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転生したら劉備の弟だった  作者: ほうこうおんち
第一章:三国志前夜
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儒学と財政

 曹操の父・曹嵩は莫大な金持ちである。

 曹嵩は一億銭で太尉(国防大臣に相当)を買ったとされる。

 しかしこれは少々事情が違う。

 銭の亡者である霊帝と、その取り巻きの宦官・十常侍たちは人の都合を顧みずに、勝手に官職に任命を行うのだ。

 そして「任命されたのだから、礼金を出せ」と言う。

 人を見てはいたようで、安く要求される者もいた。

 例えば司馬直という人物は三百万銭で官職を押し売りされたが、払えないと拒絶。

 それでも無理矢理赴任を強要された為

「その役に就いて民を搾取する訳にはいかない。

 しかし断れば罪が三族に及ぶ。

 私が居なくなれば良い」

 と言って高みから身を投げて死んでしまった。

 そういう清廉な士に比べれば、大宦官・曹騰の資産を継いだ曹嵩には遠慮なく一億銭を要求出来たのだ。


 現在の皇帝、後に霊帝と諡号おくりなされる人物は、劉宏という個人で見ると貧しい貴族上がりの、銭を自由に使えなかった反動が来ている人間であった。

 まあそれでも、幽州劉氏の劉備・劉亮の家より貧しいって事も考えられないが。

 それが彼の守銭奴、強欲、売官政治の根幹であるとされる。

 宦官たちは、その劉宏という「個人」の欲望を叶えてやっているに過ぎない。

 決して「皇帝」という公的立場の求めるものではない。

 個人の求めるものである。


 だがここで難しい問題に突き当たる。

「国家」という語句は、国という大きな枠と、家という個人の居場所を合わせて成り立つ。

 この場合の「家」は劉家の事であり、劉宏という私人と、霊帝という公人は分けて考えにくい。

 劉宏の希望はそのまま皇帝の希望というものになる。

 儒者たちはそのジレンマを無理矢理押し殺し、劉宏という個人については黙殺している。

 そして皇帝という存在に、自らの理想を投影して、君側の奸さえ除けば政治は正常化すると思い込んでいるのだ。

 そう「思い込む」だけ。

 現実を見ていない。


「そういう意味で、君が言った宦官を排しても何も変わらないというのは正論だ」

 曹操は劉亮が語った、聞く人が聞けば罪に問われる発言を引き合いに出す。

 劉亮のこの言は

『所詮は馬鹿殿、暗君なんだから、下を変えたって上が馬鹿のままならどうにもならん』

 と言っているものなのだ。

 前世が21世紀日本の企業人である劉亮には

(経営者の戦略一つで、ガラッと変わる事がある。

 無能な経営者を戴いたままで倒産した企業は数え切れない)

 という意識があったからだが、曹操に指摘されると確かに冷や汗ものの発言だった。

 その曹操は、自分だって訴えられたら危険な発言を繰り返す。

 まあ、ギリギリの部分で不敬にはならないよう気を遣ってはいるが。

「天子が誰であれ、司徒が誰であれ、決められた事以上の行為が出来なければ良い。

 宦官に大きな権限を与えたのが問題。

 しかし、宦官に大きな権限を与えた存在は天子。

 だから、天子にそのような権限を持たせなければ良い。

 そのような権限を持つ者は他の職とし、その職の者を監視する仕組みがあれば良い。

 その規範を定めるものこそ『法』であろう」


 曹操はどちらかというと「法家」の考え方をする。

 さらに道教というか、無為自然の老荘思想にも精通している。

 だから儒家が嫌いかというと、そうでもない。

 曹操は続ける。

「天子を臣民が尊敬するのは良い事だ。

 敬う気持ちが大事というのは、天下の基本だから儒家は間違っていない。

 天下から他者への敬意が消えれば、乱世となり収拾がつかん。

 まあ、それはそれで面白そうであるが」

 ボソリと最後に危険な事を付け加える。

「その敬う気持ちを形式にして、天子のやる事為す事について思考停止する、それが儒一尊の禍である。

 儒を修めずば官吏になれん。

 だから全ての者は、形式的な儒に囚われ、君側の奸を廃すと叫ぶが、君主の責を問わない。

 だったらいっそ、君主には責任が一切及ばないようにすれば良い。

 君主とはそこに存在するだけ、人が敬うだけで良く、余計な事はさせない」

(驚いた。

 これは「君臨すれども統治せず」や「象徴君主制」の考え方ではないか)


 劉亮は呆気に取られている。

 確かに皇帝がそこに居るだけで、何の権限も無い、人々の尊崇を集めるだけの存在であれば、政治の責任を負わずとも良くなる。

 そして宰相や大臣も行動に規制が入れば、そうそう暴政も行われない。

 だが……

(この男はそれで本当に満足なのだろうか?)

