開戦
許都の一角、尚書令の役宅。
「殿を暗殺する計画が露見し、そこに劉備の名が有った。
だから劉備を討伐し、それをきっかけに舅の袁紹を引きずり出す。
予定通りなのに、わざわざ小臣に会いに来たのはどういう事かね? 公達」
咎めた口調ではなく、柔らかく尋ねているのに、荀攸の方はわざとらしく畏まる。
「殿から無理難題を仰せつけられましてなあ。
それで叔父上の知恵をお借りしたくて参りました」
年下だが叔父である荀彧は、優しい笑顔のまま荀攸に酒を注ぐ。
「小臣なんかより、君の方が余程知恵者じゃないか。
言い方を変えると、小臣は政治の事、君は軍営の事に秀でている。
出征前に小臣に聞いても、ろくな助言出来ないよ」
「いやいや、その政治的な話でしてなあ」
「分かった、話してみなさい」
「劉亮殿を引き抜け、との事です」
「む……」
荀彧も黙り込んで考える。
劉備の弟で、現在青州牧を勤める人物。
騎馬民族との付き合いが深く、その伝手で仕入れた本来は美術品用の黄金を使ってローカル貨幣を造り、霊帝と董卓に混乱させられた天下の財政の内、青州と幽州は立て直しに成功した男。
表に出ている事績はこれだけだが、これ一つでも驚愕に値する。
そして直に会った曹操と、長安時代から付き合いがある荀攸が揃って
「まだ奥に何かを仕舞ってある。
どこか底知れない男」
と言っているし、かつて董卓もその智に注目し、反論されてもついに殺そうとはしなかったという。
荀彧に嫉妬心は無いから、そんな優秀そうな男なら引き抜いて、共に天下の立て直しをして貰いたい。
だが問題なのは、劉亮とは今から攻撃する劉備の実弟な事だ。
曹操は
「血の繋がりとは違う、何か変な拘りを持って劉備に仕えておるが、あいつは劉備よりも俺の下の方が活躍出来る。
俺ならあいつが仕舞ってある知恵を全て形にしてやれるぞ」
と、敵に回ろうが関係無い感じだ。
だが、常識人の部下たちからしたら
(そう簡単に割り切れるものじゃないでしょ)
と、敵陣営からの引き抜きの困難さを想像していた。
呂布みたいな奴なら話は早いけど、相手は董卓相手にも引かなかった気骨の士なのだ。
兄弟、一族を裏切る事なんて有り得ない。
「……勝った後なら、どうにでも出来るよ、公達」
「と仰いますと?」
「既に、前青州牧が朝廷に仕えているでしょう?」
「孔融殿の事ですね」
「劉亮の青州牧の地位は朝廷が保証するもの。
敗れて拠るべき地を失った後、朝廷が新しい官職を与えるのです。
兄をどうにか出来れば、劉亮は朝廷の命令には逆らわないでしょう」
「やはりその方法ですか。
小臣もそう考えたのですが、どうしても劉亮殿が劉備を捨てる図が浮かばないのです」
「そうだね。
小臣は劉亮と会った事が無いから、どのような人となりかを知らない。
知っている君がそう言うなら、きっとそうなんでしょう。
ですが、調略にはきっと応じないでしょうから、この方法しか無いと思いますよ。
これしか無いのですから、その方法の中でどうしたら良いかを考えましょう」
「成る程、叔父上の仰る通りです。
まずは勝つ事を考えます。
その中で、誤って劉亮殿を殺さないよう、将兵に申し付けて置きませんとな」
「それはよろしくお願いいたします。
では、小臣からもよろしいか?」
「何なりと」
「劉亮の下で州別駕を勤めている陳羣殿、小臣はこの人も迎え入れたい」
「同じ豫州の方でしたな」
「茂才(秀才)です。
天下の為にも、この人を誤って殺さないようにして下さい」
「承知しました」
