連合軍結成
劉亮は「北地安寧」の勅を得て、二万の軍勢を率いて許都を出撃する。
三十万以上と見られる敵に対し、たった二万な上に、そこには曹操の子が二人も入っている。
(頭痛い……)
そう思いつつも、二万である事には曹操なりの思惑があった。
「今回の袁尚の件は、我が曹軍ではなく、劉備・袁煕の方で対応する事だ。
だから主力はその二人から出して貰え。
二万は官軍であり、俺の兵ではないという扱いだ。
既に玄徳は幽州で防戦に入っているから、後は袁煕を動かせば良い。
悪いが、俺の相手も二十万だからな、余力は無いぞ」
曹操はそう言って、劉備・袁煕と袁尚の戦いであると強調した。
仮にも朝廷の御史大夫が出撃するのだから、官軍としての体裁を整えたのだが。
劉亮一行は、まず冀州鄴城に入る。
ここで袁煕に挨拶をし、その後袁隗を見舞った。
朝廷の御史大夫となってからも、劉亮は袁隗とは親しく文を交換していた。
冀州乗っ取りで思うところはある筈だが、袁隗も絶交しない辺り人物が出来ている。
一度劉亮が、朝廷に復職させたいと申し出たが、それは袁隗に辞退される。
そういう関係であった。
だから、袁隗が病気で臥せり、先が長くなさそうな事も知っていた。
「お久しぶりですが、早速用事を話しますね。
袁尚殿に投降するよう書状を送って欲しいのです」
久々に会ったというのに、いきなりそう言う劉亮の厚かましさに顔を顰める袁隗。
「そんなものは必要無いだろう?
討つに当たって、少しでも後ろめたさを無くしたいのか?」
そう尋ねるが、劉亮は頭を振って
「それも無い訳ではないのですが、本音は、今が袁尚殿が助かる最後の機会だからです。
正直、袁尚殿はどうでも良いのですが、私は太傅様との約束は守りたいのです」
と伝えた。
「太傅か……随分と懐かしい事を言う。
あの頃の洛陽を知る者は、もう少なくなってしまったなあ」
「はい」
「そうか、君はまだ儂を大事に思ってくれているのだな?」
「はい」
「洛陽時代、儂は大した事を君にしていない。
寧ろ儂の方が後々世話になった。
よろしい、その書状を書こうじゃないか。
だが、どうしてかは教えてくれんか?」
どうしてというのは、「最後の機会」についてである。
劉亮は有り体に曹操陣営の内情を話す。
「曹操本人も主力を率いて、関西の馬騰・韓遂討伐に出ています。
荊州は呉と和睦していますが、油断は出来ません。
十年の和を結んだとは言え、劉・袁との境には兵を貼り付けています。
曹操には余裕が無い。
だから、今手を引けば曹操には有難いのです。
今なら、何とか命だけは許されます。
ですから……」
「ならば、君が矛を逆さに持ち、曹操を討てば良いのではないか?
仲が良いのは知っているが、君の主は左将軍劉備だ。
義理立てする必要は無いだろう?」
「お忘れなく、袁尚殿が狙っているのは冀州と我が兄。
そして、おそらく一番恨んでいるのは……」
「君か……。
そうだろうな。
顕甫(袁尚)からしたら、君は一番の敵だ」
「はい。
ですから、その手は使えません。
仮に我々が曹操と手切れになり、曹操を討とうとすれば、曹操はすぐ袁尚殿と和睦するでしょう。
袁尚殿にしたら、曹操が自陣営に加わり、共に我々を攻撃した方が良いと思います。
馬騰・韓遂の件も裏で糸を引いているのが袁尚殿と思われるので、曹操と和睦となればすぐに手を引かせます。
すると我々は、同盟を先に破ったという悪名付きで、北から袁尚殿、西から曹操に攻められます。
日和見の呉も、この際は動くと見て良いでしょう。
だから、曹操との和睦を破っても状況は悪くなるばかり。
袁尚殿を敵として破るしかありません。
さりとて太傅様との約束で、亡き袁紹殿の子息をこれ以上殺したくもない。
それ故、屈服して貰えれば……」
「甘い、甘いぞ、劉叔朗!
このような事態になっても、まだそのような甘い事をぬかすのか!
