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国とのつながり

 青を基調とした清廉な制服。短くしても艶はそのままで、流れるような金髪。顔も美形と言っていい造形だが、どちらかといえば少年のような凛々しさが勝るか。華奢なラインを見れば女性であると疑う者はいないだろうが。

 神儀省の新人調停官、ロイコ・ジラ・ミクトは辞令書を睨みつけるように眺めていた。


 忘れがちになるが、シリシャス教国はあくまで遍く宗教を打算のために広く受け入れているのだ。よって国の側からすれば首輪を付けておきたい。その首輪から伸びた鎖の届く範囲で鷹揚なのだ。

 そこで俗世と宗教を繋ぐ官職がいくつも生まれた。調停官もその一つで、この職は新しい部類に入る。勢力の小さい宗教に密着して、陰謀などを探るのが主任務で華々しいものではない。



――明らかに嫌がらせの人事ですわね。



 睨みすぎた目を揉んで、顔を元に戻す。結構、結構、そんな嫌がらせなど慣れたものだ。誰が気に留めてやるか。熱意で落ち着く。

 シリシャス教国は貴族制ではなく名家制だ。ロイコの属するミクト家は建国からしばらくはそれなりの家であったが、地理的な距離などの要因で下の上辺りまで落ちてきてしまっている。


 そんな半端な名家から生まれた優秀な彼女は、嫌がらせ相手として恰好の的だった。容姿まで優れているのが随分と関係しているだろうが、それら全てをねじ伏せてきた。

 そして、どうやら上官にも嫌われているらしい。しかし、今度も結果で跳ね返す。



「アゲイト教、なにするものぞですわ!」



 嫌がらせはともかく、友人ができなかったのはその熱意ゆえだということにロイコは気付かない。

 家の立場さえ一人で支えてみせるという気概は、とても普通の人間が持てるものではないのだ。


/


 幸い目的と上の思惑が一致している。それは戦における優位性の確保だ。神士はほとんどの宗教で一般兵を相手にしない。大抵の場合、力量差が有りすぎて、弱い者いじめの様相を呈するからである。

 それでも神士を連れて行く意義は大きい。神士の存在は教国に限らない。加えて一部の宗教は容赦なく、兵士達すら相手に暴威をぶちまける。そうした存在へのカウンターは絶対に必要なのだ。


 つまり、ロイコは嫌がらせではなく、年齢に反して期待されているのだ。


 そのことに気付かないまま、その日の内にロイコはアゲイト教会へと向かう。

 アゲイト教は先に挙げた例外の中の一つだ。敵兵が覚悟を決めた者という条件は付くが、アゲイトの使徒はその武を存分に発揮する。試練を愛でる教えにおいて戦争は格好の場でもあるのだ。


 もう一つアゲイト教の異常性を挙げるなら、同じアゲイト教徒相手にも平等に戦うという点がある。

 教義からすると当然なのだが、国からすれば頭が痛い。同じ教徒同士で争わないのは教国の思惑通りと言えるが、それが適用されない。

 幸いにしてアゲイト教を信奉するものは少ないが……アゲイト教の神士は二人(・・)いる。

 神士は何も戦闘能力だけを見て選出されるわけではない。むしろ、人徳や学識を立てた者に神が力を分け与える場合の方が多い。

 だが、アゲイト教の神士は二人共に自己練磨で位階を上り詰めた者だ。絶対的な差ではないが、ぽんと力を与えられた者との間には経験という大きな有利がある。


 神士同士の戦いは基本的に避けるのが国というものだ。そして、神士が国に牙をむくのはもっと避けたい。そのために作られたのが調停官という役職である。間で上手く相手を制して、国の利益になるよう誘導する職だ。


 小さな宗教でありながら、巨大な剣を抱える宗教……アゲイト教は調停官にとって最もわかりやすい相手だ。不介入でも良し、味方につければもっと良し。世界中に信徒が散らばる大宗教と違って少宗教は掌握が不可能ではない。

 難易度は高いが、この任務はロイコにとって一発で向上が見込める。



「たのもう! ですわ!」



 気合とともに扉を潜ったロイコは空振った。中にいるのは調度品を磨いている逞しい男だけだった。



「……もし? この教会の代表とお会いしたいのですけれど」

「ああ……はい。何か御用で?」

「ですから、教会の代表とお会いしたいと……」

「私ですが」

「はい?」

「私がタイトのアゲイト教会に仕える神士、コライトです」


/


 ロイコがコライトに抱いた第一印象は、精悍だが普通の男というものである。言ってしまえば、神士……それも超越者として自力で神域に入り込んだ人間には見えなかった。武術の達人でも無ければ、余程勘のいい人間でなければコライトの存在感は察知できないため、ロイコの反応はごく自然だ。


