第25話 ああ、成長してない。
シリアスな回です。
「お祖父様、うら寂しい寂しいところですね」
そこは、セインピア聖教国の王都ピアディールから馬車で半時ほどの場所。
小高い丘のふもとにそれはあった。
カルギニア王国戦没者慰霊塔。
クローディアはガーブスとエルネストの後ろからその塔を見つめる。
塔には何も刻まれていない。
そして50年以上経っている筈のそれは真新しくみえる。常に掃除がされているのか。それとも、新しくしたばかりなのか。
ここには、先の戦争で懸命に戦い、命を落とした人々の遺骨が埋められている。ヒースの遺骨もここにある筈だとガーブスは言った。
遺骨といっても、主に頭のみ。劣勢であったセインピア聖教国の上層部は民の不安を解消する為、カルギニア王国の騎士や兵士の首をさらしたのだとか。
クローディアは、ここに首無し騎士の、ヒースの頭蓋骨を探しに来ただけであった。
戦争など、歴史上の事で、全く現実味がない、どこか遠い認識であった。
けれど、慰霊塔の前に立つと、なぜだか自然と涙が滲み出てくる。
腹のそこから込みあがってくる大きな塊が、嗚咽となって洩れる。息が苦しい。
ああ、戦争はしてはいけない。
家にも帰れず、家族にも会えないまま、死んでいく人をこれ以上増やしてはいけない。
クローディアは自然と両膝をつき、ひたすら祈る。
どうかどうか、遥か高みへ。安らかなる地へと。
ただひたすらに祈るしかできない。
それからどのくらいたったのか。
涙も鼻水も治まってきた頃。軽く肩を叩かれる。
見上げると、エルネストが優しい目をして、ハンカチを差し出してくる。
「ありがぢょ」
言葉がおかしいのは見逃して欲しい。
今はこれが精いっぱいである。
クローディアはハンカチに縋り、ようやく立ち上がる。
前に立つガーブスも、静かに待っていてくれた。
待たせて申し訳ない。が、祈りに後悔はない。
もっとずっと祈りをささげたいくらいだ。
だが、時間は有限。
国に帰っても彼らの為に祈りをささげよう。
それが自分にできる精一杯だ。
「クロード、落ち着いたかい?」
「はい。お待たせして申し訳ありませんでした」
「いや、ヒースの事を抜きにしても、連れてきてよかった。クロードもエルネストも、本では学べないことを感じ取ってくれた。その気持ちを忘れないでほしい」
「「はい」」
2人は力強く頷く。
「では、時間もない。クロード頼めるか?」
クローディアはもう一度頷くと、前へと歩み出る。そして慰霊塔の近くに、ヒースの遺骨の入った箱をそっと置いた。
反応がない。クローディアの眉間にぎゅっと力が入る。
ここにヒースの遺体はないのか。グリントの調査が間違っていたのか。それとも骨が移動させられたのか。無駄足だったのか。
エルネストが彼女にそっと近づいてきて、囁く。
「もしかして、探知する範囲が限られているのかもしれないよ。置く場所を変えて試してみたら?」
「! そうだね!」
エルネスト様、流石である。クローディアは箱を持ち、移動して場所を変える。
反応なし。また移動してと繰り返す。と、4回の移動ののち反応が出た。
箱がぽわっと赤く光ったのだ。
「エルネスト様!」
「うん!」
「ガーブス様!」
振り返った先で、ガーブスもうんうんと頷いてくれた。
場所もわかった。ここにヒースの頭蓋骨があった。ここを掘り起こせば。
そこではっと気が付いた。
自国でもない。それも戦争は終結したものの、敵国だった国土だ。
むやみに掘り返せるものではない。
今の今まで見つけることだけしか考えていなかった。
見つかったら、掘り返して、持ち帰る。
持ち帰る手立ても同時に考えておかなければならなかった。
ああ、自分は何も学んでいない。目の前の事だけでなく、もっと先のことも考えなければいけなかったのに。
折角見つかったのに。今のクローディアでは連れて帰ってあげられない。
口惜しい。できれば、ヒースだけでなく、ここに眠るみんなを連れ帰りたかった。
そうだ、亡霊として現れたヒースは、戦死したここにいるみんなの代弁者だ。
自国に帰りたい。骨になってしまっても。
なのにそれを叶えてあげられない。
ああ、自分は本当に至らない。
またじわりと視界が滲む。
「クロード?」
エルネストが心配そうに顔を覗き込む。
「エルネスト様‥‥‥。どうしよう、わたくし、僕、見つけることしか考えてなくて。どうやってヒース様を連れて帰るか考えてなかった」
「ああ、大丈夫。ほら、涙を拭いて」
エルネストが真新しいハンカチをクローディアの目にそっとあてがう。
「大丈夫?」
「お祖父様、もう教えてあげてもよろしいですか?」
エルネストは2人の後ろにいたガーブスに確認を取る。
「ここには、僕たちしかいないし、うん、いいかな? もうほとんど本決まりだしね」
「ありがとうございます」
「え? 何? どういう事でしょうか?」
「うん。クローディアには言えなかったんだけど、交渉は進んでててね。後は、本当に戦没者の遺骨が本当に眠っているかの確認だけだったんだ。それが一番のネックではあったんだけどね」
「交渉?」
何のことかわからず、クローディアはばかみたいに言葉を繰り返すのみだ。
「戦後60年の節目に長年交渉して来たことが、やっと実現できるようになったんだよ。その最後の調印をお祖父様が行うんだ」
「そうだ。だから、心配しなくていい。クローディアはよくやってくれた。これで一体だけとはいえ、ここに自国の騎士が眠っていることがわかった。父の調べも間違いではなかったこともわかった。これで心置きなく会談に臨める」
「会談、ですか?」
「そうだ。自国民遺骨返還についての両国会談だ」
クローディアは大きく目を見開いた。
ここで初めてクローディアは、ガーブスの真のセインピア聖教国への訪問目的を知ったのであった。
セインピア聖教国内のお話は必要最低限で進めていきます。でないとなかなか終わりそうもないので(汗)




