董卓登場
劉亮叔朗、劉備玄徳の弟で盧植の弟子でもある。
彼は実は逆行転生者、もしくは一巡した世界に転生した人間である。
中の人は21世紀の日本人で、長く企業勤めをしていた。
そんな劉亮の中の人は怒っている。
「引継ぎもせずに人事異動とは一体どういうつもりだ!
仕事をナメてんのか?
後任が泣くに決まってるだろがぁぁぁ!!!!」
実感の籠ったこの怒りは、前世で散々苦しめられた事であった。
彼は世界各地で様々な買い付けとか、土地収用の交渉とか、人との会談の下準備なんかをさせられた。
企業は単体ではなく、複数の商社連合という形で動く事もある。
そして言語を早くマスターし、コミュニケーション能力が高く、かつ酒もそこそこ強い劉亮の前世・金刀卯二郎は用が済んだら、さっさと次の現場に送り込まれる。
下準備に三年掛け、地慣らしが終わってから実際の交渉に二ヶ月。
そして色々決まったら半月もしない内に帰国命令と次の赴任地発表。
場合によっては現赴任地から次の赴任地に直行。
大体面倒臭い現場に送られる。
そこは、別の人が地慣らしの交渉に乗り込んで、失敗した場所だったりもする。
そいつは責任を取らされる形で早期にどこかに飛ばされたりしていて、
どういう失敗をしたのか、誰が邪魔をしたのか、何を求められたのか
さっぱり引継ぎ資料が無いまま、担当を任されるのだ。
金刀卯は引継ぎ資料を作ってから離任するのだが、その資料が有ってさえトラブルを起こしたりする。
「すみません、この場合どうしたら良いんですか?」
そう地球の反対側から問い合わせを受けた事だってある。
そして逆の場合、資料も残さんような無能者は辞めてしまったりで、連絡が取れなくなっていたりする。
「本社! しっかり教育してから海外に出せよな!」
何度も本社外務部とか人事とかに文句を言ったが、結局彼が生きていた間は改善されなかった。
……使い回しが利く切り札があれば、結局その人を投入すればどうにかなる為、企業としてはさっぱり成長しなかった訳で。
さて前世の話は置いて、劉亮の怒りである。
冀州の広宗に黄巾軍の総大将・張角を追い詰めた盧植だったが、その作戦が消極的とされ、かつ賄賂というか根回しの必要経費を渋った上に、事情聴取に来た監査官をクソミソに罵って追い返した結果、任を解かれてしまった。
盧植は即座に監車に押し込まれ、洛陽へと護送されて行った。
そこまではまだ良い。
後漢の朝廷は、盧植の派閥を広宗の陣から追放する決定をする。
戦争は戦場から離れる程、人事や数字で勝てるものと勘違いをし始める。
後方勤務は大事なのだが、だからこそまともな人材が必要だ。
後漢の朝廷では、大将軍何進の進言を受け
「盧植の弟子たちは今回の決定を不服に思っている。
だから陣に残っていれば、利敵行為を働くかもしれない。
即座に解体し、他の場所にバラバラに送り込むべきだ」
と決めたのだ。
これには皇帝側近である宦官たちも賛同する。
結果劉備と公孫瓚は転属、校尉の鄒靖の下で黄巾軍と戦い続ける事になった。
その他も転属が決まり、盧植の方針を知る者が全員居なくなる。
「朝廷はアホか!
