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転生したら劉備の弟だった  作者: ほうこうおんち
第四章:董卓時代の劉亮
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再度の捕縛

「ただ今戻りました」

 洛陽の劉亮の元に、妻の白凰姫が戻って来た。

 女ながらに凱旋将軍であり、僅か三千の兵で数万の敵軍をおちょくり、蹴散らして来た事は偉業である。

 しかし、ここにも劉亮の計算が働いていた。

 女性軽視の儒学社会において、異民族の女性が立てた功績なんか記録されない。

 つまり、劉備の弟の妻が、董卓陣営で反董卓連合軍に多大な被害を与えた事なんて、歴史に残らないのだ。

 後続の徐栄の功績として集約されるだろう。


 それはさておき。

 帰って来た白凰姫を抱きしめると、劉亮はその後の経緯を尋ねる。

 袁隗たち助けられた袁一族は、楼煩に連れられて烏桓の地に亡命した。

 劉亮は自分の舅の丘力居に援軍を求めると共に、袁氏の受け入れを頼んでいたのである。

 董卓軍の目は南を向いている。

 荊州なり豫州なり、南方の州を目指して洛陽を脱した者は、悉く捕縛されて殺された。

 だが、北方は手薄である。

 そちらに逃げたって悲惨な運命が待っているから、逃げるに任せているのだろう。

 だが、遊牧民たちに伝手があれば話は違う。

 袁氏たちは無事、烏桓族に保護されたのだった。

……まあ、烏桓の地に着くまでに、子供が三人、大人が一人死ぬ過酷な旅だった事に変わりはないが。


 ただし、丘力居も無条件で受け入れたりはしない。

「男だけだ。

 男ならこの乱世でも使えるだろう。

 女を連れて来ても、馬にも乗れないのなら足手まといだから、来ても殺す」

 そういう返答だった為、残念だが袁氏の妻女たちは見殺しにせざるを得なかった。

 劉亮とて洛陽の袁一族郎党全員を助けられるとは思っておらず、ここは見捨てる事にしたのだ。


「しかし貴方様。

 どうせなら洛陽を出陣した時に、ご自身も一緒に出られれば良かったのではないですか?」

 白凰姫は敢えて洛陽に残った劉亮の真意が分からない。

 いくら体が萎えていたとはいえ、自分たちが一緒なら董卓の追撃からも逃げられた。

「それだと袁氏を犠牲にしてしまう。

 追撃された時、足手纏いになる檻車内の彼等を見殺しにしたら、兄の名に傷がつく。

 それに……」

「それに?」

「ダメ元で、董卓に進言したい事もある。

 その機会の為にも、まだ残っていたい」


 劉亮の内心は、自分でもよく分からない状態になっている。

『歴史を変えるな!』

『いや、既に歴史は変わっている』

『変えるにしても、自分が生き残る為の選択の結果なら仕方が無い』

『いや、お前は既に自分の興味で歴史を弄ろうとしている』

『せめて、未来知識を振りかざして、世界史を大きく変える真似はやめよう』

『思い上がるな、お前如きが何かしても、それで大きく変わるような歴史じゃない』

 こんな感じでせめぎ合っている。


 出来れば彼は、歴史の舞台に立つ役者ではなく、臨場感のある傍観者で居たかった。

 しかし実際に彼は転生して、劉備の弟という歴史に名を残せる状態にあり、しかも転生前の各種記憶は維持出来ているアドバンテージを有していた。

 歴史を改変して思うような姿に導く事が、出来なくもない。

 もっとも、それをするには大変な労力と、強烈な反発を跳ね返す力が必要となろう。

 前世で彼は、一人では何も出来ない事をよく知っている。

 共同で仕事をして、現地に協力者を作り、現地人や有力者や政治家の理解を得て、皆が何らかの利益を得られる形にしてもなお、反対する者が出るのである。

 身内にすら足を引っ張る者がいたりする。

 それを考えると、いくら未来知識(いや、もしかしたら一巡する世界だから、単なる前回の世界の知識かもしれない)という武器があっても、たった一人では何も出来ない。

 せめて兄がいて、従兄弟たちもいるなら、それでも地方の一郡を変えられるのが関の山ではないか。

 だから死ぬ筈だった自分が生き残る、それで歴史を大きく変えない、それで良いだろう。


 だが彼の中で燻っているのが

「失敗だと分かっているのに、黙って見過ごして良いのか?」

 と社畜根性にも似た変な責任感であった。

 その失敗ありきで進むこの先の歴史だ、それは分かっている。

 だがどうにも手直ししたくて仕方が無い。

 以前の引継ぎ資料作成でもそうだが、彼には「手を抜いたら、それが自分に跳ね返って来て、決して逃げ出せない」という強迫観念にも似たものがあり、直さずにいると気になって仕方が無くなる。

