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選択の戦場へ

 戦場とは現世に出現した地獄である。


 アゲイト教徒としても、そこに異論は無い。戦場では思わぬ輝きが発露することがあり、また人の力を高めることは承知している。だが、練磨の場所になり得ても、選択するには向かない場だ。単純化されすぎて、個人の色があまり出ない。このあたりは極端な教えながら秩序と善の神に数えられるだけあった。


 色は赤が少々に黒が大半。臭いはひどく判断を鈍らせる上に、不快感を覚えさせる。転がるかつて人間だった物達は、装束まで剥ぎ取られている。生まれたままの姿ではあるが、死後強制的にそうさせられた。



「ここまでは、12年前と何も変わらんな」

「そうだな。追い剥ぎの方がマシという、サフィー騎士団領国らしい光景だ。連中は従僕を引き連れてきていたからな」



 いかにも僧侶然とした細い体に、少し曲がった背丈に禿頭。同じく、北に派遣されてきた神士だ。名をナジン。老いてから神士となったため、老人の姿をしている。声と口調だけが見た目より若いため、奇妙な印象を人に与える。


 遠くに狼煙のごとく、燃えるキープタワー。シリシャスの国境沿いの守りは極めてお粗末なモノだ。なにせ最初から失陥することを想定しているため、安価かつ人員も最低限。守れるはずもない。

 しかし、そこからが防衛線だ。ここからはシリシャスも国らしく要塞に城砦を整えているが……そこでも既に一度戦闘が行われた後で、神士達は現場にようやく到着した。



「間に合わなかった……というよりは、連中の動きが早すぎたためですね。従僕の暴走も可能性としてはありますが、まぁここから先は通さない」



 必要以上に肩を張っていることに気付いたコライトは、強いて戦意を鎮める。緊張は事情を知るためか、あるいはサフィー騎士団領国のやり方が性に合わないためか。

 従僕というのはサフィー騎士団領国において、“ろくなものを持っていない”者達である。金が無い、家がない、没落した騎士や従士……そうした者たちで構成された一種の戦闘奴隷である。騎士個人にも従騎士任命権があることを利用して、地位を餌にする悪辣な徴兵方法だ。

 つまりは一発逆転を狙う者たちなのだが、彼らの戦意は低い。どうせ駄目だと己でも分かっているから。



「しかし、一度略奪で装備を整えた従僕達は侮れる存在では有りません。神士コライト、神士ナジン」



 二人が立つ胸壁に登ってきた者があった。いつも政治と板挟みになっている将軍であり、コライトは名も知らないが中々に大した人物に見える。わざとほどほどに失敗しろというのは難題であり、それを続けて来た男なのだ。



「将軍閣下。命令は届きましたか?」

「ええ、議長直々ですからね。家の額縁にでも飾っておきますよ。これが正解かは分からないが、いつもの予定調和よりは気分が良い。しかし、本当にお一人で行かれるお積もりか」

「アゲイト教徒ですので。それにナジン殿がいれば、戦況が悪くなることはない。贔屓ですが、連れてきた二人は酷使しないで下さいね。信徒少ないんです」

「了解しました。各城砦からの防衛戦力の展開を開始します」



 シリシャスも他の国と比べれば劣る、というだけでありキチンとした軍隊機能も持っている。しかし、それが発揮されるのは久々のこととなるだろう。



「ナジン殿。ここを頼みます」

「はっ! 儂もここにおるのだ。言われなくともやるわ。壁を作りしは、我らブラッドス教の本懐よ。お主の方がやりすぎないかが心配なぐらいよ」

「さて。あちらにも神士の一人はいるでしょうからね。生きるか死ぬか。分からずとも顔を見に行くぐらいは保証します」



 言うが否やコライトは胸壁から自然体のまま、飛び降りた。腐っても城砦であり、相当の高さがあったのだが気にもしていない。そして、肩に太い鉄棒と石の塊の合体物をかけて歩いていく。装備はそれだけで、服装もいつものままだ。

