第4話 導きの神様、どうか我々に正しき道をお示しください。後、その他色々もよしなに
少し長めです。
侯爵家滞在2日。パースフィールド侯爵一家と朝食をいただいた後、クローディア、エルネスト、ララの3人はエルネストの書斎にて作戦会議をすることになった。
メイドのミカには、部屋の隅まで下がってもらっている。
申し訳ないが、話の内容を聞かれたくないからだ。
「それにしてもいつも思いますが、朝食豪華ですよね」
その豪華な朝食を頂く前に、昨日の謝罪もした。初日に自室にと割り当てられた客室で食事など、社交としては落第点である。謝罪はいの一番にした。忘れたら、朝食を堪能できないところだ。
「そう?」
「そうです」
全くエルネスト様のボンボンが。一度グレームズ男爵家の朝食を味わうがいい。
更に言わせてもらえば、エルネスト様の部屋。やはり寝室と書斎が別なんて、6歳の子供に贅沢すぎるでしょう!
くっ!悔しくなんかないんだからね! いや! 朝食はかなり羨ましいけども!
いけない。本題からずれていく。
クローディアは頭を一つ振ると、気を取り直した。
本当ならば今のこの午前中の時間、エルネストは鍛錬、勉強の時間であるが、心配事を解決してからでないと、身が入らないということで、本日のみだが、こうしてクローディアと朝食後のお茶を飲みつつの話し合いである。時間を無駄にしてはいけない。
「さて、まずは教会へ慰問ですわね。それとも、エルネスト様がもう教会へとお願いに行きましたか?」
ドワーフの大翁に教えてもらった亡霊への対処方法。それは、教会へ亡霊をお引越しさせる方法である。
クローディアたちでは、亡霊を遥か高みへと導くことはできない。
その為、多くの人々の祈りの力を借りて、彼らを遥かなる高みへと導いてもらうのである。
そのお引越し先が教会である。人が祈る場所ダントツで一位の場所である。
そこに亡霊を導くための道具として、先日ドワーフの大翁からレタの鏡をもらったのである。
だから、まずはお世話になる教会へ、ご挨拶が必要なのである。
「ううん、クローディアが来てからと思って。僕一人よりも、クローディアと一緒に行った方が効果がありそうだから」
「いえ、そんなことはないと思いますよ」
要は心である。とは言いつつも、1人分より、2人分の方が確かにお願いが届きそうである。
亡霊が安らかになるのも、人々の祈りが頼りなのだから。
「どこの教会へお願いしに行きましょうか?」
「うん。どこにしよう?」
この王都には大小様々な教会がある。教会のみならず、それらの上の機関である大神殿、四神殿もあるのである。
神殿と教会の違いは大雑把にいうと、神殿は一般人は基本立ち入り禁止である。神事をつかさどるところで、神官や王家の人が祈る場である。大神殿は王城に隣接しており4神殿は東西南北方位の神が祭られている。方位の神は主神の女神に次ぐ地位にあると言われている。教会は貴賤問わず、開かれた祈りの場である。
つまりクローディアたちが行ける祈りの場は教会一択である。
教会と神殿、どのように違うのか、見てみたいが、下位貴族のクローディアには内部を見る事は一生無理そうである。
「侯爵家が慰問されている教会はありますか?」
「うん。王都ではフリージ教会によく母は行っているかな」
「そうですか。では、フリージ教会は侯爵家と結びが強そうですね。そちらを尋ねましょう。ララも来る?」
<ん~。なんかだるいから、今日は留守番してるわ>
クローディアの目の前でひらひらと手を振る。
「大丈夫? 何か持ってこようか?」
ララがだるいなんて珍しい。クローディアは心配になってララに顔を近づけた。
<大丈夫よぅ! 心配しないで~! 休めば大丈夫だから>
「そう? わかった。ゆっくり休んでいてね」
<はーい! じゃあ、私、クローディアの部屋に戻ってるわね>
ララはそう返事をすると、ふわりと飛び上がり、ぽふんと消えた。
いつもは窓なり、ドアなりを使って移動するのに、今日はその余裕がないのか。
王都は男爵領よりはるかに緑が少ない。それが関係しているのだろうか。
もしこのまま、元気が出ないようなら、グレームズ男爵領に帰るように勧めたほうがいいかもしれない。ララが傍にいないととても寂しいが、王都にいることによってララの元気がなくなってしまうなら仕方がない。
「では、私たちも行きましょうか」
後ろ髪を引かれながらも、クローディアはエルネストともに部屋を後にする。
それから2人は、侯爵夫人にフリージ教会を尋ねたいので、外出の許可をとお願いしたところ、快諾の上、侯爵夫人も同行を希望してきた。
どうやら、侯爵様よりも夫人は信仰心厚い方のようである。
侯爵様が夫人にどこまで話しておられるか不明であるが、まずは教会へ行きたいとの申し出は好印象を与えたようである。
これで昨日の挽回ができたのなら御の字である。
現在フリージ教会へ向かう馬車の中。
乗車しているのは、パースフィールド侯爵夫人のフロレンシア様、エルネスト様、クローディア、そして護衛一人である。
今日も寒い。髪がベリーショートのクローディアには堪える寒さである。その為、今日も帽子をかぶっている。茶色のコートに合わせたオレンジ色の帽子で、白い小さな花をあしらっている。
「クローディアさん、今日の毛糸の帽子も素敵ね」
フロレンシアがはす向かいに座るクローディアの帽子を見て、扇子の先端を顎に当てた。
「ありがとうございます」
お礼を言ったところで、クローディアは、はっと気づいた。
気づいたというか思い出した。
昨日の首無し騎士の亡霊の出現で、すっかり頭から飛んでいた。侯爵夫人フロレンシアとの約束。
そう。侯爵家の屋敷に着いてすぐ、叔父のニコルに連絡を取り、本日毛糸の帽子の販売状況を聞いて来る約束をしていたのだった。
クローディアの顔からサーっと血の気が引く。
とにかく早く謝罪をしなければ。
「あ、あの! 申し訳ございません! 本来であれば、本日叔父の商会へ行くとお話しましたのに、教会に行きたいと我儘を申しまして!」
思わず語尾が上ずる。
侯爵夫人との約束をスコンと忘れるなど、貴族として生きる道を放棄したも同然である。
すまん。父よ! でもそれだけ首無し騎士の亡霊のインパクトが強すぎたのだ。
ぶわっと額に汗が噴き出る。ごくりと唾を飲み込んだクローディアの見つめる先で、おっとりと笑った。
「いいえ、よいのです。まずは何よりも先に教会へ行きたいなど言われるなんて、とても殊勝な心掛けです。帽子の事は明日以降で構わないわ」
「寛大なお言葉ありがとうございます! 明日早速行ってまいります!」
良かった。怒っていなかった。明日速攻で叔父の商会を尋ねる! 絶対だ!
