第26話 人は考え続けなければならないんですね
「エルネスト様は、ガーブス様の本来の目的を知っていたのですか?」
「うん。お祖父様について王城に行っているうちに、薄々お祖父様の仕事がわかって来たんだ。だって、いくらお祖父様でも国交が制限されている国に、僕たちの為だけに、面倒な手続きを踏むとは思えなかったしね」
エルネストが隣をゆっくり歩きながら、話してくれる。
「国と国との交渉事をお祖父様は直接は話せない代わりに、僕にそれとなくわかるようにしてくれていたんだと思う。だから入国許可の申請に僕を王城まで連れていった。本当は僕が行く必要はなかったんだと思う。あったとしても精々一度で事足りた筈。なのに、お祖父様はご自分が王城へ上がる時は、僕を連れて行った。それはつまり、僕に状況を察しろってことだったんだと思う」
「そう、そうですね」
国と国との交渉事など、最重要機密扱いだ。だからガーブスはできる範囲で孫に伝えた。
「それにお祖父様は今回の訪問以前にも、何回かこの国を訪れていたみたいだよ。だから、僕の入国許可もすぐに下りたんだと思う」
「下地があったから、こんなにスムーズにこちらに来れたのですね」
クローディアたちは今、セインピア聖教国の王都ピアディールにいる。
カルギニア王国戦没者慰霊塔がある場所で、ヒースの遺骨が埋まっているのを確認した後すぐに、王都に入ったのである。
ガーブスは今、最後の交渉会談に臨むべく、セインピア聖教国の王城へと上がっている。
エルネストとクローディアはもうお役御免で、ピアディールの王都内を散策している。今歩いているところは、色々な店が並ぶ大通りである。護衛にはジャスティンとマシューがついてくれている。人並みはそれなりにあるが女性は極端に少ない。
「今回私たちの目的とガーブス様の目的とが上手く重なったんですね。だからこちらの国に来られた」
考えてみればそうだ。ここセインピア聖教国に来るのに、人員、費用、手間もかなり掛かっているのである。いくら孫の為とはいえ、それだけの為に鎖国状態の国に来ようとは思わないだろう。
まさにちょうどよいタイミングだったのだ。
「お祖父様は僕たちが首無し騎士の亡霊に悩まされる以前から、先の戦死者の追悼の為、曾祖父様の悔恨を少しでも解消する為に動いていたんだと思う。さぞかし難しい交渉だったと思うよ。戦争していた元敵国から自国の戦死者の遺骨を返してもらうなんて。まずは相手国を信頼しなければ成り立たない交渉だからね。だって、返還される骨が自国民の遺骨であると確認しようがないのだから。相手を信頼する事が大前提の交渉。まずはセインピア聖教国が今、どれだけ信用できるかそれを計るところから始めなければならなかったんだと思う。それでもお祖父様は頑張って交渉を進めてきたんだと思う」
今回クローディア達の亡霊騒ぎがなく、自国の遺骨と確認できなくても、この両国の遺骨返還の交渉は今日この日を目指し進んで来た。
「僕とクロードがたまたま亡霊を視る事ができるようになったから、カルギニア王国側は一体だけだけど、自国民の遺骨の確認ができた。それはお祖父様とって非公式ではあるものの会談に臨むにあたり、1つの外交カードになったと思う。お祖父様にしてみれば、僕たちは渡りに船だった」
「まさにそうかもしれません」
これは偶然なのか必然なのか、神の導きなのかはわからない。それでもカルギニア王国にも、クローディアたちにもよい方向には転がった。
「それにしてもすごいです! エルネスト様! 僕、そこまで頭回りませんでした」
田舎でのんびり勉強や畑仕事をしていたクローディアとは違う。きっとガーブスや現当主のアウグストを見ていて、そこまでの考えに至ったに違いない。クローディアよりずっと先が見えている。
クローディアは実の父である、ギャノン=グレームズを思い浮かべる。
彼女は一度首を振る。
うむ。父が侯爵アウグストと同等の思慮深さは感じられない。
「でも本当、よかったですね。交渉が進んでいて」
それがなかったら、ヒースを含め、あの慰霊塔の下にある遺骨はずっと自国に帰れないままだった。
そこで、クローディアはふと気が付いた。
「あ、もしかして、うちの国の神殿や武神様を祀る教会が補修されているのって」
「うん。まだ、内緒だけど、遺骨返還の交渉が無事にすんで、遺骨が返還された後に式典が開催される予定になってるみたい。それを機に改めて、戦没者に祈りを捧げて欲しいとの願いから、国王様が神殿や武神様を祀っている教会の補修もしたんだよ」
「そうだったんですね」
「一気にできるわけではないから、少しづつ始めてたらしいよ。王都内の教会だけでも、式典までに間に合うといいね」
という事は、カルギニア王国内にある武神様を祀っている教会すべてを補修するのか。喜ばしい事だが、大変そうである。
「そうですね。それにしても、戦後60年って、区切りは区切りですが、50年の方が区切りっていえば、区切りと思うのですが、10年前は交渉が難しかったんでしょうか?」
エルネストは、少し周りに目をやってから潜めていた声を更に潜めて囁いた。
「3年前にセインピア聖教国の国王が代替わりしたんだ。新国王は鎖国をやめて、近隣諸国との外交を活発にするよう新たな舵を切って、それで、我が国の長年の希望だった、今回の交渉が進んだんだよ」
「そうだったんですね。納得しました」
うむ。エルネスト様はよく歴史を、政治を学んでいらっしゃるようだ。
自分も見習いたい。が、それはカルギニア王国に帰ってからで。
難しい話はここまで。そろそろ買い物を楽しみたい。
「それにしても、なんか王都なのに、活気が今一つですね」
クローディアは左右に並ぶ店に目をやりながら、呟く。
ここ王都に来る道すがらの、村や町もどこか元気がなかった。
「うん。ここ数年自然災害が続いたみたいで、物資が不足しているようだよ」
「それで、少し街に元気がないんですね」
「うん。だから、今回物資の支援で、お祖父様は沢山物資、主に食料を持って来たんだ」。
「なるほど、だから荷物が多かったのですね」
本当何から何まで、計画されていたんだと改めてわかる。
本当、自分の視野は狭い。
俯きかけたクローディアの手をエルネストがぎゅっと握る。
「すごいよね。お祖父様。僕も大人になれば、そうできるのかな」
「エルネスト様は大丈夫ですよ! 今だって6歳にして、色々すごいですから!」
「ありがとう。クロードにもっともっと頼ってもらえるようにがんばるね」
おっと。なんか話が危険なほうに流れそうだ。
クローディアは話題を慌てて急転換する。
「あ、そうだ。ニコル叔父にこの国ならではの植物の種や苗、特産品などあったら、買ってきてくれって頼まれてました。あ、後、父によい胃薬を買いたいのです。探すの手伝ってくれますか?」
しかし、今のエルネストの話から推測すると、もしかしたら、品薄かもしれない。ニコル叔父、父よ、申し訳ない。
「もちろん! 君の願いなら喜んで!」
ちょっと気になる言い方であるが、スルーである。
「後、きっと素敵なスポットもある筈です。回れるだけ回りましょう!」
「うん。いいね」
そうして2人は短い時間ながら、セインピアの王都ピアディールを堪能したのだった。
そしてガーブスがセインピア聖教国と会談を乗り切り、無事調印を済ませると、クローディアたち一行は、翌日には帰国の途に就いた。
一行が王都ピアディールに滞在したのは、僅か一日のみであった。
急ぎすぎかも。




