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第21話 マシューよ! 仲間入りおめでとう!

 玄関を出ると、馬車の脇で待機していた御者に、急ぎの用事ができたので、待機して欲しい旨を伝え、クローディアはマシューを連れて、温室へと急ぐ。

 広大な庭の中、日当たりが抜群によいところに温室はあった。

 温室の扉を開くと、澄んだ空気と、かすかな大地の匂いがクローディアの胸を満たす。

 ほおっと落ち着く空間だ。

 できれば、今日はこのままここでお茶をしてゆっくりと過ごしたい。

 けれど、情勢がそれを許さない。

 誠に残念である。

「ララ!」

<はーい!>

 長年の友の名を呼ぶと、すぐに目の前にやってきてくれた。

<あら? 今日はこれから出かけると言っていなかった?>

「ええ。そうだったんだけど、急遽(きゅうきょ)対応しなきゃいけない案件ができてしまって」

「クローディア様?」

 急に一人でしゃべりだしたクローディアをマシューは不審に思っているだろう、それをまずは説明しなればならない。

 できれば、妖精にまつわる話はしたくなかった。折角少し仲良くなったのに。変な娘だと線を引かれてしまったら悲しい。がっかりする気持ちを隠しつつ、クローディアは後ろを振り返った。

「ごめんなさいね。急に一人でしゃべり始めてしまって。おかしいと思ったのでしょう?」

「いえ! そうではなく! そのそちらはどのような!?」

 マシューの視線は、クローディアを通り越して、ララにくぎ付けである。

 ララに?!

「えっ!? マシュー! 貴方、ララが視えているの?!」

「それは、そちらの小さき貴婦人の御名(みな)でしょうか?」

<まあ! この子、とてもいい子ね! うふふ。そう、私はララよ! 特別に名前を呼ぶことを許してあげる!>

 エルネストに続いて、マシューもララの心を掴んだらしい。

 ララ、ちょろすぎないか。いや! 今突っ込むところはそこではない。

 なぜララが視えるのか?

「どうして? 昨日までは貴方、ララが視えなかったわよね?」

 そう、マシューはこの温室に来るのは初めてではない。

 その時にもララがいたが、素通りしていた筈である。

「わ、わかりません。ララ様は、こちらに住んでおられるのですか?」

<違うわよう! 私はクローディアについて、ここにやって来たのよ。王都は息苦しいの! でも、この温室はまあまあ過ごせるところだからここにいるのー>

「そうなのですね。王都はやはり、緑が少ないからでしょうか?」

<そうねえ。石畳が多いから、大地からの力が遮断されてるのかもしれないわねえ。うーん。調べてみないとわからないわー>

「そうなんですね。もしお調べになられる時は、お供いたします!」

<ふふ。その時はお願いするわね>

 おい! 何二人自然に話し込んでいるのか。マシュー、順応早すぎである。

「待って。2人とも待って」

「クローディア様? どうかしましたか?」

 どうかしましたか、ではない。どうかしてるのは、君の順応力と髪の色であろう。

 マシュー、密かに天然が入っているのかもしれない。

「マシュー貴方、ララを不思議とは思わないの?」

「ララ様は素敵です! 俺、いや私はお会いできて光栄です! やはり妖精様はいらしたのですね!」

 語尾にじーんという文字が着きそうだ。

 なんかすごい感激している。

 うん。まあ、受け入れてもらえてよかった。

 ようこそ。君も私の仲間入りだ。大歓迎である。

 ひとまず、歓迎の意は置いといて。

 仕切り直しだ。

「ララ。出かける前に、こちらに来たのは、このマシューの事なの。昨日までは、枯れ葉色だった髪が朝起きたら、この橙色になっていたみたいなの。ララ、原因わかる?」

 ララはマシューの頭の周りを一周回ると、頷いた。

<うん。火の精霊が憑いているわね>

 夢でみた橙色の光。火の精霊の光だったのか。

 火の精霊といえば、昨日の教会で生まれたばかりの火の精霊の赤ちゃんが思い浮かぶ。いや、それしか心当たりがない。マシューに何かあれば別だが。念のため聞いてみる。

「マシュー、精霊に心あたりはない?」

「ないです! ララ様が初めてです!」

「そう」

 ならば、おそらく昨日の火の精霊の赤ちゃんだろう。

 しかしなぜその精霊の赤ちゃんがマシューに憑いて頭の毛を染めたのか?

