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神の教え

 シリシャス教国。それが国の名前だった。

 

 その名前が示すとおり、宗教活動が盛んな国である。中堅程度の大きさの国であり、お世辞にも強大と呼ばれる国では無かった。国力、軍事力ともに中の下といったところでいずれ消え去る泡沫の一つに過ぎなかっただろう。


 だが、シリシャス教国は成立して300年ほどの時間が流れても、未だに健在であった。それは教国という名が示す通りに、あらゆる宗教を受け入れた結果だった。

 実のところ、教国などという名は実に打算的な発想から生まれでたのだ。この大陸では多神教がほとんどである。そこで教会をあらかじめ造り、提供する。すると敵対する国々の中にも同様の信仰を持つものがいるため、動きが鈍くなる。そうしてわずかな時間の間に、他の国から助力や調停がもたらされる。これも信仰の賜物だ。

 もちろん、全く攻められないわけでもないが……この信仰を利用した辣腕でシリシャス教国は生き残って来たのだった。


/


 中堅と言っても、流石に首都ともなれば広い。シリシャス教国の首都であるタイトには数多くの区画があった。そのうちの一つが“女神の円卓”と呼ばれる広場だ。

 円卓と言っても別にテーブルがあるわけではないが、円形広場の外縁に沿って女神達の教会があるためにそう呼ばれていた。


 居並ぶ女神教会の一つ。瑪瑙色の建物は“選択と研磨の神”、アゲイトの教会……あるいは神殿である。


 その中では暁時にも関わらず、一人の男が掃除に熱中していた。

 カソックを着ているが、首に赤い瑪瑙で出来た首輪を付けている。最高位聖職者の証であり、宗教によっては神域へと至ったという境地にある者に与えられる代物だ。

 珍しい青色の頭髪と黒目が、既に絶滅したとされているディケイ族の血を引いていることを示していた。


 名をコライト。この教会を預かる身であり、同時に女神アゲイトの使徒である神士を務める身であった。


 彼のような役職に着いているものは数多い。だが、掃除など普通はしない。なぜなら高位聖職者ということで、本来なら司教や大司教という地位にあるはずだからだ。

 だがコライトは違う。発達した筋肉を存分に使って、隅という隅のホコリまで払って満足げな顔をしている。終わる頃には説法の時間が近づいているため、急いで身なりを整えた。


 各教会も朝の礼拝などで騒がしくなってくる中、アゲイトの教会にも礼拝者たちが集う。

 その数、実に5人。コライトが雑事をしているのも単純に、住んでいるのが彼だけだからである。


 そう……一国の首都において、アゲイト教はとんでもなく不人気であった。


/


 アゲイト教が不人気な理由は身も蓋もない。現世であれ、あの世であれ、利益らしい利益が薄いからである。薄いは言い過ぎかも知れない……全く無いと言った方がより正確だろう。


 物質的なものでも、精神的なものでも、信徒同士の結託であれ……どこかの教会に所属することには相応のメリットがある。ところが、アゲイト教にそんなものは一切無い。

 よほどに熱心な信徒であれば本気で帰依する者も多いが、多寡を問うなら利益目当ての者が多数派となる。別段悪いことではない。そもそも利益が無くとも構わない者の方が単純におかしいか、裕福な身の上だろう。


 そこいくところアゲイトは“選択と研磨の神”……研磨は鍛冶の分野ではなく、自身のことを示す。要は努力を奨励する神であり、自己を鍛え上げ、来たるべき時に備えるのが教えの根幹にある。

 ちなみにアゲイト聖書の序説には“コレを読んでいる暇があるなら、別のことをしろ”と書いてある有様である。人気が出るはずも無いというものだが、極端ゆえに数少ない信徒は意外に大成する。ついでに言えば、一癖も二癖もある者しかいない。


 現にコライトの前にいる面子は闘技場の絶対王者、顔を剥がされた傭兵、資産を毎回全てベットする賭博師、財を成しながら一人で行動する行商人と怪物ぞろいである。一人は初見だが、それを気にするコライトでもない。



「皆様、女神アゲイトの言葉に耳を傾けてください。女神は仰られました……成し遂げよ。そう、成し遂げるというのは最も過酷な試練です。それは夢や生き様、あるいは行動そのものを指すからです。この一節を引用するのも、私にとっては大変な試練です。なぜならばかくいう私もそれが実現できていない。それは、多くの場合……死に行く刹那にこそ問われることだからです」

「しかし、コライト殿は人から小神へとなった身。それが未だなし得ていないとはいかなることであるのか。手前に説いて欲しい」



 闘技場の英雄が静かに問う、言葉にもコライトは笑みを崩さなかった。

 黒い瞳は黒曜石を思わせる。研磨され、偉大な切れ味を誇るようになった石である。



「良い言葉です。今の質問は存在の位階を示す階段を想起させるでしょう。確かに私は人を超えた。自慢のように聞こえるかもしれませんが……しかし、これは成し遂げたと言えるのか? 位階に思いを馳せるのはとても良いことです。小神を目指していたのならば、私は確かになし得ていたでしょう」



