第3話 甘い、甘いか? でも実は私も安心だから、よしでしょう
「ああ、驚いた。思い出すと、心臓がバクンとなるわね」
クローディアがパースフィールド侯爵家に着いて早々、その玄関ホールで腰を抜かしたのは、ほんの数時間前である。
醜態をさらす原因となった首無し騎士の亡霊は、特に彼女に危害を加えるでのなく、侯爵一家のすぐ後ろまで来ると、45度方向転換して右側の廊下を真っすぐに進んで行ってしまった。
侯爵家のお三方、あれだけあの亡霊に接近されながらも、何ともないとは、うらやましい限りである。
クローディアとエルネストは顔が青いを通りこして真っ白白になったというのに。そして膝ががくがくと笑ってしまい、しばらく立つことができなかった。
流石なのは、パースフィールド侯爵こと、アウグスト様である。状況を察したアウグスト様は、軽く咳払いしたのち、旅の疲れが出たのだろうと早々にクローディアにと割り当てられた部屋へと案内を命じてくれた事が本当にありがたかった。
ただ、クローディアがすぐに立ち上がれなかった為、男性の使用人に抱き抱えられて、部屋に案内されたのがまた恥ずかしかった。
その経緯があったため、今日の夕食は割り当てられた客室で、取ることが許された。
確かに旅の疲れプラス、不意打ちに強烈な首無し騎士の亡霊に遭遇したので、アウグストの采配はありがたかった。
メイドのミカにも夕食後早々に下がってもらった。彼女にもゆっくりと休んでもらいたい。
本当はもう少しクローディアに気力があれば、無理を押しても、侯爵一家と食事をともにしたほうが印象はいいのだろうが、無理である。
今夜だけでも引きこもらせてほしい。
だってあれは無理である。
目がないどころじゃない。首から上がずっぽりないなんて、予想していなかった。反則である。
<首無し騎士の亡霊ね。まあ並みの亡霊よりは存在感あったわね>
うんうんとクローディアの肩で頷いているのは、妖精のララである。
金の髪にキラキラ光る羽。いつでもクローディアに元気をくれる存在だ。
「あるなんてもんじゃないでしょ! 存在感ありまくりですわよ! 震えあがりましたわよ!」
本当に亡霊なのかと思うほどの存在感。まあ亡霊でなければ、首がないなんてあり得ないのであるが。それにしても強烈すぎた。
「君でも、あれは怖いよね」
待って欲しい。誤解と語弊を指摘したい。私はか弱い6歳の幼女である。
「もちろんですわ。怖いに決まってます!」
亡霊は全部怖い。怖いが踏ん張って対応しようとしているだけである。
そこ、間違えないように。
しかし今一番突っ込みたいところはそこじゃない。
「エルネスト様? なぜ、貴方がここにいるのですか?」
<クローディアがここにいるからでしょ?>
「ここに、君がいるから」
待て待て。2人でさも当たり前のように答えないで欲しい。全く。なんだ、それは。そこに山があるから。登山家か! と突っ込みたい。
<エルはクローディアが大好きだもんねえ~。ふふふ>
「ララ!」
<きゃあ! クローディアがこわーい!>
全然怖がってないくせに、楽しそうにくるりとくるりと回りながら、逃げていく。
昼間の馬車、侯爵家に着いてからこの部屋で一息つくまで、ずっと大人しくしてくれていた反動か、ララがよくしゃべる。まあそれはよい。可愛いから。うむ。可愛いは正義である。
問題はエルネストである。これは、初日にきっぱりけじめをつけておかねばなるまい。
でないと、侯爵領と同じ日々を過ごすことになる。
毎日クローディアの客室にて、お泊り会である。
侯爵領では、アウグスト様しかおられなかったが、今回は、侯爵夫人、若君、そして場所は王都、外部の目が多々あるのだ。
「エルネスト様、侯爵領で私が帰った後、しばらく一人でも過ごされましたでしょう? それを王都でも実践してくださいませ。あ、私がこちらに到着する前にすでに実践済みですね。それをお続けくださいませ」
「いやだ。怖くて眠れない。クローディアがいない間、僕、頑張って眠ろうとしたんだ。でも、無理だった」
確かに。エルネストの目の下、クマで真っ黒だった。再びおいでませ、である。
気持ちはわかる。正直に言えば、クローディアだって、親元から遠く離れて、王都に一人、心細いのもあり、倍掛けで寂しい。だから、エルネストと利害は一致している。
「クローディアと一緒にいたい。ダメ?」
うるりと瞳を潤ませたエルネストに、うっと言葉が詰まる。
「僕も甘えてばかりではだめだとわかってるよ。一人で眠れるように努力する。でも、今日は一緒に寝かせて?」
う。そこまで言われては。否と言えまい。
まあ、まだ、6歳である。
大目にみてもらおう。クローディアだって内心ありがたいのだ。甘くもなる。
「わかりました」
「ありがとう!」
ぱあっと輝いた笑顔が眩しい。
いそいそとベッドに横になるエルネストの肩に毛布を掛けてやる。
クローディアもエルネストに倣い、横になる。
エルネストの体温にクローディアもほうと息を吐く。
常識を彼方へと放り投げれば、クローディアだってエルネストと一緒の方が安心である。
「おやすみなさい、エルネスト様、首無し騎士の亡霊については明日考えましょう」
今日は旅の疲れ。首無し騎士の亡霊を視た恐怖でへとへとである。
何も考えられない。
「うん。お休み」
そう返事した後、瞬く間にエルネストは眠りについた。
信じられないくらい寝つきが早い。
ずっと眠れなくてへとへとだったんだと改めて思う。
「ララはどうする? 一緒に眠る?」
枕に座ったララに声をかける。
<ん~。ちょっとこの屋敷を探検してくるわ>
「わかった」
クローディアはベッドからそっと降りて、窓を開ける。
<クローディアは寝ていいわよ~>
その言葉とともに、ララが外へと飛び出していく。
「気を付けてね」
ララを見送ったクローディアは再びベッドに戻り、エルネストの横にもぐりこむ。
そしてエルネストの目の下のクマをそっと撫でてから、クローディアも瞼を閉じた。
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