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第13話 陽気なお祖父様です。でも話す内容はハードです

少し長めです。少し物語が動きだします。

「おお、エルネスト! 元気になったのだね!」

 一階に降り、応接室に向かうとそこには、エルネストを笑顔で迎える男性がいた。

 ガーブス=パースフィールド。

 前パースフィールド侯爵家当主であり、エルネストの祖父。白髪交じりの紫紺入り銀髪。藍色の瞳。パースフィールド侯爵家の色を色濃く継いでいる人である。

 祖父といってのまだまだ若々しく、現当主の兄といっても通るくらいである。そう見えるのは瞳の柔らかさからかもしれない。

 ここに来る間エルネストから聞いた話では、家督をアウグストに譲ってからは大陸中を旅行して回っているとか。なんともうらやましい限りである。

「お祖父様、お久しぶりです。お元気でしたか?」

「ああ、もちろん! 元気でないと、色々なところを見て回れないからね!」

「お義父様、あまり無茶をなさらないでくださいませ。お義母様がおられたら、なんとおっしゃられるか想像して行動をお願い致します」

「フラウはきっとにっこり笑って、許してくれるさ。いつもそうだったからな。さあ、それより、エルネスト、そちらのかわいらしいお嬢さんを紹介してくれるかな?」

「はい。彼女はクローディア=グレームズ、僕の大事な女の子です」

 ぐっ。エルネスト様、普通に普通に紹介して欲しかった。

 口がひくりと引きつるのを堪え、クローディアは膝を軽くおり、礼を取る。

「お初にお目にかかります。グレームズ男爵が一女、クローディアでございます。少しの間お世話になっております」

「ああ、アウグストから聞いているよ。でも、こんなかわいらしいお嬢さんだとは聞いていなかったかな。はは」

 軽い。アウグストより、遥かに軽い。親しみよりも、引いてしまうレベルの軽さである。

「さあ、二人とも座って。色々話を聞かせてもらいたいな」

 ガーブスに促され、エルネストとクローディアはソファに座った。

 ちなみに本日のソファセットは3人掛けのソファがローテーブルを挟み置かれている。

 色はもちろん紫紺である。入口から少し遠い右にあるソファに前侯爵であるガーブスと侯爵夫人のフロレンシア。残ったソファにヴォルター、エルネスト、クローディアが座っている。

 何、このアウェイな空間。侯爵一家団欒の中に紛れ込んでしまった異分子下位貴族の娘の私。帰っていいですか。

「お祖父様、今日はどうしたのですか? いらっしゃるとは聞いていなかったので、驚きました」

「ああ、今フロレンシアとヴォルターに話していたところなんだけどね、ちょっと用事が早く終わったし、エルネストの顔がすごい見たくなってね、こっちに寄ったんだよ」

「お義父様、先程ヴォルターにも同じことをおっしゃってましたわね」

「うそはついてないよ! 2人の孫の顔を見たいと思っていたからね」

「まあ。相変わらず、お口が滑らかですこと」

 うむ。ガーブス様はこれが平常運転らしい。軽さに乗せられ、つるっと下手を打たないよう気を付けよう。

「いつまで王都にいらっしゃるんですか?」

「そうだねえ。まだ決めてないよ。王都にはかわいらしいお花たちも沢山いるからなあ」

 うん。そして女性好きなのかもしれない。

「あの、お祖父様、少しお聞きしたい事があるのですが」

「なんだい?」

「この紋章をご存じないでしょうか?」

 エルネストは胸ポケットから、四つに折りたたんだ紙を取り出し、開いて見せた。

 それは、エルネストが描いた首無し騎士の絵だ。

 そうか。エルネストの祖父は前侯爵である。きっと現侯爵よりももっと昔の侯爵家を知る人物だ。首無し騎士がどの年代の亡霊かは不明だが、聞いてみる価値はある。

 流石だ。エルネスト様。

「これは?」

 先程までの軽さがすっと引き、目が鋭く光る。

 まるで顔つきが違う。真顔になるとアウグスト様よりも怖い。

 しかし、絵を見た途端顔色が変わったという事は、心当たりがあるのか。

 できれば今すぐにでも、エルネストの引きこもりの原因になった亡霊視える事件から今までの経緯を話して首無し騎士の正体の手がかりを聞きたい。今現在、亡霊をこの屋敷からお引越し願う手立てが皆無なのだ。藁にもすがりたいのである。

