第17話 えっ!? えええっ!? マジですか?!
新たな難題。
ガーブスの説明によるとヒースの遺骨である頭蓋骨が埋葬されている場所は調べがついている。だが、敵国の騎士の個別の墓などある訳はなく、まとめて埋葬されているという。そのたくさんの埋葬されている骨の中から、たった一人、特定の遺骨を見つけなければならない。
いったいどうやって? どうしたらいい?
良い考えなどまるで思いつかない。
この難題が解決しなければ、隣国セインピア聖教国へ行く手立てを整えたところで何もならない。
クローディアは肩を落とし、とぼとぼと歩く。
その後ろには、マシューが護衛としてついて来てくれる。
今日は早朝の温室のお世話も、午前中の勉強にも全く身が入らなかった。
頭は先の問題がぐるぐるとまわるばかりである。
これではいけないと、午後は気分転換を兼ね、教会巡りである。
今日は馬車を使わず、徒歩である。執事のギルバートには渋い顔をされたが、近場だからとなんとか押し切った。これがエルネストが一緒であったら、まず無理だっただろう。
エルネストはガーブスのお供に、またも王城へと上がっている。セインピア聖教国へ行く手立てを立てる為である。それにクローディアはついていけない。
王城に上がるだけの身分がないからである。ガーブスとアウグスト、それにエルネストに任せるしかない。エルネストは一緒に行けないことにかなり不満なようであったが、それが身分差である。納得してもらうしかない。エルネストには申し訳ないが、侯爵家に滞在するだけでもいっぱいいっぱいなのに、王城に行くなんてとてもじゃないが、胃がもたない。
うむ。遠くから侯爵の2人によしなにと頼むのみである。人間分相応を知るのが肝心なのである。
「それにしても流石は王都ですわねえ」
王都ヘリケア。王国の中枢。カルギニア王国の最大の都市であり、人も多い。そして人工物もまた多い。したがって自然が少ない。そしてなんだか、空気も薄い気がする。息苦しさを感じるのは気のせいか。
そんな王都の中でも、教会は落ち着いていて静かで、緑もある。
クローディアの憩いの場である。男爵領はかなり自然が多い為わからなかったが、王都に来て教会のありがたさが実感できた。この前行ったフリージ教会もよかった。
また、今後の亡霊へのお引越し先として、下見もできる。何を祀っているのか。神父様の人柄はどうかなど。それに妖精はいるのかなどなど。まさに一石二鳥である。
クローディアはどうせならと、小さなメモを作り、そこに教会の特徴を書いておこうと思っている。そしてある程度たまったら、角を糸で綴じる。そうすれば、教会記録本の完成である。
夢の一つの第一歩である。
ちなみに少し高いが、大きな紙を購入して、独自に王都の教会マップの作製を試みようとも思っている。ニコル叔父よ、帽子や糸のアイデア料、期待しているぞ。
「うふふ」
気分少し浮上してきた。
足取りも軽くなる。
今クローディアが向かっているのは、貴族街の末端に近い教会である。
マシューに歩いて行ける範囲で教会はないかと尋ねたところ、今向かっている教会を紹介されたのである。
その教会の名は、マーテンシャル教会。武神ガンダンテを祀っており、騎士たちに人気だとか。
「武神様。どんな神様かしら?」
武神を模した立像、楽しみである。
グレームズ男爵領にももちろん、教会はある。しかし、色々な神を祀るほどの数はない。祀るは主神の女神エーレフィア一択である。その為武神ガンダンテの像を見るのは初めてである。
「とても凛々しいお姿をしておりますよ」
マシューがにこにこと教えてくれる。
武神様、どんなお姿だろう。
「あら?」
侯爵家を出る前とは雲泥の差の軽い足取りで、教会の前につくと、職人と思しき男たちが教会の中へと入っていく。よく見ると、教会の周りも足場が組まれている。
どうやら補修工事をしているようだ。
立ち入り禁止にはなっていないようだが。
教会に少し入ったところで、マシューが先立ち、様子を聞いてくれる。
「どうやら、内装は殆ど作業は終わっているらしく、お祈りはできるとのことです」
「まあ、よかったわ。折角来たのだもの。ご挨拶せずに帰ることはできませんものね」
「そうですね。さあ、どうぞこちらへ」
マシューに促され、先に進む。
教会の中央には長細い絨毯が導くように敷かれ、その両脇に均等に並ぶ、木製の長椅子。教会の作りはどこも似たような作りである。
絨毯の色は紺。地味目である。
それを追って、視線を絨毯の終点から上へとゆっくりと上げる。
「まあ!」
なんと武神ガンダンテの像は真っ赤であった。そして髪は炎のように立ち上がって、顔が見るものを睨んでいるようだ。はっきり言って怖い。引くぐらい怖い。
なぜ、赤。真っ赤なのか。通常、木彫りであったり、青銅色だったり、乳白色だったりなのに。
武神さまのカラーは間違えようもなく、赤なのだろう。
絨毯が紺と地味目なのは、武神様を強調するためであろうか。
「凛々しく神々しいお姿でしょう?」
マシューが誇らしげに語る。
「ええ。そうですわね」
うむ。男子と女子の感覚が違うことをここで改めてわかった。
ともあれ、我が国を支える一柱である。
膝を折らないという選択肢はない。
クローディアは手を組み、祈りをささげる。
初めて御目文字叶い光栄に存じます。
いつもお守りいただきありがとうございます。早速で申し訳ございません。
どうか悩み事を聞いてくださいませ。ヒース様の骨をどのように判別すればよいでしょうか。
彼は先の戦争で命を落としてしまいました。彼の遺骨である頭の骨は仲間とともに、セインピア聖教国に埋葬されております。そのたくさんの骨からどうしたら、彼の骨を見つけられるでしょうか?
