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*短編*

美味いポークステーキ

作者: 小坂みかん

 俺たちの一日は、壁に備え付けられている給仕機に話しかけることから始まる。

「おはよう。目覚めのコーヒーを、一杯」

 もちろん、ここから出てくるのは本物なんかじゃない。水と、分子レベルで調合された様々な合成食材を用いて作られた偽物だ。もちろん、このカップに入った濃褐色の液体からは鼻をくすぐるようなかぐわしい香りもするし、舌の上を通せば少々苦みの効いた深みのある味が喉へと落ちていく。しかし、だからといって、これは本当にコーヒーなのかは神のみぞ知るということろである。どうして俺が断言できないかというと、俺自身が本物を飲んだことがないからだ。

 俺は宇宙移民船ボイジャーの管理クルーだ。数世紀前に地球を旅立ったこの船は、多くのコールドスリープ乗員と、俺たちのような一部の生身の人間を乗せて移民予定の惑星アルファに向かって航行している。どうして乗員の全てが冷凍されているわけではなく、俺たちみたいに起きているやつらがいるかというと、それは船の定期メンテナンスやら、アクシデント発生時の対応が必要だからだ。

 俺たち生身のクルーは機械管理されていて、結婚相手も近い血縁同士とならないように配慮されている。船を管理し、子を作り、船が目的地に着くまでに必要な知識を子に託してというのを繰り返して今に至っている。ちなみに、俺が初代から何人目の子孫なのかは、正直忘れてしまった。

 給仕機はとても便利な代物で、どんな民族料理でもきっちりと再現してくれる。ただし、その形状は全て四角いキャラメルのようなものであり、再現されているのは味だけだが。それでも、そのおかげで、少ないながらも多種多様な文化を有している俺たちクルーの誰もが、食事で難民化したことはない。だが、それでも、たまに例外は現れる。俺の同僚のマイクが、まさにその例外だった。

「本物そっくりの味とはいえ、本物じゃあないんだもんな。本物の食事って、一体どんな味なんだろう」

 キューブ状のチーズバーガーとやらを指ではじきながらぼやくマイクに、俺は呆れて返した。

「本物なら、三か月に一度食べているじゃないか」

 そう、実は俺たちの食事は何も給仕機からのみ提供されているわけではないのだ。食というのはとても大切なものであり、人間らしさを保つためにも必要ということで、三か月に一度だけ”本物の食事”が提供される。それはささやかな野菜の付け合わせが添えられたポークステーキだった。

「農業担当のやつらは、ステーキ以外のものも食べてるんだろうな。だって、豚は捨てるところがないっていうくらい、どの部位も食べられるらしいし。きっと、ロスが出るよりは食っちまえってことでアレコレと食べているに違いない」

「野菜はどうかは分からないが、豚は確か、試験管育ちだろう? それに、ステーキ以外の部位は食料用の分子素材などにリサイクルされているって話だろう」

 俺がそう返すと、マイクは「本当にそうだと思うか」と言ってニヤリと笑った。

 マイクが言うには、この船のとある場所に機械制御から外れたブロックがあるという。そこには、やはり管理下から外れたクルーが暮らしているそうだ。

「そんなスラム街みたいなところが、船の中にあるっていうのか」

「ああ。しかも、そこのやつらの中には、元農業担当のやつもいるらしい」

「それが本当だとして、だからって何なんだよ?」

「まだ分からないのか、ヒロ。つまり、そこでは常に”本物”が食えるってことさ!」

 そんな与太話をどこで聞いてきたんだと俺は思ったが、マイクは「確かな情報筋から聞いた」と言って譲らなかった。

 コールドスリープに耐えられなくなった人員や、死亡した生身のクルーは宇宙葬と称して死体を宇宙外に破棄される。ここからはまた与太話の類なのだが、実は死体は破棄されずに食用分子素材とされているのではといううわさがあるのだ。マイクによると、そのうわさを信じてやまない者たちが人食を拒否するために機器の監視をかいくぐってスラムを形成しているのだとか。そしてそこでは、昔ながらに飼育栽培されたものを昔ながらに食することができるというのだ。

「試験管飼育じゃない豚は、どんな味がするのかなあ。トロッとした脂身に、腹の底から元気が沸き出てくるような、ジューシーなロース肉……」

「試験管のやつだって、充分トロッとしていてジューシーだろ」

「お前は”本物”を知らないからそう言えるんだろ。”本物”を知ったら、絶対そんなことは言えなくなるだろうぜ。──なあ、そこの農場では、ありとあらゆる食材を作っているらしいんだ。野菜や家畜だけでなく、魚介類なんかも! お前、四角い”たこ焼きもどき”なんかじゃなくて、本物の丸いたこ焼きを食べてみたいとは思わないか?」

 たしかに、俺のソウルフードはこんなルービックキューブみたいな形で固い歯ごたえのものではなく、ふっくらと丸い形をしていたらしい。文献によれば、外はカリッとしていて、中はとろりとしており、真ん中にはぷりぷりとしたタコが入っているのだとか。

