第18話 マシュー、君は大人だ! 良い人だ!
短めです。
「お嬢様!?」
後方でマシューの驚いた声が聞こえる。
ごめん。突然走り出して。でも今はそれどころじゃない。精霊の赤ちゃんの保護が最優先である。
折角出会った王都第一号の精霊だ。
消えないで欲しい!
と、その願いむなしく、上から鏝を拾いに降りて来た職人が、足早に鏝に精霊に近づいていく。
もちろん、職人には精霊の赤ちゃんは視えていない。このまま進めば、踏みつぶされてしまうのではないか。
「ダメよ!」
クローディアは思わず妖精の赤ちゃんの上に覆いかぶさった。
「うわ!」
職人が驚きの声を上げ、立ち止まった。
職人にしてみれば、自分の落とした鏝の上に、覆いかぶさる奇妙な幼女に見えたことだろう。
だが、こちらも必死である。
「お嬢様!」
マシューの声が近い。おそらくすぐ職人とクローディアの間に入ってくれたのだろう。
それよりも確認するのが先だ。クローディアはそっと身体を起こす。
するとそこには損なわれなかった火の精霊が。
「よかった」
クローディアは、ほうっと安堵の息をつく。
それにしてもはらはらするほどに存在が薄い。
精霊と呼ぶにはあまりに儚い。火の赤ちゃん。
折角生まれてきてくれたのに、このままでは消えてしまいそうだ。
とにかくまずは移動させなければ。
「手の上に載ってくれる?」
マシューに聞こえないくらいの小さな声でそっと囁く。
すると、自分を助けてくれたのだとわかってくれたのか、手のひらに乗ってくれた。
不思議と熱くない。
「お嬢様、どうしたのですか? 急に走り出したと思ったら、蹲ってしまって。大丈夫ですか?」
「ええ、ごめんなさい、問題ないわ」
マシューの差し出してくれた手に首を振り、クローディアはそっと手を丸めると立ち上がった。
「おじ様も、申し訳ありません」
本当、ごめん。子供が突然飛び出して来て、さぞ驚いただろう。
「いえ! 俺、いや、私は鏝さえ渡してもらえたら、問題ないので!」
「ああ、すまない。お嬢様が仕事の邪魔をしてしまったようだ」
マシューが鏝を拾って、職人に渡す。
「いえ! とんでもねえです! そんじゃ、失礼します!」
職人はあたふたと、持ち場へと戻って行った。
それを見送り、クローディアは一息つく。
ふう。とりあえず、無事保護終了である。
さて、後はこの子をどうするかだ。
連れて帰る? 途中消えてしまわないだろうか。
そう思うほどに弱弱しい、火の赤ちゃん。
クローディアは少し考えて、うんと結論を出す。
これはもう神様に頼むしかないだろう。
教会で生まれた精霊だ。やはり神様に面倒をみてもらおう。
決して責任をおしつける気なんて、ない。
「マシュー。もう一度お祈りさせてください」
「え?」
マシューの返事を待たず、踵を返す。
ワンピースについた汚れを払い落とすことなく、教会内へ。
さきほど祈った場所と同じ場所に跪く。瞼を閉じる。手は組めない。手の中には火の精霊の赤ちゃんがいるから。
武神ガンダンテ様、武神の御使いキュアレリア様、どうか今この地に生まれた小さな精霊をお守りください。どうか、この王都に生まれて来たくれた小さな小さな精霊にご加護を!
そう願って、そっと手のひらを広げる。
すると、火の精霊の赤ちゃんはふわりとふわりと、武神の像の左側にあるキュアレリアの像へと近づき、ふっと吸い込まれた。
これ、大丈夫なんだよね? きっと保護してくれたってことだよね? 消えちゃったってことないよね。
わからない。ララ助けて。
クローディアはだらだらと汗を流す。
「クローディア様、大丈夫ですか? お顔の色が悪いようですが」
マシューが心配そうに隣から覗き込んで来る。
「え、ええ。大丈夫です」
全然大丈夫でない。ないが、そう答えるしかない。
一連の現象が視えているのはクローディアだけなのだから。
ララ。この際、エルネスト様でもいい。誰か私に答えを!
そう思っても、天使像にはまるで変化はない。
しばらく見つめてもまったく変化はない。
うむ! これはよい方向に考えておこう!
そうしないと、精神衛生上よくない。
クローディアはもう一度跪くと、祈りを捧げる。
どうか、火の精霊の赤ちゃんをよろしくお願いします!!
むーっと気合を込めて、もう一度頼み込み、立ち上がる。
「マシュー、ごめんなさいね。突飛な行動をとって。今後気を付けるわね」
以上説明は終わり。これ以上質問はしてくれるなオーラを前面に出す。
それを感じ取ってくれたのか、マシューはすべてを飲み込んで微笑んでくれた。
「お嬢様はとても熱心にお祈りをされましたね。それも二度も。武神ガンダンテ様もきっとお喜びになっておられますよ」
ありがとう、マシュー! 君は大人だ!
「ええ。国をお守りいただいているお礼を十分に祈らせてもらいましたわ」
それに存分にお願いもさせてもらった。
首無し騎士の遺骨判別に関するヒントの請求、そして、精霊の赤ちゃんの保護要請。
初御目文字で二つもお願いをしてしまった。
厚かましい奴だと愛想をつかされたかもしれぬ。
内心たらりたらりと再度冷や汗をかいたが、マシューに愚痴る訳にもいかない。
「お連れした甲斐がありました」
うう。マシューの笑顔が胸に痛い。きっと自分に対する彼の評価も下がっているのに、ちゃんと対応してくれている。ありがとう。マシュー。
「ええ。さあ、帰りましょうか」
マシュー、後で君にお菓子を献上する。絶対。クローディアはそう心の中で誓った。
この回は個人的に好きです。
不思議なシーン、もっと書きたいです。