 けれど、このまま話を進めてよいものだろうか。アウグスト様はエルネストの引きこもりの原因をどこまで話しているのだろうか。もしそれほど詳しく話していないならば、エルネストの傷にもなりえる事柄を祖父とはいえ、アウグストの許可を得ないで、話してよいものか。悩みどころである。どこで、お家がぺしゃんこになる罠が待ち構えてるかわからないのである。

「それは、この家にいるという亡霊の絵です」

 と、苦悩していたクローディアの耳に、低い美声が響いて来た。

 声の方向に目をやると、丁度現侯爵家当主のアウグストが入って来るところだった。

「父上、王城に来るものと思っておりましたが」

 アウグストが実の父ガーブスの隣に腰を下ろしながら、じろりと睨む。

 アウグストが座るとさっとお茶が出される。

「いや、はは。もう年だからね。これから王城に行くと長くなりそうだからさ、明日改めて行こうと思ってたんだよ」

「私は早く報告が欲しかったんですが」

「うん。だから、報告書は先に届けたでしょ? ほらもう僕年だからさ、疲れが出てしまって。ああ、腰が痛い」

 そう言ってワザとらしく腰をさする。

 さっきまでこの部屋で一番元気だったと思うが、それは突っ込んだらいけないだろう。

「ふう。結構ですよ。こちらとしてもお手伝いいただいているのですから、文句はいえません」

「本当だよ! 身内使いが荒いんだから」

「はい。申し訳ありません」

 あれ。最後はアウグスト様が謝る形になってる。

 横を見ると、若様もエルネスト様も普通だ。これが通常なのかもしれない。

「アウグストも今日は仕事終わったの?」

「ええ。まあ、父上も屋敷にいると報告があったので、帰宅しました」

「そう! よかったじゃないか。僕のおかげで、早く帰れたんじゃない」

 うん。どこまでもポジティブなお祖父様である。

「そういう事にしておきましょう。話を戻します。父上、この絵の紋章に心当たりがあるのですか?」

「あー、まあね。その前に首無し騎士の亡霊って? 僕、その話は聞いていないよ。エルネストが亡霊が視える話は聞いてたけど」

「ああ。そうでしたね」

 そこで、アウグストがこの屋敷に首無し騎士の亡霊が歩き回っていて、なんとかその亡霊を遥か高みへと導く方法をエルネストとクローディアが探していると説明してくれた。

 その間、侯爵夫人フロレンシア様とヴォルター様は微妙な表情で無言を貫いている。

 首無し騎士の絵だって、きっと子供の空想だと思っているのかもしれない。

 亡霊や妖精を言葉にして説明すると、どうしてこうもうさん臭く聞こえるのだろう。

 本当のことなのに、いたたまれない気持ちになってしまう。

 けれど先の2人とは違い、ガーブスは疑うことなく、うんうんと頷いている。

 疑っているそぶりを少しも見せない。見せないだけなのか。あるいは本当に信じてくれているのか。

 クローディアの視線に気づいたのか、ガーブスがいたずらっぽい目を向けてきた。

「クローディアちゃん、本当に信じてくれてるのかなあって疑ってるでしょ?」

 う。ばれてる

「申し訳ございません」

「あはは。いいよ。うん。僕はエルネストと君が亡霊を視えるって言葉、信じるよ」

「どうして、あっさり信じてくれるのでしょうか? 信じてもらえないほうが大半ですのに」

「うん。それは、僕が戦争体験があるからかもね」

「戦争体験、ですか?」

 それと亡霊とどう関係があるのだろうか。

「うん。僕の子供の頃、隣国のセインピア聖教国と戦争をしていたんだ。今よりも死が近い時代を生きて来た」

 ガーブスは窓の外に目を向ける。

「戦争は国もそこに住む人の心も荒らす。できれば、もう二度と経験したくはないね」

 そこで気持ちを振り切るように、またガーブスはこちらを向いた。

「戦中戦後、説明がつかない不思議な話をいくつか聞いた。実際体験した事もある。だから、君たちの事も信じるよ。世の中、自分が知らないことが沢山あっても不思議じゃないからね」