どうか武神ガンダンテ様、よい考えが浮かぶように、導いてください!
クローディアは長々と祈ると、立ちあがった。
初めてなのに、厚かましいお願いをしてしまった。しかし今のところ神に縋るしかない状況なのである。今一度、インパクト満点の武神ガンダンテの像を見上げる。武神様の像の両脇には、薄緑色の女性の天使の像が一体ずつ鎮座している。天使様は美女で落ち着いた色合いなのに。なぜ、武神様、真っ赤なのか、あ、でも、天使様も、緑か。うむ。武神様は派手好きなのかもしれない。
「熱心にお祈りをしておりましたね」
後ろに控えていたマシューが感心したように、近づいて来た。
「ええ。日頃お守りいただいているお礼を申し上げていたのです」
それとお願いを沢山しました。
「教会の敷地を散策致しますか?」
「はい。もしできるなら」
「了解しました」
マシューは嫌な顔せず、付き合ってくれる。
彼はクローディアが妖精や精霊、亡霊など視えることを知らない。ただの信仰心が少し厚い幼女くらいに思っているだろう。
もし知っていたら、こうして付き合ってはくれないかもしれない。世間一般では妄言を吐く幼女と見做され、受け入れられないのをクローディアは知っている。敷地内の散策も本当に散歩の延長ぐらいに思っているだろう。
実は教会巡りは妖精、精霊探しの一環でもある。この王都でまだ妖精を視た事がない。ララもあまり外に出たがらない。今日も誘ってみたが断られた。今は専ら温室で過ごしている。妖精や精霊にとって王都は住みにくい場所なのかもしれない。
「まあ、人も多いしね」
妖精、精霊も住みにくかろう。でも亡霊は多い気がする。ここに来るまでもちらほら黒いものが。すべてスルーだが。
「え? なんですか?」
マシューが一歩前に出て、身を屈めてくる。
「ううん。何でもないの。それにしても、この時期に補修工事なんて珍しくないかしら?」
冬の天候だと、壁も乾きにくく、湿気もある為、作業が進めづらそうであるが。
「そうですね。あ、そう言えば、神殿も少し手入れがされると聞いています」
「まあ! 大きなご寄付でもあったのかしら?」
「お嬢様‥‥‥」
「いやだ。失礼」
だって、教会、ましてや神殿の補修などかなりなお金がかかりそうではないか。
「まあ綺麗になるのは、喜ばしいことよね。ほほほ」
クローディアは誤魔化すように足早に進むと、教会の建物から少し離れた場所から補修作業している職人を眺める。
壁に足場を組み、壁を赤茶色のもったりとしたものを塗り付けている。流石職人、握り柄に三角形の金属がついた鏝を操り、綺麗に塗っていく。
「あっ」
と、その時、弘法も筆の誤りか見ていた職人が、鏝を落とした。
高いところで作業していた為、鏝は真っすぐ地面に落ちていく。
その先には少し大きめの石。
鏝の金属の部分が石にぶつかった。
キン。
甲高い音。
実際音がなったかわからない。
ただ、クローディアには、響いた。
と同時に、火花。
一瞬揺らめき。
それは本当に小さくて。
儚くもすぐに消えてしまう刹那の光。
「って、消えない?」
小さい。あまりに小さい、それは、
「火?」
淡くオレンジ色の炎。
空中で浮いている。
消えない。ゆるゆると動いている。
「もしかして」
精霊が生まれた?
「え? ええっ?」
マジか。王都初の精霊、それも赤ちゃんである。
けれど、その子は吹けば消し飛ぶくらいに弱弱しい。
「あんなところにいたら、すぐにつぶされてしまうわ!」
そう叫ぶや、クローディアは駆け出していた。
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