儂との約束等無視し、顕甫が烏桓の地に逃げたのなら、其方の義兄である単于を通じて殺しておけば良かったのだ。
其方の人間性は好ましいが、半端な寛大さは結果として天下の民を害する事も有ると知れ!」
劉亮の中の人にとって、痛い所をつかれた。
分かっていたけど、やれていなかった。
この甘さは、どうにもならない自分の欠点である。
ビジネス上は辛辣な事が出来ても、命を奪うとなると躊躇する。
他人がする事を見逃すのは可能だが、自分で「殺せ」と命令出来ない。
袁隗はそんな劉亮を見て、厳しい表情を緩め、我が子を見るような穏やかな表情になる。
「袁家の事を重んじてくれて嬉しく思う。
確かに其方等が亡き本初の勢力を乗っ取った、それには思う所があった。
如何に命の恩人と言えど、今でも許せない部分がある。
だが、今の今でも約束を違える気が無い事と、我々を大切に思う気が有る事を知れて嬉しい。
君は乱世に生きる者としては失格だが、朋友としては実に素晴らしい男だ」
「…………」
「書状は書いてやろう。
もしもこれで降伏したなら良しなに頼む。
されど、これすら無視したならもう容赦するな。
儂はもう長くない。
儂との約束は、既に果たし終えたものと思うが良い」
「かしこまりました」
久々に年長者から説教をされた劉亮だったが、なんか懐かしい気がする。
利用され、利用し、腹の探り合いをし、権力を持てばパワハラ気味な説教をする、そんな前世と現世に生きて来て、こういう「真に相手を思っての説教」は久しぶりだった。
礼を述べて袁隗の邸宅を辞すと、再び袁煕に面会する。
今度は「御史大夫・鎮北将軍」ではなく、私人の立場で。
「大伯父上とは話されたのか?」
「はい。
思いっ切り怒られました」
「そうか……。
大叔父上が亡くなられたら、私は己一人の力で冀州を治めねばならん。
出来るのか不安だが、やるしかないだろう。
君の医療改革のせいか、病弱だった弟(袁買)も一人前になれたから、統治を手伝って貰ってはいる。
大叔父上が健在な時は、冀州も安泰であった。
大叔父上が病臥したと知ると、顕甫が動き出し、この冀州から多くの者を引き抜いた。
元々兄上(袁譚)や顕甫に仕えていた者は、私に不満を持っていたのだろう。
大叔父上が重石となっていたのだが、病に倒れるとこのようになる……」
袁煕は愚痴を零している。
ただ、袁煕にしてもむやみやたらと愚痴を吐いていた訳ではない。
話す相手が居なかったようだ。
袁紹が生きていた時、対等交渉担当であった劉亮に会って、しかも私的な場だから愚痴を言いたくなったようだ。
「ところで、その袁尚殿に引き抜かれた者たち、更には袁尚殿に書状を送って貰えませんか?
『今帰順するなら赦免する』と」
「無意味であろう。
顕甫が今更私に仕える事は無い。
せめて烏桓の地で生きていてくれと思ったのに、兵を挙げて来たのだから……」
「はい、そう思います。
なので、これが最後です。
これを拒否したなら、もう殺さねばなりません。
太傅様からそうするよう、説教されて来ましたゆえ……」
「そうか……そうであろうな……」
どうも、袁煕も同様に袁隗から怒られたようだ。
元々後継者候補ではなく、弟を立てていた袁煕は乱世の雄としては温い。
だから中の人が平和ボケの国出身の劉亮同様、甘さを詰られたのであろう。
袁煕も、最後通牒を送る事には同意する。
そして
「それであっても、私に顕甫を殺す事は出来ん。
私は出撃出来ん……」
と涙を流した。
(ああ、甘いってこういう事なんだな。
俺も外から見れば、こんな感じに見えて、実にもどかしいのだろうな)
他人の振り見て我が振り直せとは、まさにこの事だろう。
自分と同じように甘い人間を見て、やっと劉亮は客観視出来た。
そういう意味で、今まで見て来たのは盧植、劉虞、董卓、公孫瓚、袁紹、曹操、そして劉備と長所短所双方あれど、乱世を生き抜く決断力や胆力だったり、芯の通った哲学を持っていた。
だからそういう人たちに振り回される自分を仕方ないと思っていたのだ。
