劉亮の戦い
怒りに燃えた趙雲が劉亮を襲う。
劉亮は董卓から貰った羌族の刀で応戦した。
この刀、訓練では使って来たし、采配のように「突撃」を命じる際に振るったりしていたが、武器として抜かれるのは今回が初めてである。
「史実」云々を抜きにして、劉亮が趙雲に勝てる筈が無い。
彼は前世は海外に行ったきりの下交渉担当の社畜、こちらの世界では州牧や司徒、御史大夫なんていう政治家をしていた。
前世でもこちらの世界でも、武術はからきしだ。
一応中学、高校の体育の授業で剣道を齧ったくらいである。
公孫瓚亡き後も、その子の公孫続を守って戦い続けて来た豪傑と、まともに戦える訳が無い。
だが、彼は自分が未来人だから歴史を変えないなんて思い上がりを捨てる決意をした。
この世界に生きる者として、この世界に認められるのかどうか?
人はそれを「天意」とか言うが、劉亮は己を確かめるかのように、天意の化身たる趙雲の槍を受け止める。
劉亮は防御に徹している。
槍を捌く戦い方で、何とか持ち堪えていた。
一つには、従来の太腿で馬腹を締める乗馬法の趙雲に対し、改良型鐙に足を掛けた自分の方が、踏ん張りが利いて力強く武器を握れる優位性があった。
羌族の曲刀も、重心の具合や強度が、片手で手綱を握りながらもう片手で扱うのに丁度良い。
どうにか趙雲の攻撃をあしらっていたが、それとて趙雲の気に障ったようである。
「遊びでやってるに非ざるなり!」
徹底的に槍を払うだけの戦い方に、自分がおちょくられていると感じたようだ。
趙雲は一度馬を駆って距離を取ると、今までの足を止めての打ち合いから一転、突撃して馬をぶつけて体勢を崩した所に一撃を加えて離脱、また突撃して……という戦い方に切り替えた。
これには馬術で劣る劉亮はたまらない。
何度目かの攻撃で、右手に強烈な槍での殴打を受けると、そのまま刀を弾き飛ばされてしまった。
手甲を付けていたのに激しく痛むし、手が痺れて他の武器も握れない。
逃げ出そうにも、痺れた右手で手綱を上手く操れない。
「動け、愛馬よ……何故動かぬ」
劉亮も馬も、趙雲の圧に委縮したように動かない。
万事休す。
しかし防御に徹して耐え忍んでいた甲斐があり、味方が現れたのだ。
「お主、いつからそこに居た?」
趙雲がトドメを刺そうと突き出した槍を、矛で叩いて逸らした武将。
それは劉備軍一影の薄い将・陳到であった。
彼はその存在感の無さが嘘のように、趙雲と互角に切り結ぶ。
(凄いな。
「趙雲に次ぐ」という人物評は伊達じゃないな)
と劉亮は感心しながら、妻の白凰姫が拾って来た、弾き飛ばされた羌族の刀を握り再び戦闘態勢を取る。
手の痛みや痺れは取れていないが、丸腰よりはマシであろう。
白凰姫他、彼の従卒たちが劉亮を守るように立ち、趙雲が再度猛攻を掛けて来た場合に備えていた。
ちなみに陳到とは言え、猛将趙雲より武技が優れている訳ではない。
馬具の差で踏ん張りが利き、武器を思いっきり振っても反動を受け止められるから、打ち合いで互角になっているに過ぎない。
そして陳到は影の薄さを生かし、趙雲を劉亮の方に視線誘導した後、死角から攻撃するという特殊技を使っていた。
劉亮に強い殺意を抱く趙雲は、ついつい視線誘導に引っ掛かり、影の薄い陳到を見失ってしまうようで、イライラしているのが分かる。
死角からの不意の攻撃を、反射神経だけでかわし、反撃を加える趙雲の武技は流石としか言えない。
「御史大夫様は早くお退き下さい。
私では余り長くは保ちません」
趙雲が態勢を整える為に一旦距離を置いた、一騎打ちの凪の瞬間、陳到が劉亮に警告する。
劉亮は頷くと、趙雲からは逃げる事にした。
「分かった。
陳到殿、御武運を!」
短く言って逃走する劉亮一行。
「待て、お主だけは!
お主だけは殺さなければならん!
戦争を遊びでやっているお主のようなのは、生きていてはいけないのだ!」
追いかけようとする趙雲を
「君の相手はこの私だ」
と陳到が足止めする。
「ええい、目を離すとすぐに消えてしまう厄介な男よ」
こうして趙雲と陳到の一騎打ちは続く。
だが、劉亮後退で視線の誘導先が無くなった事や、趙雲が影の薄さに慣れ始めた事で、陳到の死角からの見えない攻撃が通じなくなる。
「捉えたぞ、影の薄い男!
