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転生したら劉備の弟だった  作者: ほうこうおんち
第六章:新勢力台頭
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袁術即位

 劉亮は夢を見た。

 これは前世の記憶であり、以前見た家族との不愉快な思い出とは違う。

 もっと前、小学生高学年だった時の一コマだ。

「なあ、1999年7の月に人類は滅亡するらしいよ」

「へ? どうやって?」

「何でも、恐怖の大王が空から降って来るらしい」

「恐怖の大王って何だ?」

「核とかじゃない?

 ソ連とかいっぱい持ってるじゃないか」

「ヤバいね」

「他にも宇宙人が攻めて来るとか」

「それで一気に信用無くなった、あり得ねー!」

「俺も信じちゃいねーよ。

 でもこの予言結構当たってるみたいだし」


――――――――――




 その後も何やら言っていたが、起きた時に覚えていたのはそこまでだ。

 あの予言、ちゃんとしたフランス語を読める人からしたら、そもそも本の題からして意図的な翻訳ミスだとか、如何様にでも解釈出来る言い回しのこじつけだとか出て来て、何より現実世界で1999年に何も起こらなかった事で信用崩壊した。

 その後も年を変えては何度も終末予言の解釈を出したが、「オカルト」という一言で片づけられ、心から信じる者と、ネタとして楽しむ者だけの玩具と化してしまった。




 古代中国において、予言や占いはかなりの重きを為す。

 儒学という学問の中にも「易学」があるくらいだ。

 前漢を滅ぼした王莽も、自身の即位を予言する瑞石が発見されたとか言って正当化している。

 そして建安二年(197年)、その予言を利用してある男が皇帝を称した。

 袁術が寿春の地で即位、国号を「仲」として全土の支配を宣言したのである。


 即位の理由は三つあると考えられる。

 一つ目は袁紹、曹操に対する政治上の対抗である。

 皇帝劉協を担ぐ曹操と、有力皇族の劉虞を担いで皇帝の交代を狙う袁紹。

 袁術も劉協を手に入れる事を考えてはいたが、曹操に先を越された。

 そうなると第三の選択肢を探すしか無い。

 他の有力な劉氏を担ぐ手もあったとは思う。

 しかし彼は、他の有象無象な群盗ですら皇帝を自称し始めた事に触発されたか、あの程度で皇帝を名乗るな!と反発したかで、地位も名誉も血筋の良さも有る自分が皇帝になる事を選んだ。


 二つ目は経済的な理由である。

 袁術は名門出身である事が誇りだ。

 後漢末期の腐敗した政治を批判しつつ、彼は豪華な服を着て仲間たちには気前よく振る舞っていた。

 腐敗政治はダメだが、上に立つ者は下と違って豪奢な生活をするのが義務である。

 ケチ臭く、しみったれた生活をしていたら、尊敬されないだろう。

 貧乏皇族から皇帝になった霊帝を見よ!

 貧乏だったから国を傾けたのだ。

 名士は名士たる生活をしないとならない。

 そうなると重税を課す事になるが、豊かな寿春と言えど限度がある。

 そこで皇帝となって権威を世に示す事を考えた。

 皇帝なら全国での徴税権を持てる。

 更に皇帝たる自分とよしみを通じるべく、他の群雄は献上品を贈ってくるだろう。

 という考えだ。


 そして三つ目、これが本音であろう。

 袁術は本心から、自分が皇帝になる運命に導かれた存在だと信じていた。

「蒼天已に死す」これも予言の一つで、劉家(蒼天)の運命は尽きたと世では考えている。

 それに加えて袁術は、王莽も信じた予言「讖緯しんい書」の一つを読み、漢の次は自分だという天意を勝手に解釈していた。

 予言書の中に「漢に代わる者は当塗高なり」という一節があり、「塗」は道という意味、自分の字の「公路」にも「(みち)」の字があるから、自分が漢に代わる存在と信じた。

 そして袁家は前漢の京房が纏めた易学「京氏易」を家学としている。

 易による占い、京房の易学で重要視する「天人相関説」、即ち天災が多いのは地の皇帝の過ちであるとする考え、そして五行の思想も加えて「漢は終わった」とし、易姓革命を行う時だと考える。