初めて自分と同じような人間を見て、仕方ないでは済まされないと理解する。
そういう意味で、この出会いは遅かった。
袁煕とは以前も会っていたが、その時は父の考えに従っていれば良く、弱さ・甘さを見せる事は無かった。
袁煕も、彼自身の器を知っていた為、果断な弟に従おうとしたのだろう。
だが現実は、冀州牧として父・袁紹の後を継いでしまった。
彼にはしっかりして貰わないと。
その後、すぐに劉亮一行は鄴城を出る。
私的な場での姿を公的な場では見せず、袁煕は集めていた五万の兵を劉亮に預けた。
既に即応兵力三万が、高覧の指揮で北で防戦に当たっている為、八万の兵を動かした事になる。
流石は袁家といった所だ。
既に北で戦っている高覧軍及び、劉備からの増援の張郃と合流して総勢十三万に膨れ上がった。
これには劉亮と共に許都を出た後、青州に戻って私兵たる烏桓騎兵一万を動員し、引き連れて来た妻・白凰姫の数も含まれている。
「左将軍(劉備)の兵力は如何程になりましょうや?」
参謀の司馬懿が聞いて来る。
別に何もしていないのに、妙に身構える劉亮。
「聞いた所、正規兵五万、青州と幽州の軍屯十万を総動員し、合わせて十五万という所ですな」
内心びくびくしながらも、表には出さずに答える。
関羽が東徐州を三万の兵で守っているが、それ以外は全ての戦力を投入している。
今、袁煕なり曹操なりが裏切って青州を攻めたら、為す術も無く陥落するだろう。
まあどちらにもそんな余裕は無いが。
「左将軍には、田豊、沮授という軍師が着いておられましたな?」
「左様」
「では、幽州は後回しにして、まずは并州に侵攻し、関西諸侯と袁尚軍の連絡を断ちましょう。
幽州は持ちこたえられます。
我々が先に合流してしまうと、敵もまた合流します。
そうなると戦いは難しくなりますので、まず袁尚軍を我々と幽州とで挟撃しましょう」
流石は司馬懿である。
方針として正しい。
「分かった。
だが、左将軍には一報入れておく必要がある」
「それは閣下の兄君だからですか?
おそれながら、使者を出す事が多ければ、それだけ作戦が露見する危険性も増えます」
「まあ、ある意味私の兄だから、だね。
我が兄・左将軍は果断な人だ。
摺り合わせをして置かないと、自分の判断で動く。
軍師殿の考えでは、幽州は敵を引き付けて置いた方が良いのではないか?
ならば、打って出ないように伝え、その意図も教えておいた方が良いと思うが」
それを聞くと司馬懿は黙って礼をして引き下がった。
表情から読みづらいが、承知したという事だろう。
劉亮は久々に、直筆で書状を書いて劉備に送る。
あの悪筆であり、余人には読めない。
だが家族として過ごして来た劉備は、馬上メモのような殴り書きでなければ「読める」のだ。
このナチュラル暗号文を受け取った劉備は、
「大体分かった。
要はこの幽州に敵を引き付けておけば、背後から叔朗が襲い掛かるって算段だ。
軍師さんたち、そういう風に兵を動かせるかい?」
と言って、司馬懿の作戦に従う事を了承した。
劉備は楽しそうに笑う。
「それにしても、曹・袁・劉の連合軍か。
これは中々豪儀だね。
敵さんも三十万らしいが、こちらも合わせて大体それくらいだろ?
こんな大軍が動く戦いなんて、俺は初めて経験するよ。
民の為に天下を治める事を掲げるこの劉玄徳にしたら似合わんかもしれないが、
俺はこの大戦に身震いする程の歓喜を覚えている!
皆の者、絶対にこの大戦は勝って終わろうぞ!」
こういう台詞を吐き、戦いに歓喜を覚えるのが、劉亮と劉備の違いである。
劉備は正しく「乱世でしか生きられない類の者」「非常時の英雄」であった。
おまけ:
曹丕「そう言えば、袁煕の妻は絶世の美女と聞く。
奪って俺の妻としたいものだ」
曹彰「そういう所、父上に似ましたな。
おやめなされ!!」
劉亮(あ! 袁煕の妻・甄氏って、「史実」なら曹丕に奪われ、その後曹叡を産んだんだ。
しかし袁煕はいまだ健在、和睦中で流石に手を出せない。
また結構デカい歴史変えてしまった!)