 だから、やっちゃいけないのでは、と思いつつもどうしても董卓の「とある失政」を食い止めようと思っていたのである。

 身の危険があるのは分かる。

 妻が言ったように、逃げるのが得策なのも分かる。

 だが、このモヤモヤした感情をどうにかしたかったのだ。


 この頃から劉亮に接近して来る者が居た。

 荀攸、字は公達、潁川荀氏の俊英でかつては何進に仕えていた。

 名士である潁川荀氏は、董卓治世においてまだ表立って反抗をしていない為、引き続き朝廷に残っている。

 そんな荀氏からの接近は光栄と言えたが、

(荀攸は確か、董卓暗殺を企てて捕縛される筈だ)

 と思い出し、劉亮は一定の距離を置いた付き合いをする。

 なにせ、傍目から仲良く見えたせいで、曹操が董卓暗殺に失敗した後に酷い目に遭ったのだ。

 人付き合いは慎重にすべきであろう。

 だがその態度が、荀攸には「深く物を考えている、野心を心に抱えているが表に出さない」と高評価されていたのだが、それが役に立つのは後の話である。




 数ヶ月後、後漢は長安に遷都する。

 先行して皇帝が移動していた。

 董卓軍は、胡軫・呂布・華雄が梁県の陽人で孫堅と戦い、敗北する。

 この結果を受けて董卓は洛陽を焼き払い、長安に撤退した。

 それに先立ち、前皇帝の弘農王劉弁を董卓は毒殺する。


 董卓の頭脳は余り変わっていない。

 考える部分も、部下の意見を容れる部分も、正誤込みで果断する部分も以前のままだ。

 しかし、精神状態は相当に悪化していた。

 彼は彼なりの改革方針をもって政治を行っていた。

 だがそうやって登用した地方の太守や州牧たちは、揃って彼を裏切る。

 宦官政治にウンザリした中、復権させた士大夫たちも自分に従わない。

 袁氏のような名士だって敵対している。

 こうして疑心暗鬼に陥った董卓は、名士とかよりも身内優遇を始める。

 身内しか信用出来なくなって来たからだ。


 董卓の精神状態の悪化は、体形にも現れて来た。

 昨年、政権を奪った頃の董卓は、バ〇ル2世のヨ〇のような痩せぎすとまでは言わないまでも、引き締まって精悍な感じであった。

 劉亮が曹操の策謀に巻き込まれて投獄され、その後釈放されて暫くぶりに見た董卓は、大分頬や顎に肉が付き、体も一回り大きくなったように見えた。

 その後、長安に遷都して「相国」から「太師」と自分の役職名を改めた辺りから、目に見えてでっぷりとしている。

 太師とは漢よりもかなり前、周王朝の官職名である。

 天子を助け導き国政に参与する職とされる。

 董卓は前漢回帰という方針で政治をしていたが、度重なる裏切りに失望し、前漢よりも周に戻ろうとしているのかもしれない。

 前漢も遷都前の周も、同じ関中に拠点を置いた国である。

 周は理想国家とされ、そこへの回帰を考えたのは既に前例がある。

 それは前漢と後漢の間にあって、周代回帰を目指した王莽という男なのだが。


 董卓は方針を見失っていた。

 自分が良いと考えた政治に、自分が見込んだ者たちが着いて来なかった。

 これまでの政治ではダメな事は分かっている。

 さりとて新しい政治の姿が見えて来ない。

 董卓は威厳を示す為に、ただただ尊大なだけの振る舞いをするようになる。

 それは北方民族を従える為の、軍人的な威厳ではない。

 己に従えという意思を示すだけの、筋の通らない威張り様。

 どちらかというと、厚底の靴と高い冠をつけて身長を高く見せ、白髪白髭を染めた上で若い花嫁を娶って若く見せ、遼東に在る異民族国家・高句麗を「下句麗」と蔑んで見せた王莽の在り方に近い。