 そう語ったガーブスの目は澄み切っていてなんだか少し怖かった。

「さて、この紋章の事を聞きたいんだったね。聞いてどうするのかな?」

「はい。できれば、首無し騎士の正体を突き止めて、遥かなる高みへと旅立ってもらえるように説得したいのです」

 エルネストが答えた。

「説得なんてできるの?」

「わかりません。ただ、正体不明のまま、語り掛けるより、効果がある気がして。もしそれでだめなら」

「だめなら?」

「頭を探したいです」

「エルネスト様?!」

 クローディアは驚いて声を上げた。

 そこまで考えていたなんて、聞いていなかったからだ。

「だって、正体がわかっても説得できなかった場合、その原因の一つとして考えられるのは頭がないからじゃないかな」

「そもそも、今まで亡霊とお話できていないです! 頭があってもなくても」

「それを言ってしまったら、僕らはもう手段が全くなくなってしまうよ。可能性があるなら、すべて試してみたい」

「エルネスト様」

 そんなに恐怖の対象を取り除きたいんですね。わかります。首無し騎士様の存在感半端ないですしね。

「申し訳ありませんでした。さようですね。可能性のあることはすべて試さないと」

 クローディアはエルネストの手をぎゅっと握る。

「そうか、うん。2人の気持ちはわかった。そうだね。首無し騎士の亡霊の為にも、生きている人間の精神衛生のためにも、遥かなる高みに導いてあげた方がいいね」

 そこで、ガーブスはすっと背筋を伸ばしてから、話し出した。

「この鎧に描かれている紋章は、ガナルディア子爵の紋章だ」

「ガナルディア? 聞いた事ないですね」

 アウグストが顎に手を当て記憶を辿る。

「うん。もうずっと前に爵位を返上して、ガナルディア家自体なくなってしまっているからね」

 ガーブスはそこで、目を伏せた。

「この首無し騎士はおそらくヒース=ガナルディア。僕の父、グリント=パースフィールドの側近だった騎士だ」

「僕の曾祖父(ひいおじい)様の側近の騎士」

 エルネストが呟く。

 すごい。いきなり正体が判明してしまった。

「あの、前侯爵様が即答できるくらいに、パースフィールド侯爵家に出入りしていた騎士だったのですか?」

「前侯爵なんて、言いにくいだろう。ガーブスじいちゃんでいいよ」

 いや、その見た目でじいちゃんて。それにもまして恐れ多すぎる。

「それでは、お言葉に甘えまして、ガーブス様と」

「はは。残念。そのうち呼んでね。質問の答えだけど、そうだね。それもある。でも最大の理由はね、父が、自分が誤った判断を下したせいでヒースが死んでしまった事を、ずっと悔やみ続けていると僕が聞いていたからだよ。父は彼の死を自分の戒めとして生涯忘れなかった。だからかな、すぐにわかった」

「曾祖父様が過ちを?」

「ああ、そのせいでヒースを殺してしまったと、ずっと悔やんでいたんだ」

 エルネストの曾祖父であるグリント=パースフィールド、その人がヒースが死ぬ原因をつくったというなら、ヒースはパースフィールド家を恨んでいるのかもしれない。そしてそれが首無し騎士がここに留まる理由なのかもしれない。

「お祖父様、話していただけますか?」

 エルネストが真剣な目で願う。

「うん、そうだね。彼がまだこの地に、この屋敷にいるのなら、話さないといけないね」

 ガーブスは自分に言い聞かせるように呟いた。

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