 小神とは何らかの分野において、性能が本来あるべき生物の限界値を突破した者で、ある種の半神半人を意味している。コライトは戦闘能力という点において、その壁を確かに突破した。力尽くでだ。



「今ひとつ、女神のお言葉に耳を傾けてください。己に貴賎なし。これすなわち、大事なのは壮大さでも矮小さでもないということです。私を例に出しましょう。私が望むのは己がどこまで武威を研磨できるか。そう……すなわち夢の“選択”。なんでも良いのです。掃除を極めたいと思うのも、知性を満たしたいという願いも等しく同等。私も小神と成ればこそ、次へと挑まなければならない。結末あるいは終点。それを決めることこそが、肝要なのです」

「むぅ。確かに……手前が目指すのも闘技の極点。それは一体どこにあるのか……」



 偉大な戦士は瞑目して、己に問いかけはじめた。いい傾向だとコライトは思い、笑みを深くした。

 アゲイトに仕える者が唯一できる援助は、彼らに選択や思索を迫ることである。のっぴきならない状態の者が相手であれば、選択肢を与えることもあるが最終的には自分で決めさせる。


 それぞれと問答を交わし、互いの選択を練磨する。アゲイトの教えに叶った充実した時間は過ぎ去り、日が高くなった。少数の信徒達はそれぞれが自分だけの戦場へと戻っていく。

 どんな環境であれ、戦場と見るのもアゲイト教の特色だ。たとえそれが家事や雑事であっても、生き抜くための尊い行いと見るのだ。


 かくして教会に残ったのは二人だけ。コライトと新顔の青年だった。

 青年の顔を見れば、悩みがあることは誰にだって分かることだろう。にきび面を時折動かしながら、もじもじと葛藤している。


 一段高い教壇から降りて、コライトは青年へと近づいて行く。



「さて。貴方に必要なのは相談に応じることか、あるいは懺悔を聞くことか。どちらにせよ言葉にするということが抱えし葛藤への答えとなることがあります。それでも、アゲイトは選択の神。貴方が私にそうした話をするか、それとも別の神へとすがるのか。それもまた貴方の自由というものです」

「い、いえ。実はもうほかの教会にも行ったのです。恥ずべきことかもしれませんが……」

「出来得る限りの手段を尽くす。そこに恥はありません。気持ちをあざ笑うことは、どの教えでも忌むべきところです。むしろ、その事実を恥じながら言葉にした貴方に敬意を覚えます」



 青年はつばを飲み込み、意を決したように口を開いた。



「わたしは先日入隊したばかりの新兵です。幼い頃から英雄譚や武勇伝を聞くのが好きでした。しかし、実際に入隊してみれば……」



 恥じらっているのだろう。青年の告解はわずかの間、途切れてしまう。アゲイトの使徒たるコライトはこうした場合には助けを出す。それが良いか悪いかは完全に別問題だとしても。



「周囲によって理不尽な目に合わされ、ただただ苦しいだけ。輝かしさも清々しさも無い。隊によって異なりますが、治安の良い配属先にむしろ多い傾向が見られる。……いわゆる新兵いびりですか」

「神士様は心が読めるのですか?」

「まさか。仮に読めたとしても、読むべきでないでしょう。私は自己の極点を目指し、位階を駆け上がることを選択しています。戦場に赴くことも多いのですよ」



 コライトは木製のベンチに腰掛けて、横向きに新兵の顔を見た。

 別に顔相を見ているわけでもなく、その悩みのほどを知りたかった。



「私が思いつく選択肢は3つだ」

「はい……」

「一つは逃げること。職を失うことにも繋がるが、逃げるという選択肢が新たな道を切り開くことも多い。決して悪いことではないのだよ」

「はい……!」

「今一つは立ち向かうこと。方法は耐えることでも、有無を言わせない結果を叩きつけることでも良い。苦しいことを前提としているが、次の戦場へと移った場合にも役立つ。王道というものだな」

「は、はい……」

「そして最後だが……殺しなさい」

「……はい?」

「まぁそこまでやらなくても良いかもしれんが、後顧の憂いを断つためにも確実に排除した方が良い。恨みを長く持てる者も存外に多いのでな。君をいびる人間は反撃を想定していない。殺すのは容易いことだ。努力が前半を苦労にするなら、これは後半を苦労にすることだ。君では確実に捕らえられてしまうからな。だが、私ならこれを選ぶな」

「……その……」

「うむ」

「もう少し地道に頑張ってみます」

「そうか。君の選択に祝福あれ」



 この新兵がどうなったかは分からない。

 確実に言えることはアゲイト教の信徒は増えなかったということだけである。


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