 あの精霊の赤ちゃんは、教会に預けて来た筈である。

「ララ、おそらくその火の精霊は昨日教会に預けて来た子だと思うのだけど。どうしてここにいるのかしら?」

<んー。私もよくわからないけど。きっと助けてあげたからじゃない>

「恩返ししたい的な?」

<違うかなあ。まだそこまで考えられないと思うよ。赤ちゃんだからね。だから単に懐かれたんだと思う>

「それなら、マシューじゃなくて、私に懐つきそうだけど」

 火の精霊を見つけたのは、クローディアで、保護して天使(キュアレリア)に預けたのも自分だ。

 マシューは職人との間に入ってはくれたけど、それ以外は何もしていない。

 なんか釈然としない。

<なーに。精霊に懐かれたかったの? もう! クローディアたら、私がいるのによくばりね!>

「違うわ! なんかなるほどと思えなくて」

<ふふ。精霊に理屈を求めてもね。ましてや赤ちゃんなんだから。単にマシューの気がこの子には心地よかっただけかもよ。それに相性がよかったのかも。よかったわ>

「よかった?」

<うん。天使(キュアレリア)様に少し力を分けてもらったみたいだけど、それでもまだまだ小さい存在だから。この子一人で存在していくのは、この地では難しい。いずれは消滅してしまうでしょうからね>

「そんな!」

<大丈夫! 今はマシューというゆりかごで守られてるからね! 彼の気を少しづつもらいながら、上手くいけば独り立ちできるようになるでしょう>

 それでも上手くいけばなのか。

 この王都で小さな精霊が生き抜くのは難しいらしい。

<私もこの地で会った初めての同胞だもの。できれば助けてあげたいわ。クローディアも力を貸してね>

「もちろん!」

「私もお守りします!」

 よかった。マシューに忌避感はないらしい。

「話を戻すけれど、では、マシューの髪の色が変化したのは、火の精霊のせいなのね?」

<そうよ~>

「マシューは火の精霊を受け入れてくれたけど、この髪だとちょっと日常生活に支障きたすのよね。ララなんとかならない?」

<あ~、そうね~。人間の髪の色ではないものね。わかった>

 ララはマシューの頭に近づくと、小さく語り掛ける。

 それはクローディアには全く聞き取れない。

 歌のようなきれいな音。

 そう思っている間に、マシューの髪がほんわりと変化した。

 炎のような橙色が薄れて、綺麗なつやのある赤毛にまで落ち着いた。

<どう? これなら大丈夫?>

「うん。これなら」

 もとの髪の色とはちょっと違ってしまったが、問題ないだろう。

「マシュー、鏡がないから、見えないと思うけど、とてもきれいな赤毛になったわ。ありえない色ではないから、奇異な目でみられることはないと思うわ。それでいいかしら?」

「はい。ありがとうございます!」

「ララ、後もう一つ確認、マシューがララを視れるようになったのは、やはり精霊がマシューの中にいるから?」

<その通り! 火の精霊がでちゃえば、また視えなくなるわ>

「そう」

 ララの言葉に頷くと、それからマシューを見上げた。

「マシュー、しばらくは色々視えて苦労してしまうかもしれないけど、何かあったら、わたくしに聞いてね?」

「はい! えっと今のお話ですと、私がララ様を視えるようになったのは、精霊様が私の中に入ったせいだという事ですよね。そうだとすると、クローディア様にも精霊様がついているのですか?あ、もしかしてララ様が?」

「私はもともとなの」

「! そうなのですか! 素晴らしいですね!」

「ま、まあ。ありがとう」

 マシューテンション最高潮である。少し引く。口調もいつもより幼いのも気になる。

「そう言ってくれるのは、少数よ。けれどマシューには受け入れてもらえて、とても嬉しいわ」

 嫌悪して、精霊を身体から追い出したいと言われたら、本当に困ってしまっただろう。

 あ、マシューもしそういった性格なら、彼の中には入らないか。

「ああ、火の精霊様! どんなお姿なのでしょう? お姿はみられませんか?」

<難しいわね。今貴方の体から出たら、弱って消えてしまうかも>

「え! じゃあ、いいです! いつかお会いできるのを楽しみにしてます!」

<ふふ。そうしてあげて>

「本当に弱弱しいのね」

 クローディアは呟く。

<そうね。私たちは生まれてすぐ消えてしまうものも多いのよ。今回クローディアに見つけてもらえて、この子は幸運だったわ。存在し続けられるかもしれないんだもの>

「せっかく生まれて来たのだもの。大きくなって仲良くしたわ」

<そうね! 本当に!>

「ええ! 私がお守りしますとも! ええ! このマシューが命をかけて!」

 いや、そこまで勢いこまなくてもいい。

 意外とマシューが熱血漢なことが判明した瞬間だった。

 これからマシューとは長いお付き合いになりそうな予感がした。

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