第6話 はあ、癒された~。疲れた心には温室が一番!
クローディアは勢いこんで立ち上がったものの、少し考えたのち、またソファに座り直した。
「どうしたの、クローディア?」
エルネストが不思議そうに首を傾げる。
「ええ、その、もう夕方ですし、これからあの首無し騎士様と対面するのは、きついのではと考えまして」
ララが害意はないと断言してくれたものの、現在対処できる手段がない亡霊に、夜のとばりが下り始めている時間にお会いしたくない。
「そう、そうだね」
「ええ。それに明日はニコル叔父に会いに行かなくてはなりませんし、温室もどんなか早く見たいですし」
できれば何もかも放り投げて、温室整備に全力投球したい。
「ですから、これから明日の予定のすり合わせをするのはいかがですか?」
「うん。そうだね。そうしよう!」
エルネストも首無し騎士に一日に二度会うのはきついのだろう。
こくこくと頷き、すぐに同意してくれた。
<クローディア! お菓子作りも忘れないで~。お菓子食べたーい!>
「そうね。ごめんなさい。ララ、貴女が一緒に来てくれて本当嬉しいわ。後で、クッキーを食べましょうね」
クッキーなどのお菓子の作り置きはまだあるが、いずれはなくなってしまう。近日中にここ屋敷でも、厨房の隅を貸してもらえるように交渉しなくてはならない。
やる事がまた一つ増えた。
<わーい!>
ララが嬉しそうに、クローディアの頭の周りを飛び回る。癒しである。
その姿を視れば、侯爵アウグストの交渉も苦にならない。
それに侯爵領で一度は厨房を使わせてもらっているのだ。きっと話せば、使わせてくれる筈。
<今日は私頑張ったから、クッキー二枚食べてもいいよね、いい筈よ~!>
ララは手を広げて、踊るように飛び回る。
本当可愛い。
エルネストもララを視て、顔が綻んでいる。
うむ。侯爵との交渉で、エルネストの精神を安定させる為に、お菓子作りが必要だと強くおそう。それにしても、エルネストの視野の広がりは定着したようである。
もう何の不自由もなくララが視えるようだ。よかった。
亡霊だけ視えるのはつらい、つらすぎる。妖精まで視えるようになった目で存分にララを愛でて、癒されて欲しい。
「さあ、では、明日の予定を立ててしまいましょうか」
そうして王都到着二日目、後日のハードスケジュールを緩める手立てのないまま終了となった。
王都滞在3日目。
「ああ、爽やかな朝。やはり夜より昼! 昼より早朝って元気が出ますわね!」
ようやっと辺りがうっすら明るくなってきた時間帯。
クローディアは侯爵家屋敷の一角にある温室へと来ていた。
この温室は元々はエルネストの祖母フラウが主に薬草を育てる目的で使用していたが、彼女が亡くなって以降誰も使用していなかったらしい。
それではさぞかし荒れているだろうなと思いきや、ガラス張りの箱型の温室は綺麗に拭かれており、まるで作り立てのよう。加え、中も雑草などはすべて抜かれており、道具もある程度揃っていた。
「流石、侯爵様ですわ!、男爵家の小娘に貸すだけですのに、ここまでしてもらえるなんて!」
クローディアは頬に手をあて、ほうっと熱い息を吐く。
侯爵様、惚れてしまいそうになる。
はっ。これも侯爵様の手のうちなのか。だとしたら、クローディアは割とちょろいかもしれない。
<わあ~!! 素敵素敵~! 空気が綺麗だわ~!!>
ララが嬉しそうに温室を飛び回っている。
「ふふ。気に入ってくれてよかったわ」
王都に来てから一番元気かもしれない。
クローディアの本日の予定。
朝、この温室整備。朝食後、エルネストと家庭教師の先生がくるまでの間、首無し騎士を屋敷内で捜索、彼の正体の手掛かりを見つける。その後、エルネストとともに、家庭教師の授業を受けたのち、午後クローディアは叔父のニコルに会いにいく予定になっていた。
ちなみにエルネストは、王城から呼び出しを受けており、午後は別行動になる。
それにしても、二人ともまだ6歳なのに、ハードスケジュールすぎる内容である。
お昼寝する暇もない。
「はあ。今日一日、この温室の整備だけをして過ごしたいですわ」
<私も~>
しかしそれは許されない。
勉強はしっかりやる事、これは両親にきつく言い渡されており、また午後のニコル叔父訪問は絶対である。なにせ、昨日は亡霊の恐怖のあまり、侯爵夫人との約束をスコンと忘れ去っていたのである。いくら寛容な夫人でも、二日連続での忘れは許されまい。男爵家をぺしゃんこにされない為にも、ここは義務を果たさなければない。
「まあ、ニコル叔父様に、珍しい種や苗ももらうって楽しみもあるし、まずはそれらを植えるためにこの温室を整えないとね」
クローディアに与えられた温室は、かなり広い。色々と分けて植えられそうである。それに温室というだけあって、冬なのに、かなり暖かい。これで日が昇れば、長袖一枚でも過ごせるだろう。
「端にある白いテーブルセットで、ここでお茶を飲むのも素敵だわ」
ガラス張りの温室。建てるのにいったいいくらかかったのだろう。
男爵家ではとても作れないのは確かである。
ならば、貸してもらえる間だけでの、存分に堪能しよう。
「さあ、まずはどこに何を植えるか考えましょうか。ララが植えて欲しいと言っていた種は一番日当たりのよいところに植えましょう! エルネスト様も朝の鍛錬に頑張っている筈ですわ! 私たちも頑張りましょう! ララ、相談にのってね」
<りょーかーい!>
「クローディア様、遅くなりました」
そこにちょうどミカがメイドとしての朝の仕事を終え、やって来た。
「わあ。素敵な温室ですねえ。これは色々作り甲斐がありそうです」
「ふふ。そうね。さ、時間が限られているわ、ミカも手伝ってね」
「はい! あ、クローディア様、ほっかむりはやめてください!」
「これすると、身が引き締まるのよ? 見逃してちょうだい」
「だめですよう!」
そうして人間2人と小さな妖精は、温室で楽しいひと時を過ごした。
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