「想像してみろよ。食べてみたくならないか?」

 ニヤニヤと笑うマイクに乗せられて、俺はそのスラム探しに加担することにした。


翌日から、俺たちは作業の合間を縫って船内システムを調査した。

 ハッキングなどの悪さをしていないギリギリのところで、かつ同僚たちや監視システムに怪しまれないように情報を集めていく作業は骨が折れたが、とてもスリリングで、それだけでも平坦な毎日が色づいた。

 調査を進めているうちに、俺たちはシステムが正常であると偽装されているらしい、とても怪しい箇所を見つけた。そこは農業を担当するやつらの作業区画に近い、巨大な倉庫地区だった。

 完全にシステム管理された船内にスラム街のような治外区域があるといううわさ自体がナンセンスだと思っていたのだが、この発見には俺も驚かされた。そしてマイクはというと、場所が場所なだけに、これは単なる与太話ではなく、農業担当もグルの壮大な秘密計画のひとつなのではという妄想をし始めた。

「この船は、きっとただの移民船なんかじゃあないんだよ。ノアの箱舟なのさ」

「つまり、どういうことだよ?」

「うわさ通りの、ありとあらゆるものを作っている農場があるってことさ! 俺たち一般船員には”三か月に一度のご褒美”と教え込み信じさせておいて、地球同様の食材と食事を、ごく限られた、選ばれたやつらだけで秘密裏に伝えていっているんじゃあないかな」

 興奮気味にそう話すマイクに、俺はさすがに呆れ果てた。

「お前、それはさすがに、SFモノの見過ぎじゃあないのか」

「何言ってるんだ、ヒロ。お俺らのこの日常だって、数百年前に生きていたやつらからしたらSFだろ。だったら、今俺が言ったことだって全くないとは言い切れないぜ」

「それも、そうか……」

「ああ、ますます羨ましいなあ、農業担当のやつら! エンジニアの家系じゃなくて、農家に生まれたかったよ。そうすれば、俺も生まれながらにして秘密結社の仲間になっていたかもしれないのに」

 うっとりとした表情で、マイクは宙を見つめた。そんな彼に、俺は首をひねりながら言った。

「スラム街へと姿を消す船員のうわさ話があるくらいなんだから、何か特定の志願方法でもあるんじゃないか?」

 マイクは「それだ!」と言いながらパチンと指を鳴らすと、今度は秘密組織とのコンタクト方法を探ろうと提案してきた。

 こちらの調査は不審な場所を探すことよりもさらに労力がかかった。明らかに怪しい言動をしているとシステムに判断され、定期AI診断でも異常と見なされれば、俺たち船員は今以上の”管理”を受けることになってしまうからだ。いつもと変わらぬ日常を送りつつ、船内の”異質”を探して回るのは本当に大変だったとしか言いようがない。

「マイク、あなたは最近、心理状態が不安定であるように思われます。何か不安ごとでも?」

 うわさをすれば、だ。ある日、健康管理AIからマイクに、やんわりとした警告が来た。よっぽど、本物の美味い飯のことを考えすぎて思いつめてしまったのだろう。ちょうどそばでそれを聞いていた俺の肝も、すっかりと冷え切った。

「これ以上、詮索するのは野暮じゃないのか? もうやめようぜ」

 俺は乗りかけた船から降りようとしていた。だが、それでも、マイクは諦めるということを知らなかった。AIから疑惑をかけられてから数日後、件の組織との接触方法など、本物の美味い飯を食うのに必要不可欠な情報を全て仕入れてきた。それだけ、やつは”転属”に必死だったというわけである。


 彼らとの接触のための何もかもが整うと、俺たちはシフトを調整して、二人とも同じ日に休みが取れるようにした。

 システム上でも改ざんされていて、選ばれた者しか知りえない、永い間秘匿されてきたことだけに、そこに至るまでの手順はとても難易度が高いものだった。まず、俺たちは体内に埋め込まれた電子チップを介して所属から現在地まで事細かに管理、記録されている。なので、割り振られている仕事的に立ち寄るはずもない場所に何度も足を運べば、すぐさまAIに不審な挙動と見なされるし、AIを納得させられるような理由を申告できなければ、病気を疑われて”要管理”扱いされてしまう。

 また、電子チップを改造なんてしようものなら、下手すれば、移民任務の妨害容疑をかけられて消されてしまうかもしれない。

 しかし、幸運なことに、管理システムは常時俺らの体内にある電子チップにアクセスしているというわけではなかった。勤怠管理以外でシステムが作動するのは、不要な場所への立ち入り以外では、急激な体調悪化が起きたときくらいなものだ。一説によるとだが、あまり人間を機械のようにギチギチに管理するのも心身によろしくないということで、そのくらいザルな管理になっているようだ。

 だから俺たちは、網目のように張り巡らされた管理システムのほんの隙間を縫うようにして、AIに検知されないように慎重に”その場所”へと近づいていく必要があった。一度でも見つかってしまったら即アウト。コンピューターから警告がなされて、その場から立ち去らなければいけなくなるからだ。

