礼楽なんざ知った事か!
番外編です。
本編より1話あたりの文字数は少なくなります。
転生ものなら恒例の、未来知識を使って何やら作るシリーズです。
本編でちょいちょい登場した物の開発秘話になります。
時間を飛ばす。
袁紹・劉備連合と曹操の戦いはグダグダな中途停戦となってしまった。
その元凶とされる劉亮は
「俺は無実だぁぁぁ!」
と人が居ない場所で叫んでいる。
実際、彼の仕掛けた事ではないが、彼のせいではある。
係争地の一つ、徐州は西側は曹操領、東側は劉備領と分割されている。
徐州は悲惨だ。
僅か七年の間で陶謙、劉備、呂布、曹操、劉備と領主が変わった後に東西分割となった。
その間に、曹操の侵攻、袁術の侵攻、呂布の籠城戦、劉備と曹仁の戦いと荒らされ続けた。
この荒れた徐州復興に、青州牧のままで劉亮が赴任して来た。
下邳城には関羽が居て、東徐州牧となっているが、彼に内政は出来ない。
そこで青州から劉亮と陳羣が来て、東徐州別駕(副知事)の糜竺や典農校尉の陳登と協調して行政を行う。
長江と接する東徐州に来た事で、劉亮は対岸の呉の孫権とも外交を行う事になった。
「それで、この娘たちは一体?」
陳羣は、孫権から贈られて来た女性たちを眺めていた。
劉亮の妻・白凰姫は異民族で、しかも大柄でいかつい。
漢人の感覚では醜女である。
だが、劉亮はこの妻を愛していた。
その情報を中途半端に仕入れた孫権の幕僚たちは
「醜女を妻にしているのだから、美女を贈ろう。
妻が異民族なんだし、こちらが贈る女も百越族にしよう」
となってしまった。
「で、この四人なんですか?」
「そうみたいです」
「妾になさるので?」
「いやいや、私は妻一人で十分だよ」
「州牧殿の奥方に関しては……確かに十分ですね」
儒学の基本は「孝」にあり、それには先祖代々の血筋を絶やさないというのがある。
だから子をなるべく多く残す事が先祖への「孝」なのだが、白凰姫の場合は多産で、しかもこの年三つ子まで産んだのだ。
烏桓の価値観的に「健康な子を沢山産める」のは最高の女性である。
身体が大きい白凰姫は安産型。
それでも三つ子は流石に未熟児だったようだ。
未熟児は成長せずに死ぬ可能性が高かったのだが、そこは未来知識を持つ劉亮の子である事が幸運する。
大した医療知識がある訳ではないが、それでも水や栄養、疾病対策に気を使っていれば危険な時期を脱し、次第に普通の乳児くらいに身体が大きくなっていく。
以降も白凰姫や周囲は心配し、蒸留水を使って洗濯した衣装を着せ、食事も未来知識に基づく栄養管理をしっかりする等、上の子たちとは違う過保護な育児となっていた。
……という育児に気を使っている事と、わざわざまだ隣に敵が居る地に妻子を呼ぶ意味が無かった事で、劉亮は単身赴任をしている。
白凰姫の場合、劉亮の軍事面での補佐役だから、来ても足手纏いにはならないのだが、それでも今は青州で育児に専念していた。
そして白凰姫は後漢期の女性、しかも単なる女性なら男性の持ち物とされる遊牧民出身だけあり、単身赴任の夫に対し
「第二夫人、第三夫人を迎えて下さい」
と言って来ている。
愛情が無いわけではなく、寧ろ愛情深い方なのだが、こういう事を平気で言えるのは価値観の違いであろう。
それでも劉亮は妻は一人だけとし、更に
「見た目だけの女は見て楽しめば良く、妻は自分に合った女性が最良」
とか言っている為、周囲からは曲解されて
「州牧様はブ〇専」
とか陰口を叩かれていた。
だが、そこまでは孫権も情報収集した訳ではなく、今回は南方系美女四人を贈って来た。
なお劉亮は、前世の反省もあって美人だからと言って溺愛する事はなく、ちょっと苦手になっているだけで、毛嫌いしている訳ではない。
それと、細い腰回り、白く透き通った肌、大きな目、そして小さな足が美人の条件である後漢時代において、目は大きいが色黒で、足腰が丈夫そうなこの娘たちは「北方では」不美人の部類である。
南方の趣味は違うかもしれない。
また美人の条件の一つ「黒く艶やかな髪」に対し、天然パーマ気味なのも気になるかもしれない。
顔つきが美人なのは確かだ。
(もしかして、ダンスグループとかいけるんじゃね?)
