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第28話 それぞれの想い

シリアスです。

 ガーブスが帰国してすぐ、彼の特別の計らいで、クローディアとエルネストは遺骨の一時保管場所に連れていってもらえることになった。

 そこは大きな倉庫。少し黄色みを帯びた大きな布が何枚か敷かれて、その上に遺骨が置かれていた。

 クローディアとエルネストが静かにその布に近づく。

 敵地での戦死である。一体一体棺に納められている訳もなく、骨は土で汚れていた。

 これから一体一体綺麗にし、何体かずつ白い箱に納められるのだという。

 本来は一体一体棺に納めたいところだが、そこまでの判別は難しい。

 遺骨が誰か判明した場合はその遺族へ帰されるが、それ以外は慰霊碑の下に埋葬されるという。

 かなりな年数が経っている為、判別できる遺骨は殆どなく、また判別できたとしても引き取り手がいない場合もある。

 残された生者にできる事、それは今できる精一杯の供養をするしかないのである。

 クローディアは土に汚れた遺骨を前に、またも得も言われぬやるせなさに襲われた。セインピア聖教国の慰霊塔で感じた時と同じ、いやそれ以上だ。

 言葉が出ない。

 足が頼りなく感じ、思わず隣のエルネストの手をぎゅっと掴む。

 見ると、エルネストも唇を強く噛み締めている。

 同じような気持ちになっているのだろうか。

 幸か不幸かここに亡霊は視えない。風化してしまったのか。それとも、遥かなる高みへと旅立ってしまったのかはわからない。後者であることを切に願う。

 この遺骨を前にして思う。なぜ自分は亡霊を怖がっていたのかと。

 彼らだってなりたくてなった訳ではないのに。

 彼らの為にこれから自分に何ができるのか。

 そしてもう2度とこんな犠牲をださない為に、自分は何ができるか。

 それを考えていかなればならない。

 もう一度エルネストの手をぎゅっと握ると、クローディアはヒースの遺骨を探すべく一歩前に踏み出した。

 今自分のできることを精一杯やる。

 ヒースの遺骨を探し、説得し、遥かなる高みへと昇ってもらう。

 これが今クローディアにできる事だ。

 クローディアは黒いドレスが汚れるのも構わず、膝をついた。


 幸いにしてヒースの遺骨はすぐに見つける事ができた。

 彼の頭蓋骨は綺麗な形で残っていた。

 当時の墓堀り人の配慮か、それとも誰かの指示か、ヒースの頭蓋骨が彼の兜に入った状態で埋葬されていた為、綺麗な形で残っていたのである。

 それを丁寧に洗浄した後、ヒースの遺族に連絡をし、彼の墓に埋葬する事になった。

 ガーブスの調べで、ヒースの遺族行方も調べがついていた。


 ヒースの生家、ガナルディア子爵家はやはり今はなくなっていた。

 当主のヒースが戦死した後、ガナルディア子爵家は急速に傾いていったという。それは妻が病弱だったのと、跡取りの息子もまだ小さかったのもある。

 戦後、当主や主だった男子が戦死したため、家が立ち行かなくなる家は多かったという。

当時のパースフィールド侯爵の当主だったグリントはもちろんガナルディア家に援助を申し出たが、ヒースの妻アリーシアはそれをよしとしなかった。

 そのお金を、もっと困窮している者へ使って欲しいと固辞したのである。

 アリーシアは爵位を国に返上し、平民になり息子を育てる。

 息子のラクトはそんな母を助けながら、懸命に勉強に励んだ。

 息子のラクトはかなり優秀だったらしく、メタス男爵家の養子にと望まれた。ラクトはその恩に報いるべく文官として長い間王城で働き、メタス家を子爵に陞爵(しょうしゃく)し、小さいながらも領地をもらい、今はその領地で隠居しているとのこと。ヒースの孫にあたる人物、名前はノバク=メタス、父と同じく文官として、現在王城で働いているそうである。

