間話 トゥルーアイ
「違う! こんな醜い物、愛せない!」
深夜の工房に眩い稲光が生まれ、雷鳴のような大音声が轟いた。
たった今出来上がったばかりのぬいぐるみ型の傀儡は、宙に浮かんでは弾けて消える。木造りの床や机、そして同様に木造りのベッドに黒いガラクタや泥が散らばり、黒い鬱憤と共に彼女の周りに積もっていった。
当たり前といえば当たり前だ。少女は、アイはそう嘆息する。
こんな醜いガラクタで拵えた傀儡を愛せるわけがない。そして、醜い自分の作った傀儡が、醜くないわけもない。たとえ人型の綺麗な傀儡でも。可愛らしい熊の傀儡でも。
どんなに愛くるしい見た目をしていたとしても、愛せないからこそ、こんなにも苦しいのだと。
「……熱い」
モノクロの視界が。灰色の世界がだんだんとぼやけて歪み始める。それに合わせて、熱くなる。心が火傷しそうなほどに熱い哀しさがこみ上がり、頬を伝って、蝋燭のようにポタリと落ちた。
「……熱い」
その哀しさは、手の甲に落ちては染み渡る。そこに刻まれた朱い紋様を象るように。染み渡って、明るく、淡く明滅し始める。
手の甲に刻まれた幾何学紋様は彼女が術師であることの証明であり、戒めだ。いつもは三日月のようにも見えるそれは、今日だけは醜悪に歪んだ笑みにしか見えなかった。そして、今だけは視界がぼやけていて良かったと彼女は心の底から思う。明瞭な視界の中央にその笑みを捉えてしまえば、過去に囚われた自分の気が狂ってしまいそうに思えたのだ。
いっそ、狂ってしまえば狂うことを恐れずに済むだろうか。
「……」
そんなことを思うのと同時、彼女の体を包み込んだ浮遊感とともに、灰色の視界が藍に染まって行った。
2
「……」
藍だった。周りは、空は海の底のように深い『藍』だった。上空では所々に黄色い星が光っていて、余計に藍が映えていた。空に手を伸ばすように尾を引いた、空と同じ深い藍色に染まった彼女の髪も、浮かんだ月に伸ばした手を包み込むローブも。黒とは少し違う藍色だった。
彼女を包み込んでいたのは哀だった。薙ぎ払うような、救い上げるような風に包まれてそんなことを思う暇はなかったが、地面に向かって真っ直ぐ落ちていくのは、死んでしまうのは、夢から覚めてしまうのは確かに『哀』で、『私』だった。
「……返して。私から色を返してよ」
そう呟くも、彼女の世界が灰色でなかった事はない。こんなにも綺麗な景色は夢の中にしかなかった。だからこそ、永遠に夢の中にいたかった。
彼女が何度そう願っても、いつものように、地面に落ちれば目が覚める。嫌な汗をびっしりとかいてベッドから飛び起きる。毎日繰り返していれば、わからないわけがなかった。
夢の中にいたいのに飛べるのは現実の中だけとは、なんと哀しい皮肉だろうか。
どうして哀しさはあるのに、他の感情はないのだろうか。哀しさに圧迫されて、息苦しい。いや、生き苦しいと言ったほうが正しいだろうか。
「返してよ……。私から色を返してよ……っ!」
そんなことを考えていると、痛みの伴わない衝撃がその体を芯から貫いた。