継続案件で引継ぎもしない、関わった人間も残さないとか、混乱するだけだろが!」
劉亮は、穴埋めでもされるのか? という深さの穴を掘ると、その中に入って大声で不満を叫んでいた。
皇帝批判は処罰される可能性がある為、外に漏れないように文句を言う。
中には聞くに堪えない罵詈雑言もあったが、日本語で叫んだ為、誰も理解出来ないだろう。
とりあえずアンガーマネジメントで精神をどうにかすると、劉亮は兄に頼み事をする。
「私はここに残ってよろしいでしょうか?」
劉備は驚き、その理由を尋ねる。
答えは戦略の引継ぎをする為。
スタッフを全取り替えした挙句の資料も残さないとか、中の人的には気持ち悪くて仕方がない。
誰か引継ぎが必要だろう。
「しかし、叔朗が居ないと俺は困るんだが……」
「どのように?」
「いや、どのようにって言われても……」
「暫くは困らないでしょ。
交渉事は当分無いと思うので」
劉亮は、主導権を握ろうとした従兄弟の劉徳然、気位が高くて厄介な関羽、独断専行をしたら罰せられるから上官の盧植や公孫瓚と話をして、どうにか折り合いをつけて来た。
そういう意味で、劉備にとって無くてはならない人材ではある。
しかし、部隊内部のゴタゴタが収まり、劉備軍の事をよく知る公孫瓚と共に行動し、朝廷からの派遣とは言え鄒靖もよく出来た人物だ。
当分揉め事の調停は必要無いだろう。
そして劉亮には密かな楽しみもある。
(盧植の次に指揮官になるのは董卓。
実際の董卓を見てみたい。
凄く危険な香りがするが、興味を引かれる)
「三国志演義」最大の悪役・董卓。
その悪名は、大化の改新の頃に蘇我入鹿を董卓になぞらえた程に日本にも知られていた。
ある意味、悪役のテンプレートそのものの人物である。
だが、劉亮の前世でも、僅かだが董卓は再評価もされていた。
党錮の禁にあって壊滅状態だった士大夫の政治を復活させようとした。
様々な悪事は、後漢の誤った政治を正そうとして、更に悪化させただけで、意図的に悪事を働いたものではない。
どうにか漢の政治を正そうとしていた形跡はある、と。
だから劉備に無理を言って、引継ぎの間だけでも陣に残る事を許可して貰い、この人物を観察しようとしたのである。
なお、他の盧植門下生たちは朝廷から命じられるまでもなく、さっさと陣を引き払ったり、都に帰還しようとしている。
残ると言う劉亮を
「変わった奴だ」
と言って見ている。
儒の悪い面かもしれない。
忠は君主に向き、孝は目上の人の者に向く。
よって君主から去れと言われ、師が居なくなったならば、後任になんか気を遣う必要は無い。
まあ礼儀作法にはうるさい社会である。
董卓着任までは、義兵ではない官職で任じられた者たちは残っている。
そして挨拶を済ませたら、さっさと消えてしまう。
董卓にしても、前任の幕僚が居座るのは気分が良くないようだった。
残った劉亮に対しても
「お前のような軽輩にとやかく言う気は無い。
一つ尋ねる。
何故ここに残った?」
と、邪魔だという空気を出しまくりで聞いて来た。
(実は肥満体ではない??)
董卓は確かに分厚い肉を身体に付けているが、それは劉亮の前世で見たラグビー選手や格闘家な感じである。
分厚い肉の内側に引き締まった筋肉が仕舞い込まれているのが感じられる。
その感想を外には漏らさず、劉亮は答えた。
「前任の盧植将軍の戦略を、董卓将軍に引継ぐ為です」
董卓は不思議そうに劉亮を見る。
「盧植の戦略等不要だ」
「不要と思うのは将軍の勝手です。
交代した以上、将軍の思うがままにするのが当然でしょう。
しかし、何故このような陣形をしているのか、何故動かないのか、その為の物資をどうしているのか、引継ぎの必要はあるでしょう。
後になって疑問に思っても、盧植将軍の下で働いた者たちは全て去りましたので」
董卓は頷く。
そして意地悪な表情で
「では書類にして残せば良い」
と言ったが、それは想定の範囲内の発言であった。
劉亮は己の字を見せて
「読めますか?」
と聞く。
董卓は大笑いし、
「分かった、分かった。
こりゃ読めたもんじゃない。
お前、士大夫のような顔をしてるが、こんな字じゃ無学者だと思われて損してるだろう。
字なんかで、その人の才も何も計れんのにな。
よし、許すゆえ書記たちにお前の知ってる全てを筆記させよ。
口で伝えられるより、文書に残した方が儂も助かる」
と言い、更に
「もう一つ問う。
これはどう答えても怒らぬ。
どういう感情で、儂を待っておったのじゃ?」
と尋ねた。
劉亮は
(あんたを見物したかったから)
と言いたいのを抑えて
「皆が皆、将軍を無視して去っていくのを見て、将軍が可哀想に思いました」
と言うと、またも大口を開けて笑い
「お前なんざに同情されても嬉しくないわ!