 そしてついに、妙な責任感を持っている劉亮が口出しをせざるを得ない失政が行われる。

 通貨改鋳命令である。

 現在の通貨・五銖銭はどうにも不足しているようだ。

 そこで董卓は、現在流通している五銖銭を全て集め、新しい銅銭を大量に発行しようと考えたのである。

 五億枚の五銖銭を二十億枚の新通貨にすれば、経済が四倍になるという考え。

 劉亮はこういう過ちを犯す事を、仕方が無い事だと思っていた。

 何せ、彼の前世の西暦二千年代でも同じような失敗をした国が在ったのだ。

 日本でさえ「紙幣を刷れば良いだろ」と短絡的な思考をする者も結構存在する。

 分かっている失敗を見過ごす事は、どうにも気持ちが悪い。

 劉亮は董卓に面会を申し込み、この事を指摘した。


 彼の前世で見た、アフリカ大陸のとある国。

 物がろくに無いのに、通貨量を増やしまくった結果、通貨の信用は失われ、物々交換の方が信用されるようになった事。

 通貨というのは所詮は物を交換する際の引き札であり、米や布のように作れば作った分価値が出るものではない事。

 その米や布だって、必要とされる以上に供給すれば値下がりし、かえって生産者が損をする事。

 通貨は究極のところ、使っている金属の価値に、国という信用が付加価値を加えて成り立っている事。

 漢において人口に対する銅の量が不足している為、通貨を増やす事は必要だがやり方を考えないと、通貨の信用崩壊を起こしてしまう事。

 銅銭の品質を下げて量を増やす事は、決して思ったような結果を招かない事。


 劉亮は否定だけでなく、提案もしている。

「装飾品としてのみ使用されている黄金を通貨にします。

 この金貨に対し、銭一万の価値をつけます。

 この金貨は高品質なものにします。

 そして、いつでも金貨と銅銭を交換出来る保証をした上で、大商人や豪族たちに対して交換を持ち掛けます。

 そうすれば、彼等が隠していた銅銭も市場に出回ります。

 また千銭相当の銀貨も鋳造し、通貨量全体を増やします。

 金銀はそれ自体に価値がある為、無理に銅銭を増やす事で起こる信用崩壊を防げます。

 これで信用を得たならば、金貨銀貨の付加価値を上げる事で、通貨総量を更に増やせます。

 通貨を安定させる事で霊帝以降失墜している信用を取り戻します。

 信用さえあれば、究極の所、紙や布に政府保証を付けただけで通貨になるのです」


 思わず熱のこもった説得となってしまった。

 しかし熱くなっている劉亮とは裏腹に、董卓は理解出来ないようで、俗な言い方をするなら「ドン引きした」表情であった。

 自分の政策に反対しているのは分かるから、そこは不快である。

 結局董卓は

「この者を捕らえろ!

 しばらく顔も見たくない!」

 と劉亮を逮捕させたのであった。


 だが董卓の精神状態はおかしくなっていても、頭脳はまだ働いている。

 劉亮は他の者たちと違い、反対するだけでなく、こうしたら良いと提案もしていた。

 また、董卓が考える通貨総量を増やす事そのものには反対していない。

 やり方が有ると言っていたのだが、その説明を董卓はよく理解出来なかった。


(金銀に価値がある事くらい分かっている。

 それが少ないから、銭として使用出来ない。

 また金は変形しやすい。

 使えるとしたら銭という形ではなく、砂金としてだろう。

 遊牧民たちのようにな。

 だが、それに一万銭の価値を付ける?

 さらに価値を高める?

 信用が大事?

 信用さえあれば布切れでさえ銭になる?

 ここの意味がよく分からん。

 銅銭も金銀も布も、その物以上の価値がある訳ないだろう。

 数を増やすには、量が足りない金銀ではなく、銅がもっとも良い)


 董卓はそのように考えながらも、劉亮の主張を「理解出来ないだけで、意味があるのかもしれない」として捨てなかった。

 劉亮を殺したり、獄吏に拷問されるような状態にはせず、自宅軟禁・監視付きというものに留めたのだった。


 こうして劉亮は、

「董卓に意見して二回も投獄された気骨の士」

 という評価を受ける事になる。

 一回目は曹操のせい、二回目は投獄ではなくただの自宅謹慎なのだが、それを否定しようにも、本人の知らない所で拡散していたのだから出来なかった。

おまけ:

中国だったら本当は銀なんですけどね。

明の頃まで銀輸入国だったから、この時点では金の方にしました。

スキタイとか見ても、北方遊牧民は金で取引した方が良いと思ったので。

女真族の地では砂金掬いとかしてましたし。

間違っていても、とりあえずずっと金メインで話を進めます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 現代の貨幣の場合、戦略物資たり得る兵器の材料になりうる金属を貨幣として加工して流通させておき、いざという時に貨幣を回収して使用するという側面もあるので、鉄貨とかも出してみるのも良いかも知れま…
[良い点] 今年も面白い物語、ありがとうございます! [一言] 良いお年を!
[一言] 横山版から無双版へスタイルが変わったんですね。
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