青州へ
董卓は死んだ。
漢の各地は動揺している。
反董卓で正義を掲げていた勢力は、既に董卓の離間工作もあってガタガタになっていたのだが、ここに来て共通の敵を失った事が加わり野心が露骨に出始めた。
「さて、兄者の元に帰ろうか」
劉亮は白凰姫や楼煩たち仲間に語った。
彼等は本来強い者を崇拝する民族である。
劉亮は騎乗も下手だし、弓の腕も無い、角力をさせても弱いのだが、天下の大物を相手に活躍して来た。
そう見ている楼煩たちは、物理的な強さこそ無いものの、「強い」存在として劉亮を崇拝し、忠誠を誓うようになっていた。
それもあり、反董卓連合軍と戦った時は援軍含めて三千騎であった劉亮の部下たちは、白狼山を去る時には一万騎に膨れ上がっていた。
もっとも兵力としては微増で、あとは家族込みでの参入という事になる。
配下一万は烏桓にあっては大所帯である。
劉亮は蹋頓に「大人」に任じられた事もあり、烏桓族からは「劉大人」と呼ばれたりするようになる。
(大人って呼ばれると、俺も頭を剃って、ラーメン丼の入れ墨でも入れて
「董卓仲穎、死亡確認!」
って宣言でもした方が良いのかな?
あ、でも奴の死亡確認は生存フラグだったわ)
と、命の危機を脱した事で余計な考えをする劉亮の中の人。
繰り返しになるが、劉亮の中の人は某少年漫画誌全盛期に子供時代を過ごしたオッサンである。
命の危機を完全に脱したのは、袁隗たち脱出した袁氏もであった。
「我々は本初(袁紹)の世話になろうと思う。
聞けば公路(袁術)は荊州の南陽に居るとか。
そこまで行く気にはなれん。
折角北の地を離れられるのに、長江の近くの南まで行くのは体に堪える……」
袁隗が劉亮にこれからの事を話した。
袁隗には、劉亮が董卓に加担していなかった事を証言して貰う。
それは政治的な配慮であり、劉亮個人は董卓を嫌っていないし、相変わらず董卓から貰った羌族の刀を吊っているのだが。
個人的な好き嫌いは置いて、次の段階に身を投じないとならない。
「貴方たちをお助け出来たのは我が身の光栄です。
袁紹殿にもよろしくお伝え下さい」
別れ際に劉亮はそう伝えたのであった。
青州にて。
久々に兄の顔を見ようと思ったが、居ない。
「おお、叔朗!
よくぞ生きて帰って来た!
董卓に七度も投獄されながら、それでも正論を吐き続けたと聞いた。
失礼だが、俺はお前がそんな気骨ある男とは思っていなかった。
俺はお前を尊敬するよ!」
そう言って劉徳然が手を握って来る。
(は?
話が膨らんでないか?
俺が投獄されたのは一回だけで、それも曹操が余計な事をしての連座なんだが。
意見を言って自宅軟禁になった事はあるが、それ含めても二回だけだぞ)
中国人は「白髪三千丈」の例えもあるように、話をデカくする習性を持った連中であった。
「で、兄者……じゃなくて州牧様はどちらに?」
「玄徳……じゃなくて州牧殿は、どっかで畑仕事をしていらっしゃる。
俺や田豫殿に仕事を放り投げて、とても民思いの州牧殿で御座いますよ」
劉徳然の口調には、相当に毒が込められていた。
劉亮は苦笑いし、
(平時のポンコツ、劉備らしいよな)
そう思いつつその場を去って劉備を探す事にする。
「ちょっと待った。
太史慈殿は居るか?」
(は?)
意外な名前に驚く劉亮の元に、美鬚美髯の壮士がやって来る。
「劉義(徳然)殿、お呼びですか?」
「紹介しておく。
我が従兄弟で、州牧殿の弟御、劉亮殿だ。
こちら太史慈殿。
武勇に優れた人物で、我等と共に州牧殿に仕えて貰っている」
「おお、貴殿があの劉亮殿ですか!
七度董卓を怒らせ、投獄されても屈しなかったという、あの!」
「あははは……」
最早乾いた笑いしか出て来ない。
自主的に護衛兼案内役になってくれた太史慈から、この二年間の劉備の話を聞いてみた。
劉備は、青州の難民を屯田兵として受け入れ続けた、際限なく……。
それで処理し切れない人数を幽州に送り、幽州では田豫がそれらを上手く田畑に配分した為、劉備は十万と号する強力な兵力を養う軍閥に成長する。
その劉備を味方につける為、董卓は県令だった劉備を、一足飛びで青州牧にした。
ここまでは知っている話。
さて、青州やその周辺には、まだまだ黄巾の乱前後から増えた難民・野盗が溢れている。
その一派が、青州北海国を襲撃した。
北海国相の孔融は劉備に援軍を求める。
孔子の直系子孫という名士中の名士な孔融だが、彼は劉備とは逆で「乱世のポンコツ」であり、戦いには向いていない。
劉備は援軍を送ると共に、自分のやり方を孔融に伝え、彼の兵力も増やすように助言した。
孔融は武力を用いるだけでなく、賊徒を良民に戻す、徳がある劉備のやり方に感銘を受けた。
儒学の総本山の血脈である孔融は、武でなく徳で収めたいと思っていたから、正に渡りに船だった。
この孔融の元に、かつて彼に恩を受けた太史慈が援軍で駆け付ける。
劉備と太史慈は協力して反乱軍を破る。
劉備は孔融と共に、農地を失ったから反乱に加担した農民たちに、新しい農地を与えると伝えて戸籍に組み込み始めた。
このやり方に感動した太史慈が、孔融に仕えたいと申し出たのだが
「教えてくれたのは青州牧の劉備殿である。
貴殿は劉備殿に仕えて欲しい」
そう言われて劉備陣営に参加する事になったのだという。
