第15話 ガーブス様! それフラグです。フラグ立てないでくださいませ!
「昨日途中までは、のんびりとエルネスト様とお茶を楽しんでおりましたのに」
ついクローディアの口から愚痴がぽろりと漏れる。
おしゃべりの内容がたとえ首無し騎士対策の話だったとしても、エルネストと2人でそれほど肩ひじ張らずにくつろいでいた。
「なのに」
エルネストの祖父であるガーブスが屋敷へと急遽帰宅して。ガーブスとの初お目見えが終わるや否や、エルネストが自分の描いた首無し騎士の絵をガーブスに見せて心当たりがないか聞いてしまった。
そこからが怒涛の展開。ガーブスは首無し騎士こと、ヒースをよく知っており、その後はガーブスへヒースについての質問会が始まり、果ては対策や問題点まで延々と話し合った。しかも現当主であるアウグストを含め、侯爵家とクローディアを含めたプラスワンのメンバーでである。
なぜ一日一日がこうも重くなるのか。
おかげでこのところ、夜は枕に頭をつけた途端、スコンと眠りに落ちてしまう。
エルネストも同じようで、目の下のクマもほとんどなくなった。
その点に関しては、よかったと言えるかもしれない。
でも、6歳児の生活ではない。もっとふわっとゆるっと、頭を使わずきゃっきゃっしていいお年頃の筈である。
納得いかん。
「何か言った? クローディア? どうしたの? 眉間にすごい皺が寄ってるよ?」
隣を歩いていたエルネストが、心配そうに顔を覗き込んでくる。
「何でもないですわ」
何でもありありである。こうなったら、時間を見つけて、必ずや楽しい食べ歩きツアーを決行する。絶対だ。
「本当?」
「ええ」
うむ。その時は、気楽に女子だけで! すまんエルネスト様! それを楽しみに頑張るから!
口と裏腹な事を考え心を慰め、意識して眉間から力を抜く。
「それよりも、どこにヒース様はいらっしゃるかしら?」
今、クローディアとエルネストは朝食前の早い時間、首無し騎士こと、正体が判明したヒースを探して屋敷を歩き回っていた。首無し騎士の正体がわかったので、改めて彼に接触を試みようと思ったのある。もしかしたら、首無し騎士も自らの名前を呼ばれれば、何らかの反応があるかもしれない。その望みを持っての挑戦である。
昨日侯爵一家とプラスワンでの少し遅い午後のお茶の後、夕食まで時間があったが、2人は挑戦するのは、翌日と即頷きあった。
理由は前回の時と同様である。夕方暗くなり始めた時間帯に、首無し騎士と対峙するのが怖かったからである。正体がわかっても怖いものは怖い。それを夜になんて無理。避けられるなら避けたい。足と心臓に負担がかかりすぎる。
その為挑戦は翌日の朝、つまりは本日になったのである。
「あ、いましたわ」
2人が歩いている先、今日も斧を持った首無し騎士がのしのしと歩いている。
「ああ、近づくにつれてひんやりしてきますわねぇ」
朝ならその存在感も多少薄れかと思うだろうが、圧は健在である。それでも明るい日差しがありがたい。
「行きましょう!」
「うん!」
2人は、怖気づく心に無理やり気合を入れて走り出した。
10分後。
「ダメだったですわね」
「うん」
クローディアとエルネストは首無し騎士の後ろ姿を見送りながら、呟いた。
彼の名前を何度も呼んで、何とかこちらを認識してくれるように試みたが、正体不明の時と同様、成果が全く得られなかった。
足もとめられないまま、ガン無視である。
「期待してはいなかったですが、やはり残念ですわ」
「うん。もしかしてとの思いは少しはあったからね。これで意思の疎通ができれば、改善策が見つかるかもしれなかったからね」
「でも、今まで会話が成立する亡霊には会ったことないですわ」
「そうだね」
「ララが言ってましたけど、より強い亡霊ほど、人間としての人格が残っているかもと」
2人はそこで顔を見合わせる。
「会いたくないですわね」
「会いたくないね」
どうかどうかお願いします。
首無し騎士がこれから会うであろう亡霊の最上位でありますように。
クローディアは切に願った。
はあと一つ息を吐きだすと、クローディアとエルネストは食堂に向かった。
昨日は、早めにアウグストが帰宅したため、侯爵一家とプラスワンでの夕食となったが、アウグストが多忙のため、一家が揃うのは、朝食の場しかない。
その為、首無し騎士の進捗を報告するには、朝食の席が適しているのである。話題が食事と合っているかは、不問にしてもらいたい。
食堂に入ると、2人のほかはもうすでに席についていた。
「遅れて申し訳ございません」
クローディアは詫びを入れつつ、自分に与えられた席に着く。
ちなみに席次は、お誕生日席が当主のアウグスト、左側にガーブスその隣がヴォルター、右に侯爵夫人、エルネスト、クローディアである。
しかし、このテーブル何人座れるのだ。長すぎるだろう。
このテーブルが満席になることもあるのだろうかと余計な事を考えてしまう。
「さて、はじめようか」
アウグストのその一言で食事が始まっった。
基本パースフィールド侯爵家の朝食時は大変静かである。
グレームズ男爵家とはえらいちがいである。食事に全集中ということであろうか。
半集中ぐらいにして、おしゃべりしながら、食べたいがマナー的にはダメなのだろう。
