第31話 エルネスト様、黒い?
慰霊祭から数日経ち、進軍ラッパの話題も薄れ、王都ヘリケアもパースフィールド侯爵家も、静けさを取り戻した。
これで、侯爵領の時と同じであれば、新しい亡霊が屋敷にお引越ししてくるのに、一か月ほどある。その間、エルネストも平穏に暮らせる筈である。
しかし、もうクローディアはあまり心配していなかった。
今回の首無し騎士ヒースの案件で、エルネストの中に大きな変化があったようである。
その変化がわかったのは、ヒースの亡霊が遥かなる高みに昇り一段落着いた為、クローディアが一旦里帰りする事になった前日の夜。
いつものようにクローディアの客室にやって来たエルネストが話してくれたのだ。
「僕はもっと勉強して、剣の鍛錬もがんばる。そしてできるだけ、友達を多く作るよ」
ベッドの上、膝に置いた大きな枕に、彼は両手の拳を埋める。
「亡霊を怖がっていてはだめなんだ。そもそも亡霊は怖がるべきものではないものね」
クローディアもそれに大きく頷いた。
それは一概にはいえないかもしれない。人間も十人十色。同じように、亡霊も同様だろうから、色々な亡霊もいるだろう。超悪人、助ける余地なしの自業自得で亡霊となったケースもあろう。けれど、それを見極める為にも、目を背けず、向き合わなければ、解決しない。向き合ったとしても解決できない件もこれから多々あるだろう。
だからこそ怖がっている暇などないのだ。考え、行動し続けないと、どうにもできない悔しさを何度も味わうことになる。
おそらくクローディアと同様、今回の件でおのれの力のなさを痛感したからの言葉であろう。
「だからね。クローディア、君の部屋へのお泊りは、今日で一旦終わり。残念だけどね」
「まあ、エルネスト様、ご成長されたのですね!」
若干語尾が気になるが、大部分は大賛成なので、それ以上余計な事は言わない。
「うん」
そこでつとエルネストがクローディアに顔を近づける。
「でもね、このまま、僕がクローディアがいなくても大丈夫とわかれば、クローディアはもう王都や侯爵領の僕の屋敷に来れなくなるでしょ? そうすると、君の活動範囲が狭くなってしまうし、何より学ぶ場が減ってしまう」
「確かにそうですわね」
今はエルネストを再び引きこもらせない為、アウグストがクローディアを王都に招いているのだ。その謝礼として、エルネストと一緒に学ばせてもらったり、ダンスの稽古もつけてもらったりしている。そして何より温室を使わせてもらっている。
「だからね、僕はすこーしよくなったけど、まだまだ亡霊が怖いってふりをしようと思う。そうすれば、君は今まで通り、王都にも来られるでしょ?」
エルネストはいたずらっ子のように目を輝かせる。
「でも、それじゃ、なんだかみんなを騙している事になりませんか?」
「ならないよ! 実際まだ亡霊が怖いし、クローディアがいてくれると心強いし、何より嬉しい!僕が元気に過ごすには、君が絶対必要なんだから! その理由が若干違ったって、たいした違いじゃないよ!」
「そ、そうです?」
「そうだよ!!」
エルネストはクローディアの両手をがっしりと掴み、小首を傾げる。
「僕と一緒にいるのは、いや?」
「っ!」
不意打ちである。可愛い! 可愛すぎる! さっきまでは凛々しかったのに、この可愛さはなんだ。ギャップが、すごすぎる!
可愛さの圧力に屈し、クローディアは叫ぶ。
「いやじゃないですわ! よろしくお願いしますわ!」
「僕、嬉しいな」
そうはにかむ様に告げるエルネストの尻に、悪魔のしっぽが見えたのは気のせいか。
「さあ、じゃあ寝ようか。最後の夜だもの、手を繋いで寝てもいいかな?」
「っ!っっ!」
やめて! 上目遣いはやめて! そんな目をされたら、答えは一択である。
「もちろんですわ!」
そうして二人はその夜、仲良く手を繋ぎ、眠りについた。
眠りに落ちる直前、クローディアは思った。
丸めこまれてなんか、いないんだからね!
いよいよ次回が最終話です。やっとここまで来ました。




