劉備の戦い
「だから、俺を待ってる奴らがあの城に居るって言ってるだろ」
徐州郯城と彭城を後回しにしろと説得しに来た劉亮に、劉備は譲らない。
だったら増援の歩兵を渡さんぞと、劉亮も今回は譲らない。
兄弟は議論を始める。
「兄者が攻城について何の策も持ってないから、このままじゃ兵を与えても無駄に殺すだけだ」
「兵が無ければ城は落とせない」
「兵が居たって落とせない!」
「じゃあ、何か策をお前が出せよ」
「だから、郯城と彭城を後回しにする事が策。
他を落としてこの二城を孤立させれば、いずれ撤退させられる。
そうすれば敵味方住民ともに犠牲を防げる」
「ここまで来た俺たちが、踵を返して立ち去ったら、中の住民の落胆は大きいだろ。
一回攻めた以上は、攻め落とさないとならない」
「そんな感情は戦略の前では無意味」
「感情とか言うな!
あの城には俺を待ってる奴らが……」
こんな感じで堂々巡りをしていた。
とりあえず、目の前の郯城くらいは落とさないと気が済まないようだ。
なお、これで敗れていれば話は違うのだが、守将の朱霊は防御に徹し、打って出ない。
だからダラダラと攻防戦が続いていた。
(これ、自分たちも同じ作戦をしているから、引っ張り出すのは至難の業だってよく分かる。
関羽にも同じように耐久して貰っているから……)
劉亮は下邳城を守る関羽に、可能な限り長く籠城し、曹操軍を縛り付けておくよう頼んでいた。
劉亮の中の人の「史実」から、関羽が曹操軍に捕われたら、袁紹軍の顔良が討たれる歴史を辿るので、それを防ぐ為にも籠城に徹して貰っていた。
それだけのものから、今では「徐州に出来るだけ曹操軍を拘束する事が、袁紹軍を助ける事になる」という意味を持たされた。
袁紹と曹操の決戦に駆り出されない為、第二戦線で頑張ってますよ、とアピールする目的である。
幽・青十万の軍と嘯いているが、実際に戦わせたらそれ程強くない為、なるべくそれをバラされたくない。
同じ青州黄巾軍から出来た劉亮の屯田兵と曹操の青州兵だが、運用する人の兵法能力の差もあって、強さは今や雲泥の差となってしまった。
その分青州は様々な面で後漢末期の悪政で被った害から回復しており、弱兵はその身に不安が無くなっての緊張感喪失と表裏一体のものである。
その為、劉亮は曹操の軍強化能力に舌を巻き、曹操は劉亮の経済政策を見て「何としても我が部下に」と、お互いに評価し合っていた。
曹操軍は、劉備が徐州の他の郡や国を奪還するのを阻止したい。
だから郯城を守って足止めをする。
劉備軍は、曹仁や張遼を主戦場に行かせないよう足止めする。
徐州戦線は完全に膠着してしまった。
「徳公、何か良い意見は無いか?」
劉亮は、軽蔑してはいないものの、頭が残念だとして劉展徳公には、智謀的なものを期待していない。
この男、とりあえず考える事をしない。
劉備を尊敬しているから
「玄徳兄の言う事に従っていればそれで十分」
と言って、思考停止をしている。
そして劉備の野心だったり義侠心に触れては
「流石は玄徳兄!
そこに痺れる、憧れるゥ!」
と褒めまくって、劉備をダメにしている一人でもあった。
そんなダメ人間の片割れに意見を求めたのは、彼が昨年まで易京という巨大要塞の攻略戦に参加していたからだ。
父の仇討ちの戦いだったが、それでも袁紹軍の戦術に何か見るべきものはあっただろう。
「え? 俺に聞かれても……。
俺、この通り馬鹿だからさ」
「徳公……何か意見は?」
「何も無いよ。
俺に聞くなって」
「徳公……何か意見は?」
「いやいやいやいや、叔朗兄、怖いって」
「徳公……何か意見は?」
「イーーヤーーー、玄徳兄、張飛殿、助けてよ」
「徳公……何か意見は?」
「ちょ……玄徳兄まで乗っかって来ないで!
どうして俺なんかに聞くのさ」
「お前が易京の戦いに参加したからに決まってるだろ!