 後に漢を簒奪する基礎を作ったと言われる曹操。

 曹家は「皇帝」になるのだが、この考えでは自分たちにも影響が出るだろう。

 劉亮はこの化け物を計りかねている。

 そんな感情に気づいてか、気づかずか、曹操は話を変える。


「まあ、そんなこんなで朝廷は大量の銭を得た。

 朝廷(政府)が豊かなのは良い事ではある。

 その次を考えよう。

 得た銭は使わねばただの銅塊だ。

 だが儒学は質素を美徳とし、浪費を卑しいものとする。

 そこから富を運用する事すら卑しいとし、考える事すらしない。

 だから儒をもって国を治める者に、上手く銭を扱える者はいない。

 これも問題なのだ。

 天子と名乗る人物が、貯めた富を浪費したいならそれで構わない。

 しかし、ただそれを宮中内でのみ使い続け、一部の商人を肥えさせるだけでは天下の為にならん。

 持つ者から税として銭を集めたら、盛大に貧民にばら撒くくらいで丁度良い。

 どうせその者は、また商人たちの扱う品を買って銭を使い、商人はまた銭を貯める。

 そこから税として集まった銭を、また天下の為に盛大に使えば良い。

 その繰り返しで天下は回るのだが、儒はそういう考えそのものを卑しいとする」

(「富の再分配」に「ケインズ政策」!!

 理論化こそしていないが、そんな事を考えているのか?)


 現在、霊帝は売官によって大金を得ていた。

 売官で地方官吏の職を得た者は、出費した分を回収すべく苛斂誅求をする。

 こうして貧民から税として富を巻き上げ、それが宮中に貯まり続ける。

 それを霊帝は、後宮の中で屋台を作り、自らも商人の衣装を着て市場の真似事をしていた。

 そうして使われた金は、一部の宮中出入りの商人の懐や、十常侍たちの懐に収まる。

「貯まった銭を使いたいのだろう。

 だったらもっと大きく使い、もっと大きな富を得るようにすれば良い。

 だが、それを知る者は『孝廉』どころか『茂才』で推挙される者にもいない。

 どうだ?

 儒一尊には弊害が有るとは思わないか?」

 曹操はニヤニヤしながら劉亮を見る。

 劉亮は冷や汗が止まらない。

 彼がまだ、21世紀の日本人だった時に会った事がある、アクの強い経営者や、剛腕で有能だが危険な香りがする独裁者、それらと同じ圧を曹操からは感じていた。


「だが俺がこういう事をどうこうしようと思っても、まだ色々と足りぬ。

 俺はまだ二十二歳の若造。

 この洛陽の北部尉に過ぎん。

 もっと上の立場にならんと、空論を吠える儒者どもと同じにしかならん。

 劉叔朗、君は何歳だ?」

「十五歳です」

(中の人はもう四十九歳だったけどね)

 こちらの世界に転生してあとちょっとで一年。

 中身はかなりのオッサンなのだが、それでも二十二歳の曹操にタジタジになっている。

 この辺、凡人と天才の差だろうか。

 だが曹操は、目の前の少年の中の人の事なんて知らない。

「十五歳で俺とこういう話が出来るって、大したものだ。

 俺が認めてやる」

 そう褒める。

 そして

「で、その十五歳の君は、天子を見た事があるか?」

 そう問うて来た。

「いえ、ありません」

「そうだろうな」

 曹操は頷く。

「実際に天子を見てから物を言った方が良いぞ。

 他人の評だけであれこれ語るのも儒の悪い癖だ。

 少年だから俺も話に付き合ったが、もしも良い年をした男であるなら、俺はこう言った。

 実物を見てから物を言え!

 その上で貴殿は何が出来る?

 ただ愚痴を零すだけで、天下が変わると思っているのか?