もうこれで終いだ!」
趙雲が激しく槍を突き出す。
だが、そこに更なる援軍が現れた。
趙雲の槍が激しく弾かれる。
「我は影なり。
君を倒す光は、彼の者也」
陳到が一歩引くと、そこには趙雲よりも巨躯の豪傑がいた。
「待たせたな。
今度は俺が相手だ。
我は燕人、張益徳なり!」
そう言って張飛が趙雲に矛を繰り出して来た。
「何という怪力か。
手が痺れる」
趙雲は陳到にばかり注意していた為、張飛という強力な光が接近していた事に気づかなかった。
その為趙雲は意表をつかれ、更に単純に張飛が強い事もあって苦戦する。
張飛の存在感は圧倒的な筈なのに、今度はチラチラ目に入る陳到に視線が誘導されてしまい、張飛の一撃に反応が遅れる。
陳到の攻撃と違い、こちらは近くを矛が通過するだけで、衝撃波が襲って来る。
避け損ねたら命取りだ。
「むう……。
今の我はおかしい。
口惜しいがこれまでだ!」
趙雲は馬首を返すと、全力で逃走して行った。
袁尚共々、馬騰・韓遂に合流するかもしれない。
そうなるとかなり厄介な事になるが、とても追撃をして討ち取る余力は無かった。
「叔朗殿、大丈夫でしたか?」
張飛が声を掛けて来た。
「私は大丈夫です。
貴方たちのお陰です。
しかし、我が烏桓騎兵はたった一騎のあの男に崩されました」
「何者ですか、アレは?」
「常山の趙雲、字を子龍という豪傑で、かつて公孫瓚に仕えていた者です」
「強い奴です。
味方にするか……討ち取ってやりましょう」
出来れば前者で……と言おうとして劉亮は止めた。
味方に出来れば良いが、そうならない可能性が高い。
この世界では多分起こらない「長坂の戦い」において、「演義」の曹操は趙雲を捕らえる事を優先させた為に、多大な犠牲を出してしまった。
今回、張飛が趙雲を撃退したとはいえ、必ずしも張飛が趙雲より強いとは限らない。
趙雲は高覧、楼煩、劉亮、陳到と相次いで戦い、しかも陳到の特殊な技法に翻弄された後の張飛戦である。
万全な状態なら張飛とて怪しい。
味方の足を引っ張るような余計な事は言わず、成り行きに任せるとしよう。
「しかし張将軍、貴殿には本隊の指揮を任せていた筈です。
何故ここに来たのですか?」
「その問には私が答えましょう。
こんな事もあろうかと、って奴です」
いつの間にか現れた司馬懿が、劉亮の前世ではオッさん世代で有名な台詞を使って説明する。
「司馬懿殿……。
それ、どこの技師長の言い回しですか?」
「はて?
ごく一般的な事しか言っていませんが、何か?」
(何だろう?
確かに汎用性がある台詞だが、何かツボを突いて来るんだよなぁ)
司馬懿に対し、色々違和感を感じてしまう。
違和感かな?
親近感も近いような。
司馬懿はそれを平然と無視し
「御曹司(曹彰)と張郃将軍、高順将軍が残敵掃討をしています。
それも間もなくひと段落するでしょう。
我々も合流しましょうぞ」
と具申して来た。
袁尚軍は敗北、多数の人士が討ち死にしたり、捕虜となっていた。
公孫続は乱戦の中で烏桓分派によって殺されていた。
それもあって趙雲は怒り狂っていたのだろう。
烏桓分派の大人や里長が多数趙雲によって討ち死させられたという。
趙雲と一騎打ちをした高覧も重傷を負わされていたが、生きてはいる。
劉亮が改革した外科医療の恩恵で、彼は生きながらえる事が出来るだろう。
公孫範と公孫紀、そして張燕は捕縛された。
審配、郭援を始めとした旧袁紹軍の人士は捕縛されたり降伏した。
「御史大夫閣下、処断をお願いします」
司馬懿の言葉で、皆が劉亮の方を見る。
「公孫範、公孫紀、張燕、審配、郭援は処刑。
他にも捕らえた者は処刑。
自ら投降して来た者は、丞相に判断を委ねる。
……後で文句言われたくも無いし。
烏桓分派と鮮卑は、この戦いにおいて官軍に帰順して賊軍を襲った功を認め、お咎め無し。
烏桓単于の軍が捕らえた者については、烏桓だろうが漢人だろうが全て単于の判断に任せる。
何か意見はありますか?」
劉亮の意外に厳しい処置に、特に劉備軍の者たちは驚いていたが、内容自体は真っ当なものだから
「異論有りません」
と頭を下げた。
こうして袁尚の乱は、劉亮の勝利で幕を閉じる。
この戦いで、決戦における総司令官を務めた張飛の名が高くなった。
袁尚軍の一部は、遼東の公孫康の元に逃げ込んだが、あっさりと公孫康によって殺され、首は劉亮の元に送られて来る。
なお、郭図は袁尚の方に逃げて合流し、この後も色々画策する事になるが、それは後日の話。
逃げた鮮卑大人の軻比能は、曹操に対して降伏して身の安泰を図るが、これもまた後日の話。
一連の戦場での措置を終えると、本格的な戦後処理の為、劉亮は幽州治所の薊城に入った。
味方した部族への恩賞だの、公式に袁尚討伐の勅が出ていたから、逃してしまった事への謝罪状作成だの、書類仕事をしている劉亮の元に司馬懿が来る。
「聞きしに勝る悪筆ですなぁ」
呆れたように司馬懿が言うが、そう言われるのはもう慣れている。
「記室(書記)に清書させるから良いでしょ!