役に立ちそうな情報は、洗いざらい吐いて貰うぞ」
「そんな事言われたって、俺は親父の仇を討つのに必死でさ。
何も見てないし、何も分かんないって」
「徳公……何か意見は!!??」
「怖いよーーーー」
不毛な詰問を繰り返した挙句、ようやく
「でっかい梯子を立てて、そこから矢を振らせていた。
それを隠れ蓑に、本命は地下を掘り進んでいた」
という事を吐き出す。
(せやからな……それは知ってんね。
もちょっと有意義な情報くれや……)
何故か関西弁でツッコミたくなる劉亮の中の人。
それでも根気強く
「地下掘削はどうやってした?
井楼の高さは?
作成に使った人数は?」
と、根掘り葉掘り質問する。
「よし!
井楼を用意し、地下掘削をしましょう」
劉亮の意見に劉備は首を横に振る。
「うちにそんな余裕無いの、お前が一番知ってるだろ?」
余裕は資金面ではなく、人員的な話である。
自領の冀州内に孤立する易京を攻めた袁紹軍は、地元の民を動員出来た。
しかし、全土が戦場のような徐州では、民は逃げている為に動員が難しい。
兵士を使うとしても、袁紹軍より数は少ないから力不足だ。
劉亮はそんな事は百も承知である。
「そう、袁紹軍みたいに敵城を破壊出来るのは作れません」
「ではやっても意味無いだろ」
「目立ちます。
何かやってるって分かります」
「それに何の意味がある?」
「城の前で目立つ事をやっていれば、兄者が別の城を先に落としても、ここの人民が失望する事は無いでしょう」
「!!
つまり、主力が居なくなっても、俺が諦めずに皆を解放しようとし続けている、そう見えるって事か!」
「そうです。
これが妥協点です。
城の中の民を見捨てない、しかし先に落とせる城から落とす。
これを呑んでくれないなら、兵は渡せません」
「分かった。
城の皆を騙しているようで気が引けるが、これなら皆に俺の存在を見せつけられる。
何より派手で良い!」
劉備も、手詰まりな事は感じていた。
打開策も理解していたが、逃げまくっている自分が、城を落とせないからってまた逃げる様子を見せたくなかったのだ。
危険だから逃げるのと、助けに来ておきながら諦めてしまうのでは違う、劉備はそう考えていた。
(既に一回逃げてるんだし、後は何回逃げようが大して変わらんだろ)
と男のロマンをぶった切る劉亮の中の人には分からん拘りであった。
兎に角、ようやく足止めされていた城から離れ、徐州奪還が進捗する。
「よし、じゃあ関さんとこに向かうぞ!」
「ちょっ……待った!
敵を撃滅しない、関羽殿には時間を稼いで貰う、そういう作戦でしたよね!
今行っちゃダメでしょ」
「だからこそ行かないとダメだ。
叔朗、お前だってそう思ったから、この前は行って話して来たんだろ?」
「では、曹仁軍に奇襲を掛けるとか、そんなのではなく?」
「作戦くらい分かってるから。
それに、曹仁強いよ。
俺が奇襲する事に対処するだろうね。
だから、関さんに声かけて来るだけだ。
ついでに敵さんにも挨拶してくらぁ」
劉亮には劉備のやりたい事が分からない。
だが、戦略は理解したまま、何かをしたいようだ。
こういう時はやらせた方が、後々素直に言う事を聞いてくれるようになる。
「徳公、お前に城攻めは任せる」
「そりゃないよ、玄徳兄。
俺は玄徳兄の警護役じゃないか」
「いや、お前一軍を指揮して伯珪兄と戦っただろ」
「あれは親父の仇討ちだったから……」
「俺の親友を討ったのをお咎め無しにしたんだ。
あの時の借りを返せ」
「……分かりました」
「徳公」
「なんだい、叔朗兄、代わってくれるのか?」
「うちは軍事力は弱いが、金と物は有る。
必要な物は届けるから、頑張れ!
あと、しっかり使用明細残すように」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーー!!
むーりーだーー!!」
「出来る出来ないじゃない。
やるのだ!」
劉備兄弟の強要で、劉展が引き続き城攻め。
補佐として太史慈が付けられた。
そして劉備は張飛、高順と共に徐州奪還を再開。
だがその前に劉備は、張飛と高順の他、樓煩も借りて、百騎程を率いて下邳に向かった。
前回劉亮の奇策で下邳城に物資を運び込まれた曹仁は、同じ失敗は繰り返さないよう警戒を厳にしていた。
そこに劉備の旗を掲げた少数の騎馬が向かって来ていると聞き、直ちに迎撃態勢に入る。
と同時に、余りに少な過ぎる兵力に
(何か策を弄しているのか?)
