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転生したら劉備の弟だった  作者: ほうこうおんち
暫定最終章:異なる世界へ
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歴史は変わっていたのだ

 袁尚軍は、劉亮の大軍接近を知ると幽州方面に撤退する。

 これは自分の懐に引き摺り込む作戦だろう。

 だがそちらに行くと、劉亮も劉備と合流が可能になる。

 袁尚もそれは考慮しただろうが、それでも彼は後に満州と呼ばれる地域に向けて、戦略的後退を続けていた。


「久々だな、叔朗!」

 合流を果たした劉備が飛びついて来た。

「我々幽州劉家の名を高めてくれて、一族を代表して礼を言う」

 劉徳然も手を取ってそう言う。

 劉元起は次世代の成長を見届けて隠居生活に入った為、今では劉徳然が幽州劉氏の取り纏め役になっていた。

 天下を争う劉備の下で四苦八苦するより、こうして郷里で一族の面倒を見る方が自分にはお似合いだと、徳然も大分丸くなっていた。

 武将としては成長しても、劉展は相変わらず

「いや、叔朗兄も凄いけど、玄徳兄はもっと凄えんですよ」

 と、大勢の前でも御史大夫とか左将軍という肩書呼びをしない頭の弱さは健在だ。 


 左将軍、皇叔、幽・青・東徐三州の主「東部諸従事」、様々な肩書が劉備には乗っかっている。

 しかし劉備自身は、別れた時から何も変わっていないようだ。

 君子ぶるでもなく自然体、それでいて儒学系の人士からも慕われている。

 そして武将たち。

 周囲に居る張飛、高順、簡雍、傅士仁、田豫、劉展、鮮于輔そして……誰だ?

「太史慈将軍が亡くなられた件は、書状で伺いました。

 そちらは……太史慈将軍の代わりなのでしょうが、紹介いただけますか?」

「おいおい叔朗、前から居たんだぞ。

 まあ、俺も亡き太史慈殿から推薦されて、初めてその才覚を知ったから、偉そうな事は言えんが。

 陳到だよ。

 ほら、豫州牧の時から俺に仕えてくれていた。

 ずっと俺の方の陣で、小隊長とかをしていたから、叔朗には見覚えが無かったか?」


 陳到、史書では趙雲に次ぐと言われた名将である。

 ただ、その存在は余り知られていない。

 劉亮も名前は知っていたが、ついさっきまで忘れていた。

 何というか……影が薄い。

 劉備陣営で言えば、自分の他、関羽・張飛・太史慈・高順の影で働いていた「幻の六人目」な存在であった。

 劉亮は何というか、自分の不明を恥じている。

(どうも自分も、「三国志」で有名な「名前」で人を見てしまっている。

 この人、知ってはいたけど有名じゃなかったから、抜擢し損ねていたよ……)


 以前も説明したが、後漢時代は人物評が盛んである。

 人物鑑定人から高評価をされたなら、それが推挙や登用に直結する。

 だから名士になりたい人は、精一杯パフォーマンスをして儒学的な「徳を持った者」を演じた。

 そういう他者からの評価、知名度で人を判断していた時代であった。

 劉亮の中の人は未来人で、中国人ですら無いが、それでもある部分この悪癖が共通している。

 人物鑑定人ではなく、彼が前世で読んだ「三国志」という物語における人物、これを判断基準にしている、良きにせよ悪しきにせよ。

 若き日に曹操から「直接見て判断せよ」と注意されていた為、「史実」では悪だの無能だのと言われた人間を先入観をなるべく持たずに観察し、新たな発見をしたりはしている。

 しかし、名も無き人、知名度の低い人に対しては、そもそも認知していない。

 実際に会えばちゃんと評価するのだが、それでも抜擢という部分では自分の知識頼りである。

 そういう面で、無名の人間、身分の低い人間でもわざわざ見つけに行き、部下から些細な事でも聞き取る曹操という男の人材収集癖というのは、「名前」で判断するこの時代に対する強烈なアンチテーゼだったのか。

 未来の人間であった劉亮の中の人は、千八百年も前の曹操より劣っていたのである。


 自分の人を見る目の無さについてはひとまず置いておこう。

 劉備と孫呉の外交についての話をする。

 劉亮はここでも衝撃を受けた。

 それは趙雲が敵になっている事以上のものと言えた。


 劉備の元には、魯粛と諸葛瑾が通って、曹操と戦う事で手を結ぶ運びとなる。

 劉亮はその後、孫呉が曹操と和睦して、自分たちは荊州・益州を攻めるつもりな事を知った。

 劉備は呉に上手いように利用され、曹操との戦いの矢面に立たされるのではないか?

 劉備・袁煕と曹操が華北で争っている間に、呉は漁夫の利を得られる。

 呉にとってそれは最高の展開だから、当然そうなるように働きかける。

 それに乗って十年の和睦を途中で打ち切ったなら、劉備の名声に傷がつくのではないか?