このやり取りの翌日、曹操率いる劉備討伐軍は許都を発した。
劉亮の知る「史実」では、劉備は曹操の旗を見るなり、一戦もせずに逃げたという。
劉亮はその知識を前提に、青州での劉備受け容れと、州境での防衛戦を計画していた。
しかし、こちらの世界の劉備は、「史実」のような行動を取らない。
劉亮の知っている「史実」とは事情が異なる。
同じなのは下邳城に関羽と夏侯博を容れた事と、前線の彭城と小沛、州庁のある郯県を棄てた事。
下邳に劉備の妻子は無く、劉備は逃げずに琅邪国に留まり、開陽、東莞、姑幕の三県城に兵を分けて河川を防衛線とする抗戦体制を整えていた。
この琅邪国は青州に隣接している為、
「叔朗、後方支援は頼んだ」
という事になる。
実際そう言われてもいるし、劉亮は兵の補充や物資の供給を行う事になった。
つまり、青州という後方を持つ事で、劉備は安心して戦闘を継続出来る。
そしてその自信が、何もかもを棄てて逃走という考えに至らせなかった。
劉備が持久戦を選んだ事で、曹操の速戦速決は失敗する。
劉備は曹操の強さをよーーーく知っている。
野戦をしたら絶対に勝てない。
だから地形を頼みに、籠城戦を行う。
曹操と言えど、呂布が籠城した下邳城を落とす際は時間を掛けていた。
劉備も学習をしている。
籠城とは、外に援軍や別動隊が居なければ失敗する。
劉備にとっての援軍とは単純には劉亮であり、政治的には袁紹であった。
別動隊は、離れた場所で籠城をする関羽である。
更に劉備は、豫州牧として小沛に駐屯していた経験を生かし、沛国の曹操の生まれ故郷に調略の手を突っ込んでいた。
夏侯氏にも、成り上がりの曹操に反発する勢力が居る。
関羽と共に下邳を守る夏侯博なんかがそうだ。
夏侯氏の非主流派を使って、曹操の後方攪乱をする。
その為にも、持久戦を選んで、曹操を前線に拘束しておきたい。
夏侯氏の非主流派の蜂起と、袁紹軍の南下、それを待つのだ。
袁紹陣営では、南下して曹操と戦うべしとする勢力が優勢になって来ている。
側近たちの中では、密かに袁紹を「単なる天下人」以上にしようという意見も出るようになった。
そして、悪い事に袁紹が「天下人以上」になるのであれば、と派閥の勢力争いが始まっていた。
特に袁紹個人に忠義を誓ったり、個人との友情や同志感や同郷の縁から配下となった者たちは、冀州を奪った際に味方をした事で中枢に居座る「旧韓馥家臣」たちを敵視するようになる。
今までは、冀州を中心に并州や幽州に手を伸ばし、幽州・冀州に勢力を拡げた公孫瓚と争っていた為、冀州の事をよく知る旧韓馥家臣を大事にしていて良かった。
だがこれからは天下を目指して戦う。
ならば、拠点とはいえ一地方である冀州だけの人士ではなく、天下の事をよく知る人士が重視されるべきであろう。
袁紹傘下名士団は、もう一つの派閥である淳于瓊軍団と手を組み、旧韓馥家臣衆の排斥にかかっていた。
そんな中、旧韓馥家臣で、戦略で言えば北方割拠・長期戦派の田豊が、直ちに南下して劉備と戦っている曹操を背後から襲うべしと進言する。
戦略的に見て、間違っていない。
しかし、間違っていなくても、むしろ成功されたら嫌な者たちが居る。
彼等は田豊の南下策を潰しに掛かった。
袁紹軍は動かない。
「……という事情があって、我が軍は動かない」
文通している袁隗から劉備に書状が届いた。
袁紹軍は動かない。
曹操はそれを知っているような節がある。
既に琅邪国に激しい攻撃を仕掛けており、開陽、東莞の二城は陥落、姑幕城が持ちこたえているだけであった。