 だから袁術の即位には、自身の野望の他に「天命は自分が皇帝になれと言っている、正しい形になる事で世が改まる」という思いもあり、義務感すら持っていた。


 これは正しく独りよがり、現実や論理よりも、易学的なものを前提にした神秘主義(オカルト)を更に恣意的に解釈した結果であり、誰も彼の味方をしなかった。

 孫堅以来二代に渡って袁術の配下として働いていた孫策すら、あんたに着いて行ったら身の破滅だと絶縁状を叩きつけて来る始末。

 独立勢力として名乗りを挙げている呂布を再度取り込もうとするも、これにも失敗。

 武力で徐州を手に入れようと部下を送るも、呂布によって撃退されてしまった。

 結局袁術は、孫策離反により揚州の南側を失い、代わって暗殺を駆使して豫州陳国を奪うくらいしか出来なかった。

 即位前、自らの手を動かす事無く勢力を拡大し続けた男は、即位によって代わりに動いてくれた手駒全てを失い、自ら動かざるを得ない状態に陥ったのだ。

 そして武力ではことごとく失敗、唯一の成功は暗殺によるものだから、即位はとんでもない悪手と言えた。




 即位という自滅手によって、袁術の勢力は急速に衰退する。

 代わって各地の群雄の勢力が伸長していった。

 袁紹陣営対袁術陣営という構図が崩れ、群雄割拠と変わる。

 袁術から独立した孫策は、江南での地盤を固めていく。

 劉表は、旧董卓軍内での勢力争いの結果亡命して来た張済を倒すも、その甥の張繡とは和解して北の国境に当たる地域の防御を任せ、親袁紹派だが独自の勢力となって孫策と対立する。

 劉備を追い出し、袁術を撃退した呂布も武名を高め、劉備がしなかった独立勢力の討伐または戦力組み込みを行って徐州を固めていった。


 皇帝を抱える曹操だが、確かに勢力拡大はしたものの、思わぬポカをしでかす。

 荊州宛城を攻め、張繡を降伏させるも油断したところを奇襲され、長男の曹昂、甥の曹安民、そして勇将の典韋を失う大打撃を受ける。

 これにより反曹操の機運が高まってしまうのは、皇帝を擁する陣営だけに致し方無いだろう。


 こうした中、青州の劉亮も足元を固める事に専念していた。

 山東半島の一番先、東萊郡には黄巾の残党が存在していた為、自ら出撃して帰順させる。

 まあ、指揮をするのはいつもの如く楼煩だが。

 一戦して強さを見せつけ、引き続いて交渉して落としどころを探り、最終的には自軍に組み込むいつものやり方である。

 東萊郡には賊の他、多数の異民族も住んでいる。

 劉亮は彼等も統治下に納めた、彼なりの政策で。

 また、泰山方面から侵入する臧霸や昌豨といった独立勢力は、太史慈が撃破していた。

 北方と西方では袁紹と和を結び、南方の州境の中で兗州については劉備が許都に出仕する事で安泰となった。

 要警戒は徐州との州境だけである。

 そうなると青州の民は軍事面での負担が減り、劉亮の政策もあって田畑に帰って来た。

 劉亮はここで、陳羣と相談してある政策を行う。

 それは日本史で言うところの「徳政令」であった。




 宦官が支配した銅臭時代、過酷な税を取られた農民は没落した。

 戦乱をある程度鎮めた青州において、農地に戻って来た者たちも、借金した過去がある。

 董卓五銖銭により借金は無効化したが、消えた訳ではない。

 古証文を持ち出されないか、一抹の不安が有った。

 逆に農民を借金漬けにした豪族や大商人たちは、貸した金が返って来ないと困る。

 これをどうにかしてくれないなら、朝廷に協力なんてしたくない。

 劉亮はこの二つの問題を片付ける秘策を、董卓時代に既に温めていたのだ。


 まず、青州の全債務者の借金を公式に消滅させる布告を行う。

 農民たちは驚き、喜んだ。

 そして、その証文を全て州で買い取る。

 借金を州政府が肩代わりするなら、と債権者たちも「徳政令」を受け入れた。

 だが彼等は、銭の代わりに「兌換券」と刻印された紙を渡される。

 思いっ切り文句を言う債権者だが、その紙幣と新たに鋳造した金貨との交換を成立させ、金貨と額面通りの銅銭の交換を行ってみせると、紙幣や金貨の便利さに気づく。

 甕に入れて大量に保管せずとも、少ない量で富を維持出来る。

 銭一億銭を持ち歩くのは大変だが、当一万銭の金貨一万枚なら箱の一つか二つで済む。

 それ以上に「金貨千枚と交換可能」と刻印された紙幣十枚なら、もっと手軽だ。

 問題は質である。

 烏桓や鮮卑、更に袁紹経由で匈奴とも交易を可能とした劉亮は、屯田によって得られた食糧を売って、彼等から砂金を買い求めた。

 半分董卓を見習って、敵対勢力が持つ金の美術品なんかも奪う。

 こうして集めた黄金と、存在するだけで迷惑な鐚銭・董卓五銖銭を鋳潰して、新たに金貨とした。

 この為に、曹操との縁を使い、造幣に関わる官吏を派遣して貰ったのだ。

 曹操は、貨幣価値を喪失した社会においては物々交換で、まずは混乱を抑えようとしている。

 だから、現時点で造幣系の官吏や職人は手持ち無沙汰であった。

 それ故、彼等に仕事を与えられるなら、と劉亮の求めに応じる。

 曹操は劉亮の政治に興味が有った為、

「さて、どうやってこの混乱を収めるかな?」

 と彼を観察してもいた。

 そういう曹操の思惑もあり、青州での金貨鋳造は実に上手く進行する。


「それにしても、楕円形の大型の金貨とは、州牧閣下は意外に意匠も上手いようだ」

 陳羣が褒め、

「まあ人を描かせれば壊滅的に下手くそだが」

 と劉徳然がツッコミを入れる。

 劉亮の中の人は

(前世日本の小判を参考にしたものだから、褒められてもこそばゆいな)

