第20話 マシュー‥なかなか斬新ですわね!
響く。静寂の中。高いような、低いような心地よい音。
クローディアの意識に触れる。
これは、楽器? あるい声?
わからない。ただ、呼ばれたような。身体に響く。
それは波紋のように広がる。広がっていく。
おかしい。自分は昼間歩き疲れて眠った筈だ。
今も寝ている感覚はある。意識だけ覚醒している感じ。
目は閉じている。のに、周りの情景がわかる。
夢? 私は夢を見ているのだろうか。
クローディアがいるのは真っ白な空間。
何もない。
そこに一人クローディアは横たわっている。
なぜこんなところに寝ているのか。
と、遥か天上より橙色の小さな光が一つ、降りる。
それは、クローディアの頭上の先、いずこかへ流れ落ちて行く。
それに気を取られていたら、今度はあたり一面が柔らかな緑色になった。
クローディアを優しく包み込むような。それでいてそれはどこか刹那的で。
と、そこに先程よりも遥か天上から。
巨大な手がすっと降りてくる。
どこまでも大きな長い腕はその先を知るすべがない。
腕と手、そして人差し指だけを伸ばし、何かを指し示す。
その先にあるのは、クローディアではない。
自分はただの傍観者だ。ただ見ているだけ。
大きな手。クローディアなど蚊ほどの存在だ。
ただ、全く恐怖を感じない。
夢だからなのか。それともその手はしるべであるとわかっているからか。
するすると降りてきた巨大な人差し指にあるは小さな箱。
首無し騎士の遺骨が入った紋章入りの箱だ。
それに指は触れる。すると、ぱっと赤い光が弾けた。
巨大な指は役目を終えたとでもいうように、ゆっくりと上空へと引き上げていく。
その一連の光景で、クローディアは漠然と理解する。
これで、わかる。
わかるようになるのだ。
誰が、教えてくれた訳ではない。
ただ、頭に答えが浮かんだ感じだ。
よかった。
これで大丈夫。
そう思った直後。なぜか、ものすごい睡魔が訪れる。
おかしい。クローディアは寝ている筈なのに。
ああ、ここから引き離される。
この空間はなんなのか。考えたいのに。
思考が四散する。
ああ、ダメだ。抗えない。
落ちる。落ちる。落ちてー。
そこでクローディアの思考が閉じた。
パースフィールド侯爵家滞在6日目の午後。
もうそろそろ憂いもないまっさらな休暇が欲しいなあと思いつつ、クローディアは侯爵家の玄関ホールで、馬車と護衛のマシューを待っていた。
小さなバッグの中には、黒い紋章入りの小箱。
今朝、ガーブスから再度借り受けたのである。
理由は聞かれなかった。その意味は。
クローディアを信用して大事な父親の遺品を貸してくれたのだ。
ありがたい事である。クローディアも確かめない事には、話ができなかったから。
できれば、その気持ちを無駄にしたくない。
クローディアはバックの持ち手をぎゅっと握った。
多分、自分は手に入れた。首無し騎士の遺骨を判別する方法を。
昨日見た夢。あれはきっと、武神ガンダンテがもたらしてくれた天啓だ。
確信はある。けれど、確認は必要だ。
ガーブスをはじめエルネストに話すのはその後だ。ララにだけは今朝温室に行った時に話をしたけれど。
その為、急遽外出する事にしたのである。
ちなみに今日もエルネストはガーブスのお供で王城にお出かけ中である。
隣国に行く段取りを整えていると言っていた。許可証をとるのは、それほどに難しいのか。
必然的に今日もクローディアは一人行動である。
本音をいえば、少し寂しい。もしエルネストのスケジュールが午後空いていたら、夢の話をエルネストにだけは先に話してもよかったのだが。今日もララには振られてしまったし。本当、寂しい。
侯爵領にいた時とは違い、エルネストと別れて行動することが増えた。
それはクローディアが望んだことであり、それが日常になるのが望ましいのだ。
クローディアの寂しさはきっと一時だ。
エルネスト様、このまま自立よろしく! と心の中で祈っておく。
決して強がりではない。強がりなんかじゃないんだから。