 ガーブスは早速、ノバクに連絡をとり、ヒースの遺骨である頭蓋骨の返還と埋葬する際には、ぜひ同席させてほしい旨を願った。

 ノバクは快く同席を許してくれた。元々墓が王都にあった事もあり、埋葬は速やかに行われた。60年以上前に葬式は済んでおり、見つかった遺骨を埋葬するだけのそれは粛々と行われた。

 小雨の降る中、参列したのは、ガーブスとヒースの孫のノバクのみだった。

 ノバクはおよそ文官とは思えない大柄な体躯をしていた。鍛えているのか引き締まった体つきをしている茶髪に飴色の瞳を持つ青年だ。

「父上は来られなかったのかな?」

 ガーブスは棺が開けられ、頭蓋骨と遺品としての兜も埋葬されるところを見つめながら尋ねた。

 ノバクの父のラクトはおそらくガーブスと同年代だろう。

 まだ身体が動けぬという事もあるまい。

「それが、私に処理は頼むとの手紙をよこしたのみでして」

 ノバクは困ったように眉を下げた。

「そうなのだね」

 ガーブスのがっかりした様子がわかったのか、ノバクが口を開いた。

「父は、ヒース様、ああ、ヒースお祖父様と言った方がよいでしょうか。そのヒースお祖父様にたいして複雑な気持ちをずっと抱えているみたいなんです」

 ノバクは自分の身体を示しながら、続けた。

「私は身体が大きいでしょう? そのせいもあって、できれば騎士になりたかったのです。それを父に話したところ、激しく反対されました」

 ノバクは視線を足元に落とす。

「頭ごなしに反対されて、私は納得できませんでした。そして父に理由を聞いたのです。そうしたら、父はしばらく黙った後、話してくれました」

 そこでノバクが一言断りを入れてきた。

「あの今から申し上げる事は、少し無礼になるかもしれません。よろしいでしょうか?」

「ああ、構わないよ。私から尋ねたのだからね」

「ありがとうございます」

 そこで、ノバクはガーブスに身体を真っすぐに向けて語った。

「なぜ、私が騎士になるのが反対なのか。それはここに眠るヒースお祖父様のせいなのです」

「ヒースの?」

「はい」

「ヒースお祖父様は、家族より主君であるパースフィールド侯爵家を第一に考え、家族は二の次だったそうです。そして戦場で死んでしまった。もし、もう少し家族を思いやってくれていたら、自分がいなくなった後の事を考えてくれていたら、アリーシアお祖母様は自分を育てるのに苦労せず、早く逝くこともなかったのじゃないかと父はずっと思っているみたいです」

「それは‥」

「ええ。ヒースお祖父様の生き方です。アリーシアお祖母様もそんなお祖父様だからこそ、嫁いで幸せだったと語っていたそうです。そしてお祖母様もお祖父様に倣い、主家に負担をかけるのを嫌い、援助を断った」

 ノバクは傘を下ろし、空を見上げた。彼の顔に雨粒があたる。

「その話を聞いた時、騎士になる道を諦めました。私も、一直線なところがあるものですから」

 そしてガーブスに顔向け、微笑した。

「きっと父も、ヒースお祖父様と同じところがあるんだと思います。だから、自分も騎士にはならなかった。誰の考えが悪いなんてないです。戦争がなければ、ヒースお祖父様だって、ちょっと度が過ぎた忠誠心を持った騎士で終わる筈でした。時代がそうだったというしかないのです。でも、苦労したアリーシアお祖母様を見てきたから、そうは割り切れなかった。父はヒースお祖父様を嫌ってはいません。だけど、ヒースお祖父様のお墓の前に立つと色々こみあげるものがあるんだと思います」

「そうか」

「はい」

 ガーブスもノバクもそれきりしばらく口を開かなかった。

 それぞれがそれぞれの思いに沈んだ。

 天から降りしきる雨が墓石をしとしとと降り注いだ。

シリアスが続いて、苦しいですね(T_T)

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