 と相変わらずな感じである。


 大型通貨の金貨と、兌換券は共通の偽造防止策を使っている。

 大型故に、平たく言えばサインのようなものを刻印出来る。

 そのサインは

「余りに下手くそ過ぎて、誰も模倣出来ない自分の字を利用するとは……」

 と褒められてるのか、馬鹿にされているのか分からない劉亮の字であった。

 この刻印を原版に彫るよう言われた職人は、完成後に過労で倒れたと言う。

 金貨は、原版から幾らでも発行可能だ。

 黄金そのものに価値があるが、柔らかいから貨幣に出来なかっただけで、いざ銅との合金として貨幣に出来たなら、造れば造った分富が増えていく。

 しかし兌換券は違う。

 貴金属というように、大量鋳造と言っても量に限度がある金貨と違い、紙で作るのだから、刷り過ぎればインフレを起こしてしまう。

 紙自体、まだこの時代は貴重なものではあるが、それでもだ。

 だから劉亮は、紙幣としての使用は許可するも、発行枚数は管理していて、半券に相当するものを州庁舎に保管していた。

 贋物を作っても、発行番号毎に違う割り印のようなものが合わなければ、金貨や銅銭への交換を不可とする上に、贋札を作った者は厳罰に処される。

 この割り印部分も、余人には模倣困難な劉亮の毛筆書体が使われている。


 これら通貨は「青州に限って通用、他州持ち出し禁止」としていた。

 袁紹にも曹操にも、更には呂布にも持ち出した者が居たら捕縛の依頼をしている。

 高額通貨政策は、青州では成功した。

 高額通貨の便利さを知った債権者たちは、銅銭と交換してそれらを貯め込んでいく。

 こうして、かつて董卓五銖銭との交換を拒み、地中に隠されたりした良質の五銖銭が、再び市場に出回るようになった。


 さて、何故青州では成功したのか。

 それは劉亮が張世平や蘇双、その仲間の商人たち、更には劉平といった裏社会の者たちに頼み込んだからである。

「後でちゃんと返しますから、銭を貸して下さい。

 一回ちゃんと交換出来る事を示さないと、誰も信用してくれません。

 どうせ大量の銭と交換する兌換券について、実際に使えるか試してくるでしょうから、それを上回る量を確保しておかないと。

 一回経済が動き始めればこっちのものです。

 どうか、どうか銭を貸して下さい」


 詐欺師のような言いようだと思いながら、旗上げ以来のスポンサーたちに頼ってどうにかしたのであった。

 なお劉平に対しては、私兵である烏桓騎兵で包囲した上で

「いつぞや我々を死地に追いやる推挙をした件、兄に暗殺者を差し向けた件、闇社会を見逃している件の借りを返して貰うが良いよね?

 答えは聞いてない」

 と脅しつけて協力させている。


 こういう事情を知った曹操は、許都に来ている劉備を酒に誘い

劉亮あいつ、結構な悪人、詐欺師だと思わんか?」

 と独特な表現で誉めていた。

 噂された劉亮が青州でクシャミをしたかは、定かでない。

おまけ:

陳羣「勝手に貨幣を造るのは国家の根幹を揺るがす大犯罪なのでは?」

劉亮「全国で通用する貨幣ならそうだけど、地域ローカル通貨、銭との引き換え券だからギリギリ没問題セーフ

陳羣「そう簡単に片付けられますかね?

 許都の方で問題にされませんか?」

劉亮「そこは劉備あにを送った際、曹操には話を通したから」

陳羣「あー……だから嫌がる殿を強引に差し出したんですね。

 州牧殿も結構悪どい事しますねえ」


劉亮の本領は、貨幣を造らせる事より、裏で交渉して問題無く事を進められる下準備をする方であった。

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― 新着の感想 ―
「人間万事劉亮が悪筆」とか言われちゃう。 意味はそのまま。
[一言] これは、もし私が周辺の独立勢力なら劉亮=サンと経済同盟結びたくなりますね。なにせ金製品と各種五銖銭を劉亮=サンに渡して兌換券に交換すればかなり楽に色々な事が出来ますし、何より上手くいけば拠点…
[一言] 荻原重秀vs新井白石みたいな事にならないか心配っすね。
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