 出された茶は2級品だが、悪意はない。コライトも同じものを自分の側に置いているし、ロイコも節約でこちらの方が馴染みがある。総じてまずまず歓迎されているらしいとロイコは感じる。



「さて、調停官については噂程度にしか知りませんが……当然に挨拶だけに来られたというわけではないでしょう? たのもう……というのは良かったですが、残念ながら入信希望というわけでもないようで」



 先程の気合を思い出し、ロイコは赤面した。そうなると途端に少女のように見え、美しいから可愛らしい印象へと変わる。家柄から目を付けられて、辛い見習い時代を過ごしたがロイコ個人になるとむしろ愛される気質のようだった。



「え、ええ……でも挨拶というのも間違いではありません。わたくしがこの教会との折衝役に赴任することになりましたので……特別な便宜を図るなどは無理ですが」

「正直な方だ。アゲイト教は自己練磨を旨とする教え。言い方は悪くなりますが、調停官殿に対して不正をもちかけるような真似は決してしませんよ。あの方ときたら! そんな真似をすれば、生きたまま焼いたりしてきますからね」

「あの方って……もしかして……」

「ええ。女神アゲイトです。未だ力及ばず、やられるがまま……しかし、いつしか己が抗いきって見せましょう!」

「えぇ……」



 神がわざわざ自分で出張って、折檻するのもおかしい。その眷属神が堂々と主神を超えると宣言するのもおかしい。おかしいところしかないのだが、どうにも大真面目らしい。ロイコは自身が学んできた宗教的在り方から外れたアゲイト教を前に、めまいがしそうだった。



「と、ともあれ。初日なので簡単な確認をさせて貰います」

「はい。どうぞ……と言っても、申告しているもの以上の情報は出ませんが」

「まずは宗教的規模ですが……これは本当なのですか?」

「はぁ……大陸で200名程度ですね。もう一人の神士が全国を行脚しているので、増えていると喜ばしいのですが」

「……次に構成なのですが、これもまた……」

「お恥ずかしい。総大司教は空席。司教が一人。司祭と侍祭あわせて10名足らず。そして我ら眷属神が2名です」



 当たり前だが組織は普通三角状に下へ行くほど多くなるものだ。それがアゲイト教に限っては穴が空いたチーズと言ったことになっている。しかし、この規模で眷属神が2名というのは何の冗談かとロイコは思う。

 大宗教でも自力で神域に至る者は一世代に一人いるかどうかだ。それが200名程度の中から二人となれば、どうしてそんなことになるのか想像することもできない。



「一番大事なことですが……シリシャス教国のために戦う忠誠心は持ち合わせていますか?」

「国のために、という点においては全く持っていません。しかし、人々が、国が、覚悟をもって選択したはてならば助力は惜しみません。戦いに関しては相手の覚悟があるならば、遥か上の相手であろうと存分に」

「……分かりました」



 一応は納得の声を出したが、首輪を付けることは難しいことを思い知る。シリシャス教国が道理を弁えないような場合、彼はむしろ敵となるのも辞さないだろう。確認と言ったように、ロイコは知っている。その評判とは裏腹に、アゲイト教は秩序にして善なる神の一柱。国が誤った“選択”をしたならば……



「そういえば、調停官殿。逗留先はどこに?」

「ああ、はい。ロクロ通りの集合住宅です」

「あまり治安がいい場所では無いですね……調停官殿がよろしければ、この教会に空き部屋は幾つもありますが」

「良いのですか!?」

「ええ。どうせ、使っていないですし。食事は最低限になってしまいますが……私は食わなくとも生きていけるので」



 調停官の地位はあまり高くない。もう見習いではない身である以上、神儀省の寮は借りるのに金銭が必要となる。だからこそ、物価が安い地域で貧乏暮らしをしていたのだが、住居費が浮く。

 それも“女神の円卓”という中央に近い区域に住むことができるのだ。職権濫用に見えるが、給料が安い分、国はこうした関わりを黙認している。探られると国の方が腹が痛い。



「では、よろしくお願いしますわ!」

「はは、調停官殿は実に明瞭に選択なさる。瑪瑙の教えにとって好ましい方だ。アゲイト様もきっとお喜びになるでしょう」



 もうひとりの神士の部屋以外ならばどこでも良いと、聞くとロイコは素早く別れて戻っていった。

 同居人が増えた。信徒は増えていない。

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