で、厭味を言う為に来たのですか?」
ちょっと文句を含めて返事をすると、司馬懿はわざとらしく礼を取り
「曹丞相から書状が届いております」
と言って手渡して来た。
何の無茶振りか?
そう思って読んだ所、やはり無茶振りである。
『今年、何の年か覚えてるよね?
陛下即位二十周年だよ。
徳政令するとか言ってた年だよ。
今年はまだあと三ヶ月有るからね。
予定通り進めるように。
俺は西涼の連中との戦いが長引きそうだから、お前だけで何とかしてね。
俺が戻るまでは御史大夫のお前が朝廷の最高位になるから、よろしく。
仔細は荀文若に伝えてあるから、よく相談するように。
それから、呉の若造の件もどうにかしといて。
賈文和(賈詡)の悪戯の影響についても要調査ね。
それからそれから……(以下略)』
「あ゛〜〜〜〜!
私は丞相の家臣じゃないんだぞ!!
なんで家臣筆頭というか、副将みたいに重要な仕事押し付けてるんだ?
このまま仕事放っぽり出して、機密書類持って青州に逃げるとか考えてないのか?」
これはどう見ても、もう一人の曹操として活動しろっていうものである。
そして劉亮は、十年の和睦の保証人としてレンタル移籍しているに過ぎない。
まさか曹操はその事を忘れているのか?
覚えているけど、なし崩し的に無かった事にしようとしているのか?
「ですが、仕事を放棄して青州に戻られる気は無いのでしょう?」
司馬懿が痛い所を突いて来る。
前世の事も、歴史への影響を考えての知識出し惜しみも吹っ切った劉亮であるが、気質的に社畜に最適な無駄な責任感の強さは消せない。
曹操の無茶振りとはいえ、やり遂げないと気持ちが落ち着かない。
そんな劉亮に司馬懿は
「早く許都に戻りましょう。
この薊城に残っていても何も進展しませんから」
そう無遠慮に言って来る。
こういう性格だから、曹操は劉亮の補佐役に付けたのかもしれない。
他人に色々振り回されて、時にボヤいて立ち止まる癖がある劉亮には、陳羣とかこの司馬懿のようなツッコミ系補佐役が合っているのかもしれない。
何にせよ、彼が手掛けていた通貨社会復活の為の借金振替政策「徳政令」実施は、戦争が有ったからと言って延期が許されないようだ。
それと、丞相と御史大夫が揃って長く朝廷を留守にしているのも好ましい事ではなかろう。
……曹操はたまに戻って来るようだが。
こうして劉亮は、折角幽州に来たのに故郷・涿郡に立ち寄ってゆっくりする事も出来ずに、許都に戻る羽目になったのである。
おまけ:
これまでの羌族の刀の用途
・指揮棒、采配代わり
・刀身を使った鏡
・布の裁断
・庭の草刈り
・鍋の上の重し
劉亮「司令官が白兵戦やるような状況って、ほぼ負けだから、そうならないように紅茶党提督を見習って、負けないようにしているのですが、何か?」
白凰姫「だからといって、刀に『洞爺湖』なんて名前をつけて雑用に使わずとも……」
劉亮「刀も使ってナンボじゃないか。
ん……?
なんか怖い人から睨まれたような感じが……」
言ってる事は正しくても、今回はチート級個人武力によって白兵戦に引き摺り出された訳でして。