 時間をかけて丁寧に”その場所”へと進んでいく過程で、いくつか通過しなければならないゲートがあった。それはパスワードを入力して開閉するものなのだが、その区域で働くやつらが勤務中に使用するものとは別に、組織との接触用コードというものが存在した。それを正しい順番で入力していく必要があった。

 そんな、幾多の面倒ごとをくぐり抜けて、俺たちはようやく例の倉庫区域に足を踏み入れた。そこには、うわさ通りの楽園が広がっていた。

「ホログラム室で体験したことがある。これは、牧場だ……」

「ここは地球上かと見紛うばかりだな……。やっぱり、うわさは本当だったんだ!」

 呆然とするばかりの俺とは対照的に、マイクは興奮して頬を上気させていた。ひゃっほう、と声高らかに叫ぶと、やつは手近なところに生えていた木から赤い実をもいでかじり、牛とやらに向かって走って行って、その乳から直接牛乳を搾り飲んだ。

「給仕機から出てくるやつとは段違いだ……。コクものどごしも全然違う! やっぱり、偽物は本物の足元にも到底及ばないんだ!」

「おいおい、気持ちは分かるが、落ち着けよ。いくらなんでも、勝手に手を出しちゃマズいだろ」

「そんな固いこと言ってないで、お前もこの赤いやつを食ってみろよ。これは、多分、リンゴだぜ。本物はこんなにもシャリシャリしていて、甘みがギュッとしているんだなあ!」

 マイクのはしゃぎように、俺は肩をすくめることしかできなかった。すると突然、俺は何者かに後ろから羽交い絞めにさた。少し離れたところにいたマイクも、誰かに踏みつけられて地べたをなめている。

 突然の出来事に恐怖した瞬間、自分の動悸の激しさに「これは、AIに検知されてしまうのではないか」という心配もよぎった。上がりそうになる呼吸を何とか落ち着かせようとしていると、マイクが作業着を着たマスク男に連行されながらこちらに戻ってきた。男の手には銃火器が握られていた。

「お前たちは初めて見る顔だな」

 落ち着き払ってそう言う男の表情は、暗いマスクで覆われているせいでうかがい知ることはできなかった。

「俺たちは、ちゃんと手筈を踏んでここに来た! だから、銃を向けるのはやめてくれ!」

 マイクが必死に懇願したが、男は少しだけ首をかしげただけだった。

「そうか。だが、残念ながら定員オーバーなんだ。”何もなかったことにできる”なら、お前たちを元の日常に帰してやろう」

 俺は勢いよく、何度も首を縦に振った。だが、マイクは「定員が空くまで待つことはできないのか」などと食い下がっていた。何やら言い争いをして、その果てにマイクが絶叫したような気がしたが……。


 目を覚ますと、俺は壁に備え付けられている給仕機に話しかけた。

「おはよう。目覚めのコーヒーを、一杯」

 給仕機が用意してくれたコーヒーを飲みながら、俺はふと「何か、悪い夢を長いこと見ていたようなする」と考えた。しかし、どんな悪夢だったかを思い出そうとはしなかった。そんな不毛なことをしたところで、だれも幸せにはなれやしないんだから。

 いつも通りに仕事を終えると、定例会議などで使用される大部屋に移動した。とうのも、本日は三か月に一度の特別な日だったからだ。

 席に着いた同僚たちが、運ばれてくるポークステーキに舌なめずりした。

「今回も、美味しそうだなあ」

「ああ、素晴らしい。この船で唯一、特別ともいえる”本物”の……」

「この日が来るたびに、独りぼっちの部屋で食う”偽物”が霞んで飛んじまうよな」

 口々にそう話す同僚たちに頷きつつ、俺もポークステーキが待ちきれなくて手もみした。

 目の前に置かれた皿には、品のある茶色いソースがかかったボークステーキ。脂身がわずかながらもテラテラと光っていて、俺はそれを赤身部分と一緒にふんだんに口に含むのが大好きだった。

 口の中に放り込むと、脂身からジュッと旨味が飛散して、グッと噛んだ赤身からはコクのある肉の味がジワリと広がっていく。

 付け合わせの野菜たちも素朴な甘みが最高に良かった。

 俺たちはポークステーキに夢中だった。一心不乱に、しかしながら「この次は三か月後」とばかりに惜しむように、目の前の肉の味を舌と腹に焼きつけた。

 心ゆくまで”本物の、美味いポークステーキ”を堪能して、食後の偽コーヒーを飲み始めたころ。同僚のうちの誰かがぽつりと言った。

「そういやあ、最近、マイクを見ていない気がするんだが。体調でも崩したのかなあ?」

 親友の名前が、そんな名前だった気がする。けれども、そもそも、俺にそんな親友なんかいただろうか? ……俺はそう不思議に思いつつも、先ほどのポークステーキの絶品さに思いを馳せていたのだった。

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