 どこまでもアゲイト教徒らしい姿であり、その行く先には難敵を望んでいる。神の祝福で神士となったナジンには理解不能な、確固たる信念と情熱を足に込めて……


/


 ロイコとドナイは、崇高であるからこそ誰もやりたくない仕事をしていた。既に開かれた戦端で死んだ者達の埋葬である。

 ロイコが僧兵の資格を持つがゆえの役割であるが、加えて国家の官吏でもあるということが原因である。


 死者も生前は様々な神を信じている。ゆえに、各宗教のやり方を完全に当てはめるのは無理があった。身許を確認するだけで、膨大な作業量となるだろう。なにせ敵の死体まで混ざっているのだ。

 そこでロイコの出番である。各教会が渋々同意した共通儀礼で簡単な埋葬と祈りをすませていくのだ。死体の取り扱いを神聖と考える宗教は、後にここを訪れて正式な葬礼を行う。死ねばただの肉という宗教も当然に存在するが、それはそれ。生真面目なロイコは不快さを感じる己を恥じながら、一生懸命に任務に励んでいた。



「神士コライトも無事だと良いのですが」

「旦那が? 負けるとこなんて想像もできないが、戦じゃあねぇ。敵にも同格がいるだろうから、安心はできないわな。それにしてもちっとばかし嬢ちゃんを見直したぜ。この仕事に文句を言わねぇ」



 ドナイが穴を掘り、兵の死体から装備類を剥ぎ取る。ロイコはその装備を磨いて、名前を示すものがあれば木板に名前を写す。そして墓標代わりに、その人物が持っていた剣なり何なりを一つだけ地面に打ち立てる。

 単純作業だが、死体を扱う役目だ。単純に視覚や嗅覚を通して、不快感が募っていく仕事。それをロイコは不快であることを認めながらも、投げ出したりはしなかった。

 残った装備類は城砦の施設係に引き渡す。防具の類は数を揃える場合、高価になってしまうので再利用が望ましい。こちらの力仕事はロイコがやる。手続き上の問題に加えて、顔が無いドナイを忌避する者がいるためだ。



「任務に貴賤などありません。強いて言うなら任務に携わる態度にこそ、それが求められるのですわ。こうして吐き気を催すわたくしは未だに醜いでしょうが、美しくありたいと願っています。それに……この武具達が次の所有者を守ってくれるかもしれない。そう考えれば手を抜くことなどできませんの」

「いやぁ……あんたは今でも美しいさ。少なくとも俺にはな。ちょっと眩しすぎるねぇ。俺にこの子を任せるなんて、旦那は試練を課しすぎだなぁ」




 口説かれているのか、何なのか分からないロイコは仕事に戻る。一つ一つを丁寧に、ただひたすら……そうすれば自分も戦っている気がするのだろう。


/


 そして、実際に戦う者もいる。のんびりゆうゆうと歩いていたコライトは、とうとう敵軍と遭遇した。落ち着き過ぎて、呆けているようにも見える。しかし、首飾りは彼らの気を引いたらしく逃がす気は無いようだった。

 敵の数は100ほどだろうか。その後ろに10人の騎士が構えているところを見るに、残りは従僕。相手の偵察部隊、あるいは先遣隊か何かのようだった。サフィーにいつもの一線を超える気があるという情報は、正しかったということだ。



「はっ! あの首飾りは俺が貰ったぁ! のけい!」



 血気盛んな一人の騎士が、コライトへ向かって直進してくる。その際、従僕の一人が馬に弾かれて呻きをあげる。

 馬上攻撃……歩兵ならひとたまりもない一撃である。しかも相手が使うは槍。射程さえ相手のモノとして、有利不利は分けられる。


 すれ違いざま、ぱん! とそう表現するしか無い音が響き渡った。

 コライトへ突撃した騎士は頭部が消滅(・・)していた。歓喜と嘆きを両立させて、能面になったコライトの声が静かに響く。あまり大きくない声だというのに100余人は、それを確かに聞いていた。



「アゲイト教の神士、コライト。戦いを選択する者だけ前に出よ。虚偽と強制は許されぬ」



 神士? 神士と言ったのか、この男は?

 そんな存在がなぜ、一人で戦場へ……答えは誰にも掴めない。ただ戦慄の風だけが吹き抜けていく。

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