更に劉亮が出した高順・太史慈率いる援軍も敗北。
泰山の盗賊を利用した攪乱工作も失敗する。
楼煩の烏桓騎兵も撃退された。
兵法とか練度とかでも確かに強いのだが、全軍を投入出来ている事も圧勝の一因だ。
袁紹は動かないと見て、許都をガラ空きにしているのだ。
「うーむ、このままではいけないなあ」
既に劉徳然は屯田兵たちに動員を掛けている。
数だけなら五万を超えているから、常備軍及び徐州から撤退した兵力を糾合すれば、十万にも届くかもしれない。
しかし、これで勝てるという自信が劉亮には無かった。
確かに、「史実」では曹操軍の強さを支えた青州兵を、三分の一程自分たちが取ってしまったから、それに比べれば曹操軍と自軍の差は少なくなっている。
だが曹操軍は、第一次徐州攻撃、第二次徐州攻撃、呂布との兗州争奪戦、第三次徐州攻撃戦(対呂布)、そして今回の第四次徐州攻撃戦と、次第に強くなっているのだ。
それは正面衝突した時によく分かる。
小部隊の指揮官、中級の指揮官がよく判断し、兵もその指揮に従ってよく戦うのだ。
派手な戦術も、特筆すべき兵器の使用もなく、何の変哲もない戦いで劉備軍は負ける。
徐州を追われ、青州に侵攻されても事情は変わらないだろう。
このままでは、折角の兵力が無駄になってしまう。
「よし、やはり袁紹を動かそう」
劉亮の言に、陳羣が疑義を唱える。
「元太傅様(袁隗)が書状で書いたように、袁家内部に問題があるなら援軍は見込めません。
もしも州牧殿が解決しようと首を突っ込めば、やがて我々の損となりましょう。
事ある毎に袁家の事情に振り回される事になりますぞ」
「いや、私は袁家に介入しようとは思っていませんよ。
援軍要請もしません」
「では何を?」
「曹操に勝てるのではないか、と思わせる状況を作るだけです」
「分かりました。
折角平穏にした青州に戦乱を持ち込みたくはありません。
協力します」
「じゃあ、小細工の方をお願いします。
大きな仕掛けは自分がやりますので」
「州牧なのですから、お動きなさるな。
貴方に何かあったら、御主君劉備殿も、この青州も最早終わりですぞ」
「気遣ってくれて有難うございます。
しかし、時には上の者が自ら動かねばならぬ事もあります。
そうせねば、特に関羽殿なんかは臍を曲げてしまいますので」
「ああ、関羽殿ですか。
それは確かに。
では、道中の安全をお祈りいたします」
いつもの如く、劉徳然と陳羣に留守を任せ、劉亮は兵を率いて出動した。
それに先んじて冀州には二種類の使者が遣わされた。
いや、片方は曹操の勢力圏をなるべく避けただけで、最終的には荊州に向かう車列であるから、冀州への使者とは言わない。
もう一つの方は密使である。
先日劉亮と会談をした袁煕、彼が同格対応担当者だ。
その袁煕に劉亮は、かつて徐州で行われた方針確定会議の議事録の一部を送ったのである。
一瞬、何の事か分からなかった袁煕だが、読んでいく上で重要な情報を見い出す。
それは劉亮が意図した部分では無かったのだが、袁紹を動かすきっかけとなった。
袁紹は総軍に動員を命令を出す。
劉亮の小細工は成功したのであった。
おまけ:
劉備→蜀では三人の夏侯氏が居た事が分かっています。
今回出て来た夏侯博。
博望坡で趙雲が捕らえ、法律に詳しかった為登用された夏侯蘭。
そして高平陵の変後に亡命して来た夏侯覇。
こういうのを見ると、張飛と夏侯氏の娘との結婚も何か意味を持っている気がします。