太史慈が劉備を大物と認め、忠誠を誓ったのは更に別の事件に依る。
劉備が青州牧になった事に、劉平という男が嫉妬した。
劉平とは、張純の乱において当時の青州刺史に
「劉備殿なら戦力になりますぞ」
と余計な進言をしやがったあの男である。
(あれが無ければ、史実では幽州劉氏が壊滅しなかったかもしれない。
まあこっちの世界では、俺が十代の時から打っていた布石でどうにかなったが。
いつか痛い目に遭わせてやりたい奴ではあるが……)
劉亮はそう考えているが、劉備はその辺鷹揚というか、大器であるというか……。
劉平は表の世界よりも、裏社会に通じる男である。
中山靖王の末裔なんて言っているのも、もしかしたら騙りかもしれない。
こき使うつもり、使い捨ての道具な筈の劉備が、あれよあれよという間に州牧なんて立場に上ってしまった。
これに嫉妬しただけでなく、平原国の縄張りを侵される事を恐れた劉平は、刺客を送って劉備を暗殺しようとした。
しかし劉備は、その刺客をもてなす。
刺客は殺すのが忍びなくなり、自らの任務を劉備に告げて帰ってしまった。
劉平の殺意を知った劉備だが、手配して捕縛すべきだと言う周囲を宥めて
「俺に劉平殿をどうこうしようって気は無いって知らせてやろう。
それと、もし表に出たいのなら推挙してやるよ、ってね。
表に出る気が無く、裏社会で勢力を維持するなら、何も俺を妬む事も無いだろう。
だから協力関係を築きたい、一緒に酒でも飲もうってさ」
こう言われた劉平も毒気を抜かれる。
流石に酒宴への招待は断ったが、手紙を送って
『もう貴方を妬む事はしない。
裏から貴方を支える事で、罪滅ぼしとしたい』
と言って来たのである。
(この辺は流石『乱世の劉備』だなあ)
と感心する劉亮の中の人。
しかし、乱世の劉備はここまで。
青州は、北の幽州の公孫瓚、劉虞、南の徐州の陶謙との関係が良い。
反董卓連合軍に参加した冀州の韓馥・袁紹と、董卓によって青州牧に任命された劉備との間に、若干の緊張はあったが、劉備が冀州を攻撃する気無し、袁紹にしても敢えて後背に敵を作る必要も無く、ここでも戦いは発生しない。
となると、劉備は暇になってしまう。
行政能力が低い劉備だから、下級官吏ならば職を放り出して逃げ出すのだが、今は官吏を使う立場となっている。
青州では劉徳然が、幽州では田豫が自陣営の纏め役をしてくれるし、兵の調練は関羽・張飛・太史慈がやってくれる。
そして劉備は、幽州の破落戸時代に戻ってしまった。
州牧でありながら、市場に出ては物売りの手伝いをしたり、畑に出て農作業を手伝うついでに、何かを貰って来て手作りで筵とか草鞋や何か変な物を作る。
こうしてフラフラ民の中に入ってしまう州牧に、皆は最初呆れていたが、
「あれも劉青州殿の大徳ってやつだ」
と言って美点にしてしまった。
「いや、あれを大徳とか大器とか言うな!
単に怠けているだけだから!」
という劉徳然の意見に全面的に賛成な弟・劉亮なのだが、折角の評判を敢えて下げる必要も無い。
この辺り、劉亮は自分も妙な評判にウンザリしている事を棚の上に置き去っていた。
やれやれと思いながら、劉備が居る畑にたどり着いた。
「あれ?
叔朗兄じゃないか!
おーい、兄貴!
ここだよ」
(見えてるっつーの)
劉備の個人的な護衛・劉展が手を振る。
この頭脳的には残念な従兄弟は、劉備のやる事為す事全肯定だから、こうして畑仕事の手伝いにも加わっていた。
「叔朗か!
よく戻った!
太史慈殿もここまで弟を案内してくれて礼を申す。
忙しかったであろうに」
「いえ、天下の名士・劉亮殿と同道出来て光栄に思っております」
(天下の名士って何だよ……)
「聞いたぞ。
董卓に喧嘩売りまくったってな。
七回も投獄されても、脱獄しては喧嘩を売り、脱獄しては喧嘩を売り、死刑宣告される事数度、それでも生き残った男。
なんでも脱獄して、腹が減ったら敢えて捕まり、食事をしたらまた脱獄したとか」
「それ、どこの最強生物?
違うから!
話を盛らないでくれ!」
この兄弟、お互い周囲が必要以上に持ち上げている部分が共通していた。
劉亮の場合、自覚が無いのと、恥ずかしいから止めてくれと思うから否定をしていた。
しかし劉備は、そんな評判も受け入れて泰然としている。
こういう部分、劉亮は兄には絶対に敵わないと思っていた。
まあ、それはそれとして……
「州牧ともあろう人が、役所で仕事をしないとは何事ですか!
いえ、自分だから良いんですけどね。
でも、私は今日到着するって先触れをしていましたよね!
どうして待っていてくれなかったんですか?
自分の事だから、大事にしなくても良いですよ。
でも聞きたい、使者からは何も聞いていなかったんですか?」
「いやあ、お前だからいいと思って。
実際、特に問題無いだろ」
「徳然殿が困ってました!」
「それもいつもの事だ」
「いつもの事だって、それに甘えないで下さい」
兄弟喧嘩を生温く見守る劉展と太史慈。
平時のポンコツ劉備が、ポンコツでいられるのは幸せな事であろう。
そろそろ漢の兵乱は、黄巾・反董卓に次ぐ第三段階に突入しようとしていた。
皆さま、明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。