 その事を劉備に問う。

「左様な事は承知している」

 と田豊が返事をした。

 大方針的なもの、政略・外交・陰謀・戦略に関する軍師が田豊になっているようだ。

 一方の沮授は方針・戦略面もだが、主に戦場での諜報や戦術、補給といった軍事面での軍師であるようだ。

 田豊は続ける。

「好機と見れば、御史大夫殿を棄ててでも曹操と戦う。

 まあ御史大夫殿は、御自身の才覚でどうにか出来るだろうからな。

 これは良いが、我等とて呉の若造の手駒になる気は無い。

 そこで我等は、十年の和睦を理由に、

『曹操から攻められない限りは、こちらから手を出さん』

 と言ってやった。

 だが呉の方では、それは織り込み済みのようだった。

 この前まで、若い説客を送り込んで来てな、『天下三分』なんて法螺を吹いて来よった。

 儂らはともかく、青州の儒学系官吏どもが見事に誑かされおった。

 三竦みによる均衡で天下の戦いを封じる、戦乱の世を鎮めるというのは、理想家どもには随分と聞こえが良いでな。

 それに比べれば、我等は随分と利己的じゃ。

 我等は好機と見れば、約に囚われず、すぐに攻める事を是としておる。

 それと比べれば、『天下三分』とやらは美しい策として受け容れる者も多かったな。

 まあ、その『天下三分』は置いといて、我等なりの利己的な理由からも、今は南と事を構えるのは得策でない。

 このように冀州殿の弟(袁尚)と戦っている今は、曹とも孫とも争うのは良くない。

 若造の策に乗った振りをして、呉と手を組んだ上で曹操とも引き続き関係継続としたのだがな。

 御史大夫殿は何か不満でもお有りか?」

 自分が駒扱いな部分に文句を言いたいが、それでも大局を見れば不満などない。

 軍師を迎えろと言った手前もあるが、よくここまで情動的な劉備を制御し、戦略的に動かしたものと感心すらしている。

「いえ、私が不在の間、よくそこまで戦略づくで兄を引っ張って下さった。

 暇になると余計な事をする兄ゆえ、軍師殿も大変だったのではないですか?」

「……ご本人の前ゆえ、余計な事は言いますまい」

「ハハハ……」

(絶対、何か有ったんだろうな)

 それで、その『天下三分』とか言った者はどちらに?」

「もう呉に戻りおった。

 兄の諸葛瑾殿が連れ帰ったのでな」

「兄の諸葛瑾……。

 その説客、諸葛亮孔明と言いませんでしたか?」

「そうも言っておった。

 自分の事を『臥龍先生』なんて呼ばせていて、中々鼻に着く若造だったな」

(なんてこった!!!!!!)


 劉亮は態度には見せないが、思いっ切り愕然としている。

 そりゃ、荊州に劉備が行かなかった以上、兄が仕えている孫権に仕えるだろうさ。

 劉備には既に田豊、沮授という軍師が居る以上、高く売り込みにも来ないだろうさ。


(えーと、孔明以外では龐統……徐庶……後は馬良や伊籍……。

 こいつら、荊州に行かないと手に入らないんだよな。

 嗚呼、曹操が遠征した時に着いて行って、首に縄掛けてでも連れ帰れば良かった……)

 大分曹操に毒されている劉亮だが、今更言っても遅い。

 更に言えば、荊州や益州に行かないと、黄忠や馬超も加入しない可能性が高い。

「演義」で言うところの五虎大将軍キセキのせだい結成なんて出来ないのだろう。

 なんとか益州の人材の法正や蔣琬、費禕、董允なんかは確保出来ないかな?

