真剣になってしまう。


「どうやら余り深く考えてなかったようだ。

 黙り込まれても楽しくない。

 宿題にしよう」

「そうだな。

 いつか私に答えを聞かせてくれ」


 また酒が進み、劉備の赦免とか、騎馬民族が持ち去った物は諦めるとか、勢力圏は現状通りとか、野放図な交易市場の見直しとか、残った騎馬民族の討伐担当とか、徐州分割の追認とかが決められ、詳細は部下たちの話し合いで決めるとして散会となる。


 正式な会議ではなく酒宴で色々決めた事に、袁紹は部下たちから非難された。

 だが、条件としては悪くない為、とりあえずは荒らされた領地の回復といった所領統治に専念する事になる。


 劉亮は劉備から

「よくやった!」

 と頭をワシワシされていた。

 こちらも及第点だったようだ。


 そして、最も譲歩した形の曹操は、部下たちの前でこう言った。

「袁紹軍は、早晩瓦解する。

 俺が見るに本初の奴は『器』という得体の知れないものに喰われていた。

 あいつはやがて、空虚な、周囲の意見を聞き入れるだけの何がしたいか分からん者に成り下がる。

 その時、我を張り合う本初の部下たちは分裂し、主導権争いを始めるだろう。

 そうなるよう、『王』とか『北部諸軍事』とか『大将軍大司馬大司徒』とかと呼んで、後押ししてやろうか」


 和議はなったが、まだまだ争いは続く。

おまけ:

劉亮が曹操と袁紹に贈った酒については、番外編で書きます。


おまけの2:

「止博打、破賭場(博打を止むるに、賭場を破壊す)」

とは賈詡の表現としておきます。

意味:やり過ぎなんだよ!!


おまけの3:

何とかのマーチは、劉亮が劉虞の使者として最初に交渉しに行った時、敢えて見つかる為に大声で歌っていたものの一つです。

歌詞は聞かれたから教えたものです。

昔過ぎて本人、覚えていません。

ましてや、歌詞が魔改造されているなんて……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] もうお前ら仲良くできるだろ…と笑いながら悲しくもなりました
[一言] そうか、未来の劉備は劉亮の断酒を助けようと干魃を口実に禁酒令を出すことになるのか
[良い点] 我等が最良の日々は遂に失われてしまったんやなって…
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