 とな」

 笑う曹操だが、劉亮は恥じ入るばかりだ。

(確かにそうだ。

 この肉体は十五歳の少年に過ぎないが、中の日本人・金刀卯(かねとう)二郎という男は、もう老人に片足突っ込んでいるんだぞ。

 それなのに、こんな地に足が着かない話をペラペラするなんて……)

 まあ劉亮は元々、見物気分で曹操に会いに来たのだ。

 こんな突っ込んだ話をする予定は無かったのだ。

 なんか、曹操と話している内に、語らされてしまった。

 だが、曹操の方は劉亮少年に興味津々となっている。

 曹操にしたら、自分より七歳も年下で、しかも儒に凝り固まった者とは出来ない突っ込んだ会話が出来た事が楽しかったようだ。

「劉叔朗、今日話した事は、お互いの胸の内に納めておこうな」

「はい」

「そして、時が来たら君を招きたい」

「は?」

「俺をこういう話が出来ると見込んだその慧眼といい、世の大半の近くしか見えない者や、儒によって思考停止した者よりもずっと物事をよく知っていている事といい、実に面白い」

「はあ……」

「俺はいずれ、もっと上の立場になる。

 その時、俺に仕えろ!」

(曹操は人材収集が大好きだ。

 それは知っている。

 だけど、まさか俺かよぉぉぉ!)

 まさか自分が、世に出る前の曹操からいきなりスカウトされるなんて思ってもいなかった。

 普通に考えれば光栄な事かもしれない。

 だが、劉亮の中の人の推しは劉備である。

「嬉しい申し出ですが、俺は兄の下で働きたいと思っています」

「じゃあ、その兄ごと俺に仕えろ」

 グイグイ来る曹操。

 思わずたじろぐが、顔を引くと曹操は笑った。

「今すぐではない。

 そう構える事はない。

 俺だって明日は、凶悪な賊の手に掛かって死ぬかもしれん。

 まあその時が来たらと、心の内に仕舞っておいてくれ」

 そして

「で、君の兄とはどんな人物だ?」

 そう尋ねる。

(本当に、想像以上に人材収集に貪欲だなあ)

 劉亮は内心そう思いながら

「兄は見栄っ張りで、学を好まず、遊侠の徒に混ざり遊ぶような者です。

 しかし、何故か放ってはおけません」

 そう回答した。

 曹操は

「ふむ、劉氏だけに、高祖(劉邦)を気取ってるのかな。

 気取っているだけの愚物か、本物かは会ってみないと分からんな。

 まあ良い。

 俺が今、興味を持ったのは君なんだからな」

(うう……、なんかのフラグを立ててしまったか?)

「まあ、お互い生きて再会したら、俺に仕える事も考えておいてくれ」


 曹操は「楽しかった」と言い残し、仕事に戻っていった。

 実際には北部尉の仕事は終わっているのだが、書庫に入って先例を調べ、竹簡を繋ぎ直すとかするそうだ。

 それは仕事ではなく、実は曹操の趣味でやってる事だったりする。

 そんな曹操の元を辞した劉亮はどっと疲れを感じていた。

 確かに話していて刺激になる。

 しかし、何と言うか覇気が強過ぎるのだ。

「ああ、なんか無性に劉備と会いたくなった」

 と思わずひとり言を漏らしていた。

 曹操という強力な個性の、毒気のようなものに当てられた後は、何故か普段は手を焼くばかりの劉備の傍に行きたくなったのだ。

 これが劉備の持つ力の一つであると、劉亮はまだ気づいていない。

おまけ:

前に作者が書いた「魏蜀通貨戦争」とも共通しますが、経済活動を分かっていない人が多いのが、中華史で時々混乱起こす原因と、作者は考えています。

というわけで、ネタバラシではありますが霊帝もこのままの評でいく気はありません。

この時点では、色んな人から聞こえて来る霊帝評で書いていますが。

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― 新着の感想 ―
[一言] 国家のシステムのダメさに気候変動がとどめをさした、みたいな話も面白そうです。 https://core.ac.uk/download/pdf/12531519.pdf
[一言] 年末この作品に出会い読み始めさせていただいてます。 三国志を描く作品は最近、劉備をどう見るかで両極端なものが多いのでこの作品の劉備が主人公の存在でどうなっていくのか楽しみです。
[一言] 『論語読みの論語知らず』とはよく言ったものだ。弁舌はもっともだが 内実が伴わない 面従腹背の我よしの人間が実に多いこと。 ただ、そうでもして制度化しないと国をまとめられないのは秦の始皇帝が法…
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