「僕も一緒に行きたいなあ」
む。それは困る。こちとらお小遣い倍増計画を叔父ニコルと練らなければならないのだ。
なんとか、理由をつけて断らなければ。
と思った矢先、侯爵夫人フロレンシアから助けが入った。
「だめですよ。明日は午前中は地理、歴史の家庭教師が来ます。午後はお城に上がる予定でしょう?」
助かった。てか、フロレンシア様の中でも私が叔父を訪問するのは、明日と決定しているのですね。
「ですが、私もクローディアの叔父上にご挨拶をしたいです」
「それはまたの機会になさい」
「‥‥‥はい」
ばっさりである。
まあ、今日も午前中勉強がなしになったのも大きいだろう。
「クローディアさんも明日の午前中はエルネストと勉強です。しっかりね」
「は、はい」
その言葉にエルネスト様は満足そうであったが、私は顔が強張った。私、エルネスト様の家庭教師の授業についていけるのか。
そうこうしているうちに侯爵家の馬車はフリージ教会へと着いた。
「ごきげんよう、ジブラリオ神父様」
「ようこそおいでくださいました。パースフィールド侯爵夫人」
侯爵夫人が先にたって、神父様に挨拶をする。
「こちらは私の息子のエルネスト、そしてその隣は、お預かりしているグレームズ男爵令嬢のクローディアさんですわ」
「初めまして、神父様」
侯爵夫人の紹介に私は軽く礼を取る。
「さあ、二人は先にお祈りをしてきなさい。私は少しジブラリオ神父様とお話がありますからね」
「「はい」」
侯爵夫人に促され、クローディアはエルネストと教会の中へと向かう。後ろにはいつの間にか護衛が一人ついて来ている。護衛、一体何人いるのだろうか。
それにしても、やはり大人が一緒だとスムーズに行動できるありがたい。
教会は細長く天井が高い典型的な作りである。
緋色の長い絨毯の両脇には、木製の長椅子が綺麗に並んでいる。
正面の壇上には女神像が飾られている。その背後には日光を取り込むためのステンドグラスがまるで後光のように輝いている。
「うわあ。綺麗だねえ」
パースフィールド侯爵領の教会もとても素晴らしかったが、この教会もまた素晴らしい作りである。
そして、侯爵領では主神エーレフィアの女神像一体であったが、この教会では女神像の横に、一回り小さい女神像が祀られてあった。
「主神様の隣に飾られている女神さまはなんの女神様ですか?」
隣にいるエルネストに尋ねてみた。
「導きの女神サーティ様だよ」
「導きの神様。初めて聞きましたわ」
この国は多神教である。いろいろな神様がそこここに祀られており、どのくらいの神様がいるのかクローディアにはわからない。
「導きの神様、今の私たちに正に必要な神様ですわね」
グレームズ男爵領では主神の女神様しか見た事がなかったから、まじまじと見つめる。
長い髪、額をサークレットで飾られた女神様、右手を水平にあげ、指さす先はどこを指しているのか。
ああ、どうか、導きの女神サーティ様。
願わくば、パースフィールド侯爵家の首無し騎士様を遥かなる高みへと導いてください。
クローディアは自然と膝を折り、祈りを捧げる。
王都で訪れた初めての教会が導きの神が御座す教会。まるで本当に導かれて来たようだである。それにしても王都には様々な神様が祀られているんだなと改めて思う。これは王都にいる間、教会を巡ってみるのも面白いかもしれない。
いや、不謹慎な事を考えてはいけない。厳かに真摯に祈りを捧げなければ。
けれど、色々な神様が祀られている聖域は妖精たちも住み着きやすいかもしれない。会ったことがない妖精精霊もいるかもとのときめきは止められない。
いけないいけない。申し訳ございません。女神エーレフィア様、導きの女神サーティ様、真剣に祈ります。どうか首無し騎士ほか、パースフィールド侯爵家の亡霊を遥かなる高みへと導いてくださいませ。そしてできればよい妖精精霊との出会いもよしなに、とつい、余計なお願いを止められないクローディアであった。
ショックで大事な事忘れる事ありますよね(*_*)