電磁異常
神士とは神に連なる現人神であり、代弁者である。そして神の代行者、すなわち神々が争うための玩弄物とも言える。
神士となるには大きく分けて二つの方法がある。
一方は人徳なり、寵愛であったり、気まぐれで神からその力を受け取る資格を得ること。与えられる力であるため、使いこなすには相応の努力が必要となる上に、相応しい態度を求められる。
ぽんと与えられた力でも努力が必要なのだ。与えることが簡単な以上は、奪われるのも容易い。結果としてこの方向性で力を受けた神士はそれに相応しい人物となっていく。善神なら善人に、悪神なら悪人に……という風に。
もう一つは自力で神の領域へとたどり着くことだ。未だにどういった能力を伸ばせば良いか、不明なところは多いものの、戦闘力や知力が代表的だ。一口で言うが、要は人界に収まらない能力値で高位世界へと到達する必要がある。
条件を満たしていても、次元に穴を開ける際に神の援護が必要となる場合は、既存の神の力を借りるため信徒になってから神士になるわけだ。コライトのような者がこれに該当する。
ちなみに、次元干渉すら自力で行う者は確認されていない。いたとしても吹聴するとは思えない。
「化け物め、怪物め……!」
絶対有利にあるはずのカレドは逃げ出したくなるのを堪えながら、戦闘を続行していた。
神士は眷属神かつ現人神。差がどれだけ巨大でも神々の舞台に上がっていることは間違いない。ゆえに神の御姿すら集中すれば見えるのだ。それによって導かれ、与えられる力は正しさの証明だった。
しかし、カレドは見てしまった。
コライトという神士の背後には、神の姿が見えなかったのである。つまり、このコライトという人物は神から何の保護も受けず、自力で戦っているのだ。
己が終始優勢なのも確かに説明が付く。カレドはリナラ神の力を供給される身だ。同じ舞台と言っても、木や石ころの役でしか無いものが主役に勝てる理由はない。端役ですらない、路傍に転がる石ころなのだから。
単純に武力や知力のみで比較するなら、自力で神域に指をかけた者の方が強くなる。己が神であるのだから、わずかながら自身の奇跡を持つ上に、主神の力が重なればどちらが上など問うのも馬鹿らしい。
「納得しているのか!? それで!?」
「ええ、勿論。別に貴方のあり方を否定する気はさらさらありませんので、ただ私には私のやり方が合っているというだけの話。力を貸してくれないことも、直接聞いていますからご安心を」
「ご安心できるか! 脳が沸騰でもしているのか!?」
それでは信じるという行為に対する見返りが一切ない。カレドは祈ったのだ、毎日毎日正しい生活を送って祈りを捧げた理想的な信徒。だからこそ神士に選ばれた。結果として様々な役得が発生し、自分より大切な家族たちも安泰だ。
「ははは! 話の前提がおかしいですね! なぜ、貴方の勝利が決まっているのです? 結果はまだで、私は生きている!」
苛烈な刺突乱舞を前にコライトは前進し続けているが、致命傷を避けているだけだ。それでも合間にカレドがヒヤリとするような、嫌なタイミングで一撃を加えてくる。肉体的には余裕があるカレドにとっては回避可能だが、それが意味するところはこの敵は自暴自棄などではなく、勝利への道筋が見えているということだ。
「お前ほどの男が死に瀕していても、姿を見せもしない! そんな神に仕える理由があるか!?」
「話が逆ですよ。数多の宗教を見回ったが、私が仕えるに値する神がアゲイト神しかいなかった。それだけのこと」
その目がどこを向いているのか、分からなくなるような言葉を放つコライトにカレドは絶句する。神が彼を見初めたのではなく、彼が神を値踏みしたのだ。