ああ、気楽なお家に帰りたい。とは思うけれど、食事内容は段ちに侯爵家が上である。悩みどころだ。
表面はとっておきのおすまし顔で朝食を堪能しつつ、脳内ではたいして意味もないことを考えているクローディアである。
いや、こうした考えも必要だ。脳のリラックスには。うむ。
自分の正当性に納得していると、アウグストがエルネストに話しかけた。
「さて、それで? 今朝は成果があったかな?」
主語がなくても、皆わかる。朝っぱら亡霊の単語は極力さけたい。
うむ。わかります。わかりますよ、アウグスト様。
「いいえ。残念ながら」
食後のお茶に視線を落としつつ、エルネストは答えた。
「そうか」
「やはり、正体がわかっても、頭がないとダメなのかねえ」
ガーブスがお茶の香りを楽しみつつ、呟く。
「正直、頭を取り戻しても意思の疎通ができるかはわかりません。ですが、今のままでは埒が明きません。ヒース様と僕らと、ともに安らかになれる道を探るために、可能性のある事をすべて試したいのです」
おお! エルネスト様! 怖がって布団かぶって引きこもっていたのが、嘘みたいである。
すごい成長である。後は、テーブルの下、私の手を握るのやめられたら、パーフェクトだ。
アウグストもエルネストを見つめる目が優しい。
うむ。テーブルの下は覗かないでください。
「そうか。わかった。それじゃあ、僕もエルネストに協力しなきゃだね」
そう言って、ガーブスはテーブルの上に小さい黒い木箱を置いた。
「お祖父様、それは?」
「これは昨日話した心当たりさ。首無し騎士ヒースがなぜ、この侯爵家にいるかのね」
ガーブスはみんなに見えるように、箱を傾けた。
「あ!」
思わず、クローディアの口から驚きの声が漏れた。。
エルネストをはじめ、他の皆も目を見張っている。
その箱の上蓋には、首無し騎士の胸にある紋章と同じものが刻まれていた。
「この中にはね、ヒースの骨の一部が入っているのだよ」
「ええっ! どうしてでしょうか?!」
はしたなくもクローディアの口から、言葉が迸る。
「うん。これはね、父が生涯肌身離さず持っていたものなんだ。自分の判断ミスで副官にその尻拭いをさせ、死なせてしまった。そのおのれの愚かさを忘れないよう戒めとしてね」
ガーブスは箱の表面をなでる。
「父は僕がへまをやると、この箱を出して言った。功を焦るな。常に冷静であれ。一つの過ちが幾万もの部下を死なせる事もある。常にそれを頭に入れておけと」
子に上に立つものの心得を教え、常に律していたのかもしれない。二度と同じ過ちをしないように。そして子供に自分と同じ思いをさせないように。
「エルネストとクローディアの話を聞いて、この箱の存在を思い出したんだ。父が亡くなってからずっと僕の机の引き出しにしまっておいたのをね」
「ヒース様は骨に引き寄せられて、ずっとここにいるのでしょうか?」
クローディアは首をひねる。
「骨だけじゃなくて、父の思いも重なったからじゃないかな」
「ああ、だから、お墓ではなく、この屋敷に」
なるほどそれなら、納得できるかも。とすると。
「あの」
そこでヴォルターが口を開いた。
「もし、そうならもしかしてヒース様の亡霊は、彼が亡くなってからずっとこの屋敷にいたのでしょうか?」
あ、今まさにクローディアが考えていたことである。
食堂に何ともいえない雰囲気が流れる。
誰も断定しない。いくら視えないからとはいえ、何十年も亡霊と同居していたなど考えたくないからか。
あ、それをいうなら、領地での屋敷でも同じか。
うむ。ヴォルターの若様、深く考えてはいけない。
流しましょう。そうしましょう。
「あの、今のお話を聞いて考えてみたのですが」
エルネストが、顎に握った拳をあてて呟く。
「曾祖父様亡き今、彼をこの屋敷に引き留めているのは、その遺骨かもしれません。彼の骨を教会に、あるいは彼の遺骨を墓に戻したらどうでしょうか?」
なるほど! そうだ、彼の骨をグリント様が持っていた為にここに来たのなら、骨を墓に返せば、お墓にお引越ししてくれるかもしれない。もしくは先に教会へと持っていって教会にお引越ししてくれれば、教会のほうが祈りを捧げてくれる人も多い。
教会であるいはお墓で祈りをずっと捧げられれば、いつか遥か高みへと昇ってくれるかも。
「ああ、そうだね! 試してみる価値はあるよ! うん!」
ガーブスは何とも言えなくなった雰囲気を打破するように、少し大げさに同意してくれた。
「じゃあ、この箱をエルネストに預けようかな」
ガーブスは執事のギルバートへ箱を渡す。
「わかりました。お預かりします」
エルネストがそれを受け取った。
「エルネスト様、流石です!」
本当、これで首無し騎士ヒース様がお引越ししてくれたらよい。
「ありがとう。でも、そう上手くいくかどうか」
折角糸口が見つかったのに、エルネストは難しい顔のままだ。
「エルネスト様? 何か気にかかることが?」
「いや、可能性があるなら、試してみないとね」
そう言ってエルネストは首を振る。
「さてさて、これで済めばよいね」
ガーブス様まで不吉な事を。
やめてください、ガーブス様。それ、フラグですフラグ。
クローディアは内心突っ込んだ。
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