と不安にもなっていた。
劉備は曹仁の予測を超えた存在だった。
戦わせれば曹仁の方が強い。
経験だけで成長している劉備に比べ、曹操軍の諸将は、曹操が抜粋要約した兵法の初級テキストで勉強し、その後に経験を積んでいた為、誰もが一定以上の戦術を駆使出来た。
だが、劉備最大の長所は教科書で学んで得られるものでは無い。
曹仁軍と遭遇した劉備は、単騎前進して曹仁に会見を呼び掛ける。
呼ばれたからには出ないとならない曹仁。
劉備は曹仁に
「俺たちは、あんたらを出来るだけ長く徐州に引きつけておく作戦なんだ」
と教える。
敵からの唐突な作戦暴露に混乱しつつも
「だからどうした?」
と威圧を込めて曹仁は返事する。
「俺たちは、これから徐州全域をあんたらから奪い返す」
「そんな事を許す訳無かろう!」
「まあ、話を聞きな。
俺は徐州を取り返したい。
あんたらは、ここに長く留まれば俺たちの思惑通りで、曹操軍全体から見れば都合が悪い。
どうだ、ここは曹操の為にも、兵を連れて徐州を出て行ってくれないか?
追撃はしない」
曹仁は笑った。
「笑止!
下邳は落とす、お前は討ち取る、徐州は維持する。
その後で殿の待つ袁紹との決戦に駆けつける。
お前の要求には一切応じない」
「分かった。
ここは引くよ。
まさか追撃とか掛けないよな?」
「掛けたいが、止めておく。
今のお前は軍使だ。
切らぬのが作法。
お前を討つのは戦場に限る」
「ありがとうよ。
じゃあ、帰らせて貰うわ。
戦場で会おう」
曹仁は冷静に見えて、劉備の胆力に圧倒されていた。
精一杯虚勢を張っての対応であった。
後にこの会見を知った曹操は
「気を呑まれたか。
俺なら何の躊躇もなく、その場で劉備を捕えるな。
悪名とかは気にならん。
普段の子考(曹仁)ならそれが出来たが、劉備の気に呑まれていたなら、意地を張り返せただけマシか」
と評したという。
そして、間者を出していた関羽は、劉備が近くまで来ていて、曹仁相手に張り合っていた事を知る。
以前物資を届けた劉亮は
「決して見捨てない」
と言っていた。
今回こうして下邳まで劉備がやって来た。
そして徐州奪還を宣言して去る。
それだけで関羽には思いが届いた。
「徐州を劉将軍が奪還するまで、我々は曹仁を此処に足止めするぞ!
劉将軍がわざわざ下邳まで来て伝えてくれた。
我々はその思いに応えるのだ!!」
劉備による関羽への「決意」補給は成功したのである。
おまけ:
張繍「賈詡! 袁紹殿からの使者を断ったのは兎も角、曹操に降伏しろとはどういう事だ?」
賈詡「我々のような小勢力は、どこかで博打に出ないと生き残れないでしょう。
だから、黄河の北の袁紹ではなく、曹操に賭けるのです。
我々の身代全部を」
張繍「不合理だ!
袁紹は我々と何の関わりも無いが、曹操にはある。
我等は曹操の子を殺し、忠臣を倒し、二度戦っているのだぞ。
そんな所にのこのこ出て行ったら、殺されるだろう。
お前の言う、生き残るという目的と、曹操に降るのは相反する。
まったくもって合理的ではない!」
賈詡「不合理こそ乱世……それが乱世の本質、乱世の快感……。
不合理に身を委ねてこそ賭博というもの」
張繍「お前……。
そんなんじゃ曹操によって無意味に殺されるぞ」
賈詡「フフフ……。
無意味な死ですか。
その『無意味な死』ってやつが、まさに乱世の本質ではないですか」
張繍「お前……知者かと思ったが、狂っているのか?」
賈詡「勝利とは、死スレスレの危険性と等価交換で手にするものではないですか。
袁に賭けて勝っても小さな得、しかし曹に賭けて勝ったら大きな得。
どうせ死ぬなら……強く打って死にましょうぞ」
この賈詡の狂気の沙汰ともいえる判断で、張繍は曹操に降伏する。
このタイミングでの降伏は曹操にとっては有り難く、彼等は恨み一切を帳消しに生き残る事に成功する。