それにしても、連日のように出歩いているが、侯爵夫人は何も言わない。
ちゃんと、勉強とマナー、ダンスの練習などを真面目にやっているからだろうか。
侯爵夫人は夫人でお茶会などに、忙しそうである。
そのお茶会にクローディアは誘われたことは一度もない。
夫人が出席するお茶会はきっと高位貴族中心であり、そんな中クローディアを連れて行ったら、要らぬ誤解を生むからだろう。
侯爵夫人の考えは理解できるし、当然である。
それにきっと彼女の中では、クローディアは変わった娘で、あまり関わりたくないのであろう。
クローディアとて、高位貴族中心のお茶会に行きたいとは思わない。
不要な恥をかきそうであるし、未来にその一員になろうとは思っていないからである。
したがって、クローディアからも同行を求めた事は一度もない。
侯爵夫人とは良い距離感といえるかもしれない。このまま、知人どまりの関係でいたいものである。
侯爵夫人もおそらく同様の考えだからこそ、放任、いや黙認して行動を認めてくれているに違いない。ありがたいことである。
つらつらと考え事を終えたクローディアはきょろりと周りを見渡す。
現在玄関ホールにはクローディア1人。
マシューがすぐ来るだろうと思い、ミカは下がらせた。
「マシュー、まだかしら?」
午前中に侯爵夫人から外出の許可を取り、午後に外出する旨は予め執事を通して、彼に伝わっている筈である。
いつもなら、マシューはクローディアより先に来ており、こうして待つこともないのだが。
そう考えた矢先、マシューが玄関から中へと入って来た。
「クローディア様、申し訳ございません。お待たせいたしました」
ああ、と彼の姿を認めた瞬間、クローディアははしたなくもパカリと口を開けてしまった。
それを慌てて口を閉じるもまだ驚きを隠せず、気持ちが口から洩れる
「‥‥随分と、斬新なお色にしましたのね。怒られないですか?」
「違います! 染めたのではありません! 朝起きたら、もうこうなっていたのです!」
マシューは声を荒げて、弁解をする。
若干涙目だ。
「まあ!」
クローディアは目の前に来たマシューをまじまじと見上げる。
彼の枯れ葉色の髪が。見事なオレンジ色に染まっている。
カルギニア王国には、色々な髪の色の人間がいるが、ここまでオレンジ!という色は見た事がない。単に、クローディアが田舎者なだけかもしれないが。
「に、似合ってますわよ」
「クローディア様、目が泳いでいます!」
いや、だって。こんな髪の色。本当見た事ない。
人口的な色じゃない。光の反射で黄色にも赤にも見える。まるで炎だ。
「あっ!」
そう思った瞬間、気が付いた。
「なんですか?」
マシューが恨めし気にクローディアを見る。
「ああ、なるほど。そうだったのね」
「なんですか?! 私の髪がこうなった理由がわかったのですか?」
あの夢。あの夢だ。最初に見た橙色の小さい光。
その光が向かった先は、マシューのところだったのか。
「クローディア様? クローディア様! 考え込んでないで教えてください!」
「お待ちなさい」
「はい」
マシューにステイさせて、更に考える。
そうわかったとしても、理由はわからない。
なぜマシューに。そしてなぜ、マシューの髪が変化したのか。橙色の光の正体は。
「まあ、正体はなんとなく予想できるけど」
とにもかくにも、これはララに相談するしかない。
不思議な現象はまずはララに聞く。これ、近道。
「ごめんなさい、お待たせしましたわ」
「クローディア様」
へにゃりと眉を下げたマシューに、クローディアは元気づけるように彼の手の甲を軽くたたいた。
「行先変更ですわ。外出する前に、温室へ行きますわよ。ついてきなさい」
そういうが早いかクローディアは足早に玄関の外に出た。
「クローディア様!?」
マシューの驚きの声を背に、クローディアは温室へと急いだ。
「もう! 次から次へと色々ありますわね!」
不思議な夢の雰囲気が出ていればよいです。
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