だがまあ、おかしな奴が居たと覚えておく」
そう言って、劉亮に下がるように手を振った。
(こういう人なんだ)
見るに、特に邪悪さは感じられない。
威張り散らしてはいるが、その一方で劉亮のような軽輩の者とも対等に話す度量もある。
名士と呼ばれる人に面会すら拒絶された事があるから、董卓は随分と人物が大きいだろう。
また、劉亮は陣内で意外な董卓の姿も目撃する。
彼は盧植の戦略について、自分が理解している事や、それぞれの部隊の戦績、配置等を絵図で説明している。
董卓の幕僚たちも
「あんた、字は読めたもんじゃないが、絵は上手いなあ」
と褒めてくれたが、それは地図とか図面だからだ。
人間や動物を描かせたら、小学生が落書きした漫画にしかならない。
そんなこんなで董卓の陣に、意外に長滞陣していたのだが、そこで董卓が自ら牛を捌き、異民族の兵たちと一緒に焼肉をしている姿を目撃する。
「ああ、将軍か?
将軍はいつもあんな感じだぞ。
漢族だの羌族だので分け隔ては無い」
「あれは羌族なのですか?
話してみたいものです!」
「……あんた、変わってるねえ。
辺境の生まれかい?」
「幽州です」
「ああ、鮮卑や烏桓と近い辺りだね。
じゃあ塞外の民とも親しいのかもしれない。
残念だがあれらは生粋の羌族ではないぞ。
羌族と漢人の間の子で、将軍の子飼いの兵力だ」
「そうなんですか」
口述筆記の仕事を終えると、劉亮は羌族の部隊の所に挨拶に行く。
「ハージュメマンスデ」
「……お前、どこの言葉喋ってんだ?
何となくは分かったけど、聞くに耐えん」
劉亮の中の人の時代まで残っていた羌族の末裔「チャン族」。
あちこちに飛ばされた劉亮の前世で、チャン族の者と少し話して教えて貰った言葉を使ってみた。
……やはり当時のチャン語と羌族の言葉は違うようだ。
劉亮は羌族の者たちから大笑いされる。
だがこれが幸か不幸か、董卓の目に留まってしまう。
董卓はズンズンと近づいて来ると、劉亮に
「お前、面白いな。
漢人だよな?
劉姓だよな!
宗室だったよな。
なのに、好んで羌族と親しくしようと思うのか?
こんな奴は中々居らん。
どうだ? 儂に仕えんか?」
と言ってスカウトをして来たのである。
おまけ:
劉亮の叫びは作者の叫びです。
引き継ぎ資料も無い案件を持って来んじゃねえ、糞営業が!
前任も知らない、その更に前任は転職してもう知らない、だから成果物から逆算して仕様書作れとか、無茶言ってんじゃねえ!
そして
「資料作りは作業として認められない、作業費請求出来ないから、さっさと終わらせて」
とか吐かすんじゃねえ!!!!
以上、作者と引き継ぎ資料に関わる経験談でした。
あと、劉備と一緒に居ると、基本推しに甘いオタクになっちゃうので、この辺から劉備から引き離して単独で歩ませます。
本人は主君の下に、何があっても戻りたいのですが。