一回劉亮の中の人がそう思ってしまったら、もういけない。
そういう方にプロデュースしていく。
時間がある時に、歌妓としてレッスンさせる。
なお、こういうのは半分以上は趣味だが、公的に不要な事でも無い。
儒学には礼楽というのがある。
音楽も儒学的に重要なものとされる。
客を出迎える際に、調和の取れた音を奏でて心地良くさせるのが礼法であった。
その音曲に合わせて歌妓が舞う。
だから客が来て、振る舞いをする必要がある身分の者は、音楽や舞もそれなりのものを用意しておく必要があった。
なお余談だが、前漢高祖の臣であった陸賈という男は、引退後五人の息子に財産を分け与え、年に二、三度訪れるからもてなせと言っていたのだが、その訪問時は楽団を引き連れて音楽を奏でながら行ったという。
その仰々しさを隠れ蓑に、高祖死後に専横した呂氏打倒の密会を仲介していたのだが。
そうした音楽について、劉亮はこれまで無頓着であった。
孔融等に紹介して貰った楽団を持ってはいたが、雅楽は彼の好みではない。
そこに良い素材がやって来た。
家族を青州に置いて来た為、プライベートな時間を趣味に割ける。
南方四人娘に対し、思いっ切り自分が前世で見て来た音楽とダンスを押し付けたのだ。
まあ、南方娘たちも漢風の間延びした音楽やゆったりした舞よりも、16ビートで激しく跳び回る「新感覚音楽」の方が楽しいようだった。
まあ田植えの際に神に捧げる舞とか、収穫祭とかの踊りは賑々しいものであるのだし。
次第に劉亮は、鬼プロデューサー化するのだが、四人娘たちもそれに着いて来た。
そうして仕上がった四人娘に
「スピ……じゃなくて、神速という集団名にする」
と告げ、早速孫権からの使者に対して披露した。
「これは……」
と孫権陣営の中では新しい物好きで、派手好みな魯粛が息を飲む。
自分の知っている物とは違い過ぎて、評価しづらいし無条件で受け容れている訳ではないが、それでもどこか心に引っ掛かったようだ。
一方、価値観が古い諸葛瑾は、何とも言えない表情をしている。
このユニットは、劉亮も披露する相手を選んでいる。
袁紹や劉表からの使者や、面会希望の学者に対してはきちんとした礼楽を執り行う。
しかし劉表との差別化もあって贈り主の呉の使者とか、訪ねて来た烏桓・鮮卑の者たち、商人たちといった儒に気を使う必要が無い相手とは、ダンサブルな激しい音楽を楽しむ事にしている。
やがて劉亮の新しい音楽を伝え聞いた烏桓族単于の蹋頓は
「うちからも、馬や羊の世話をさせたら役立たずな女を贈るから、歌でも歌えるように仕込んでくれ」
と、基本は拉致した漢族の女性なのだが、そういうのを送りつけて来た。
「徐州は音楽スタジオではないのだが……」
と、調子に乗ってプロデューサー気取りをした事を後悔するのだが、そこはきっちりレッスンをつけてみる。
やがて新ユニット蒲公英を結成する事になる。
なお劉亮の音楽事業だが、
「曹操には決してバラさないように」
と周囲に釘を刺していた。
曹操が知れば、また何を言って来るか分かったものではない。
(ややこしい今の時期だけでも曹操の介入を受けたくない)
曹操をよく知る劉亮にしたら、いずれバレるのは分かっているのだが、一段落着くまでは時間を稼ぎたかったのである。
だが劉亮はまだ甘い。
曹操は間者を使って、既に劉亮式新感覚音楽の情報を入手していたのである。
和議が成ったとはいえ、まだ劉備陣営とは緊張状態だから手控えていただけで、既に
「音楽の練習場所を作れ。
激しい舞のようだから、特に床をしっかり作れ。
あと、そんな大きい柱はダメだ。
死角になってしまう。
いや、待てよ。
死角になる席の者は安くしようか。
死角狙いの『柱の会』なんてのも面白いかもな。
太学の学生は学割料金」
そうノリノリで、劉亮式音楽を取り入れる準備を進めていたのであった。
おまけ:
賈詡「殿に紹介したい者がおります。
この者、姓を秋、字を元康と申し、音楽関連の一切を担当したいと申しております」
曹操「……知ってはいる。
音楽よりも、女性に手を握らせる事で儲けている方でな」
賈詡「されど、それもまた才」
曹操「む!」
曹操がこの者を雇ったかは記録に残っていない。
もう一個曹操ネタ。
「世説新語」から。
曹操の歌手集団に、抜群に歌が上手い女性が居たが、いわゆる塩対応であった。
殺そうと思ったが、その歌の才能は惜しんでいた。
そこで曹操は、女性百人をオーディションで集め、見所がある女性を自ら特訓。
彼女を代わりとなる完璧で究極の歌妓に育てあげると、塩対応のメンバーには
「今までお疲れ〜、君卒業ね」
とこの世からも卒業させたのであった。
(原文:魏武有一妓、聲最清高、而情性酷惡。
欲殺則愛才、欲置則不堪。
於是選百人一時俱教。
少時、果有一人聲及之、便殺惡性者)
……曹操は創作しなくても、古典の中にネタになる逸話が転がってるんだよなぁ。
という訳で、本編でチラチラ使ったネタの回収としての番外編を終わります。
明日から(暫定)最終章に入ります。