「“選択と練磨”。実にまともな発想だと思いませんか? 実のところ、人はどんな環境でも選べる行為は無限大。だが、悲しいかな……膂力が、知力が、胆力が、財力が、それらの力が無ければ選択自体が見えてこない。体格が良いことを傘にきた子供が、貧弱な弱い子供をいじめる。そんな状況でもそこらの石か何かを拾って頭をぶち壊せばそれで勝利だ。しかし、失うものの巨大さがそれを妨害する」
説法のように語る言葉、そのことごとくが極端だ。今の話一つとっても、いじめられていた子供がいじめっ子を殺したいと願うとも思えない。しかし、コライトの目には知性に似た輝きが煌めいている。それは聖者の輝きであり、だからこそカレドは嫌悪感しか湧いてこなかった。
――この男は……狂っているからこそ、理性的なのだ。
恐らくは幼少期に経験したことで変貌を遂げ、精神が捻れたのだろうと推測できる。狂っているのだから、どんな無理難題でもこなせてしまう。それでいて人の気持を理解できるから、社会に貢献しながら寄り添うことができる。
「……お前はその苦しみで何を目指している?」
「自己の極点。いずれアゲイト神を上回り、大神となる。そして、主神の座へと至る。その暁に、全ての人々にその時々で、とり得る行動が見える世界を作り上げる! 田舎のクソガキが小神にまで至ったのだ! 不可能な理由は無い!」
「……殺す!」
この哀れな幼子を止める。カレドは決意とともに、神の代行者へと回帰する。
不可能だからではない。世界を変えても、人は変わらない。そんなことさえ分からなくなってしまった子供へ葬送曲を送るため、神の水を招来する。
その威力は先程までの比ではない。彼の決意はアゲイト以外の神にとっても許せぬものだったから。ならばせめて同じ神士の自分が止めよう。コライトという男がいたことを忘れない。
最速にして、最高の一撃がコライトを貫いた。
「……ここだ!」
「なっ、えっ……!?」
胴体を貫き、そのまま切断するはずの神水が一瞬停止する。そして、操縦権に関わらず固定化された水をわずかに押し込みだした。比喩ではなく、カレドはその輝きを見た。それは自分の神とも親しい能力。気象現象の一つだ。
「神鳴操作能力……!?」
「そこまで強力じゃないが、もう遅い!」
神託型神士と自己発生型神士の最大の違い。すなわち経験値の差である。
コライトは確かにおかしいが、カレドの主神に現時点で勝てると思うほど頭に花畑は咲いていない。
円石を失ってただの鎖となった武器が、カレドに絡みつく。鉄棍を握っているコライトにも反動は襲いかかるが、そんなことは気にも止めない。両手を束縛されたことで水閃が脇腹をえぐった状態のまま、回転を始める。
電磁の力を用いた一撃。
「自分の国まで帰りなさい! 家族がお前を待っている!」
竜巻のように回転しながら手放される。カレドは遥か遠くに見える森にまで放り投げられた。普通なら死ぬが、カレドも神士ならば加減としては十分だろう。
「……どうも、女の子が相手だと潰すのに抵抗があるな。まぁいずれできるようになるだろう」
いつの間にか後ろに来ていたシリシャスの軍勢が歓声を上げた。
彼らはコライトが苦戦している様は見ず、勝利の瞬間だけ見ていたのだ。北の守将の采配は実に的確であった。
反対に、サフィー側は明らかに戦意が低下している。直接対峙したわけではないが、コライトの異常性はある程度伝わった上に神士が敗北したのだ。やる気が出るはずもない。
さらに、シリシャス側の砦から煌めく光の壁が左右に伸びていく。神士ナジンの結界……ブラッドス教の聖なる壁だ。
先にもまだ神士が控えていると知ったサフィー軍は引き上げを始めた。
神士を打ち倒すことで、サフィーを撤退させる。かつ、あまり禍根を残さないように……この無理難題をコライトは達成した。また一歩天に近づけたかと問いながら、自分の鉄棍が失われたことにコライトは気付いた。