 しかし益州は荊州以上に、劉備領からは遠いし、今の関中軍閥を倒した後の曹操の方が手を出しやすい……。


 劉亮はそういう事をブツブツ言っていたようだ。

 劉亮と付き合いが長い者たちは、こういう時に聞き流している。

 よく分からない事を喋っているのだから、真に受けても意味が無い。

 だが付き合いの浅い司馬懿は違う。

 誰それを手に入れたかった……もう遅いか……あの名将が……とか言っている劉亮の前に立つと、


「憧れるのを、やめましょう」


 そう言ってのけた。

 劉亮の中の人は、この発言があった野球の大会を見る前に命を落としている。

 だから、言われた事で衝撃が走っていた。

 司馬懿は続ける。

「北を見れば常山の趙子龍が居て、江南には臥龍先生とやらが居て、西涼には馬超が居る。

 憧れてしまったら勝てないので。

 我々は勝つ為に、天下の為に来たので。

 彼らへの憧れを捨てて、勝つ事だけを考えていきましょう」

 劉亮はその言葉に感銘を受けた。

「そうですね。

 全くその通りです。

 もう、こうなってしまったら仕方が無い。

 勝つ事が私の使命ですね」


 改めて劉亮の中の人が気づかされた事。

 それは、歴史マニアの自分はずっと、三国志の英雄に憧れていた事だ。

 憧れているから、自分の手で殺せない。

 憧れているから、「史実」通りの運命を辿らせたい。

 憧れているから、近くでじっと見てはいたいが、近しい関係にはなりたくない。

 憧れているから、彼等の功績を「未来知識」を使って横取りしたくない。

 彼は後漢末期、三国時代前夜のこの時代に転生していながら、結局この時代に生きようとせず、どこか傍観者たりたかったのだ。

 傍観者たるのは珍しい事ではない。

 古くは殷周の頃から「隠者」という生き方もあるのだ。

 この司馬懿だって、曹操からの招聘を拒否して隠者として生きていた。

 しかし劉亮の場合、一度転生した自分と親族を生かすよう歴史を改変した事で、変わった歴史から足抜けして傍観者たり得なくなっている。

 歴史を変えた責任を取らせるかの如く、彼には有力者からの誘いが相次ぎ、歴史に関わらざるを得なくなっていた。

 出来れば特等席で見物したい、劉備以外の有力者たちから親しくされながらも、その意識は抜けなかった。

 また、彼の自己評価の低さの中には、歴史の異邦人である自分が三国志の名だたる人物と同格である筈が無い、というものがあった。

 それは正しく「憧れ」の感情。


 歴史上の人物に憧れる一方で劉亮の中の人は、名も知らぬ者に対しては実に冷淡である。

 以前劉備に注意されたように、知らない人や多くの民衆は、あたかもシミュレーションゲーム上の数字パラメータやNPCもしくはCPUのように扱っている部分があった。

 だから曹操による徐州虐殺に激しい怒りを覚えず、領土の分割や交換に抵抗が無く、どこか覚め切っていた。


 総合して彼は、この世界に逆行転生、もしくは一巡した世界に転生しながらも、魂はこの世界に生きていなかったのかもしれない。

 メタ視線でこの時代を見下ろす存在だった。

 それを曹操は地に引き摺り下ろし、この世界で生きる政治家としてこき使う。

 それでも劉亮の中の人は、まだ違った意識で生きていた。

 彼は名の有る人物(ネームド)を殺せない。

「一将功成りて万骨枯る」なんて言葉があるが、勝っても負けても「将」とは人を殺すものなのかもしれない。

 だから、勝ったなら敵将を殺す事で、次の大量死を防ぐという事も有り得る。

 だが劉亮の中の人の場合、将を生かして兵の死は気に留めないやり方になっていた。

 無論、直接目にするとなると気にするから、可能な限り人死にを避けるが、それ以外であれば単なる数字だ。

 その結果、生き残った袁尚や公孫続がこうして大乱を起こしている。


 司馬懿に言われて劉亮は色々と己の傲慢さと、憧れという一番理解からは遠い感情と、それらが歴史にもたらした悪影響を悟った。

 彼はこの世界に転生した人間で、もう金刀卯二郎ではなく劉亮叔朗である。

 前世に戻る事なんて無い。

 この数十年無かったのだから、もう無いだろう。

 この世界で全力で生きるしか無い。

 歴史を大きく変える事をしても、長くても精々あと五十年生きられるかどうかの劉亮が責任を負う事は不可能だ。


 彼は司徒の任にあった時、流民を本貫地ではなく現住所で登録し、それを元に戸籍を作る「土断の法」を施行した。

 現在の場所に根を下せ、という事だ。

 その彼自身が、時代の流民であって、意識のどこかで21世紀の日本にアイデンティティを置いていたようだ。

 だから彼自身の「土断」、即ち身も心もこの世界に根を下ろさねばなるまい。


 この年になりようやく、劉亮は「三国志」に憧れるのを……やめた。

※:司馬懿の素性を探らないで下さい。

某Gのように、素性を探った者は全て……。

というのは冗談ですが、ここも先読みは無しでお願いします。

ここに来ていきなりの第二の転生者ではない、とだけ書いておきます。

(司馬懿の正体についてはさいしゅうk

 おや、誰か来たようだ……

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― 新着の感想 ―
[一言] 正直ちょっと今更感でイライラする話ですね
[良い点] 陳到さんは確保出来ていたようで何より。 [一言] 流石に、今の状況になった時点で馬超(と馬岱)を引き入れるのは無理だろうね。
[一言] 諸葛亮は優秀なのは間違い無いけど、人材難の蜀だから相対的に輝いてたわけで、「魏・呉で成功したか?」と言われると…本人もそれが分ってるから劉備を選んだわけだし 逆に、やる気が無いのに人材の宝庫…
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