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迷宮の守護者


「プロテクトスフィア、眷属召喚サモンパペット自動迎撃陣(カウンターサークル)……」


 隠し扉の前では、アイの詠唱によって様々な術が発動してはその効果を発揮し、次の詠唱が始まるのを繰り返していた。

 まず初めに多面体の障壁が彼女の周囲を覆い、二人の周りには泥でできた熊の人形が漂い始め、同様にいくつかの魔術陣が中空に漂い始める。

 全ての霊力が吸い取られるというのなら、元々持っている霊力を術という形で周囲に展開しておくことでその影響を軽減することができる。霊力を無駄にしないために、やらない手はなかった。


「……それくらいでいいんじゃない?」

「はあ、はあ……。霊力は貴重よ。少しも無駄にはできない」


 心配そうに声をかけセツナの言葉に取り合わず、アイは次なる術を行使するべく指を組む。が、その顔色は次第に青ざめ、息も絶え絶えになり、ついにはその膝をつくことになった。

 霊力とは、生命力とほぼ同義である。当然使い過ぎれば体調に異常を来たし、生命活動に影響を及ぼしかねない。それは高位の魔術師であっても、錬金術師であっても同じだった。


「大事なのはわかるけど、それ以上に自分を大事にしてよ……!」


 ふと、息を荒げて地面に手をついたアイを抱え起こすように、一筋の風が駆け寄った。


「……努力するわ」


 アイは相方に抱き起こされてゆっくりと立ち上がりながら、泣きそうなほどに歪んだセツナの表情にそう応える。軽口が叩けるだけ、まだ弱り切っていはいない。それは二人の間だけで成立する意思表示だった。


「もう、術のことになると人が変わるんだから……」


 アイの言葉が不可解だったのか、セツナは不安げな表情の中に一抹の疑問を紛らせる。それは、普段の軽薄そうな振る舞いからは考えられない表情だった。


「……あなたもね」

「……?」

「……なんでもないわ」


 ——あなたも、私が無理をすると人が変わる。


 そう口に出すことはできず、アイはふらついた足取りで扉に刻まれた陣に寄りかかるようにしてその手を触れ、最後の冒険が幕を開けたのだった。




 アイが陣に手を触れると、魔術陣はそれに合わせて反応する。

 すでに彼女の霊力は底を尽きていたために魔術陣特有の発光はなく、代わりにカラクリが動くような機械的で重々しい音を立てて扉がゆっくりと開き始めた。


 隠し扉の先には先ほどの通路と同じように岩肌に包まれた、五十メートル四方ほどの部屋が広がり、


「……ゴーレム?」


 その中央には見上げるほどに大きな石像がこちらを睨みつけるように鎮座していた。

 柱のように太い両脚に重厚な胴体。そして、巨大な鉄槌を両の手で携えている。

 至る所を鎖で縛られ、部屋の周囲と繋がれたその姿は迷宮でよく見る石像の魔物に見えなくもないが、その割には体の細部まで作り込まれており、所々の装飾からはある種の芸術性が感じられた。

 少なくとも、術によって作られた傀儡の類と一絡げにすることは憚られるだろう。


「魔界の最奥にそんなチャチなものが配置されているとは考えられないわ。そして、やたらと大きい図体に、鉱物の体。考えたくもないけれど……」

「まさか、ガーディアン……?」

「それくらい出てきてもおかしくないわ。何気に、初めて戦うわね」

「というか、守護者との戦いは避けるべきって冒険者の心得にも書いてあるし……。だって、創造神の使いだよ? かつて神墜しの侵攻から創造神を守った破壊兵器。先にどんなお宝が待っていても諦めて逃げるべきだよ」


 口ではそう言うも、セツナはひどく落ち着いているように見えた。それはある種の決意をアイに感じさせた。

 しかし、それも仕方がないだろう。人間からは守護者と呼ばれる創造神の使い。時折、広大な迷宮の奥地に配置されている主級(ボス)指定の存在。英雄と呼ばれる序列一位の一党すら返り討ちにし、勇者すらも苦戦させるその姿から魔物と呼ぶことすら憚られる神聖な存在だった。


「今更逃げるなんて労力の無駄よ。ここまできたなら、やるかやられるか以外に選択肢はない」

「まあ、最後の相手にはふさわしいよね。相手にとって不足なし。一度言ってみたかったんだ」


 そう言って、ふらつきながらも一歩一歩進むアイの後を追うようにセツナが扉の先に足を踏み入れると、隠し扉が再び重々しい音を立てて二人を飲み込んだ。




「なんか、すごい揺れてない……?」


 唐突に周囲が激しく振動し始めたのは、二人が隠し扉の先に足を踏み入れてすぐのことだった。

 轟音とともに背後の扉が閉まり切ったのと同時。鎖につながれた石像が突如として激しく震えだし、鎖の合間から眩い光の本流が溢れ始める。


「どうやら、扉の開閉が封印解除の条件だったみたいね。戦う準備は」

「とっくの昔にできてるよ。そっちは」


 セツナの方は準備万端といったところだが、一方のアイは霊力が尽きている。守護者の拘束が解ける前に体勢を整える必要があった。


「……少し待ちなさい。『霊力変換スピリチュアルチェンジ』」

 アイの詠唱とともに、周囲に漂っていた眷属(パペット)が光の粒子に変換され、霊力としてアイの体に取り込まれる。

 予め召喚しておいた眷属を取り込んで霊力が回復したとはいえ、まだ許容量の三分の一と言ったところである。

強敵と戦うには心許ないが、体調を万全に戻すのには必要最低限の霊力だった。


——外敵の侵入を確認。最終防衛プログラムを起動します。


「「っ!」」

 ふと、どこから発されたかも定かではない無機質な声に対する二人の反応は迅速だった。

「……っ! セツナ、後ろに! 『|不可視不可変の絶対障壁キープアウト・エリア!』」


 とっさにアイは行使できる中でも最上の範囲防護魔術を周囲に展開し、


「お願い精霊さん! 『風精霊の加護(ブレスオブシルフ)!』」


 セツナが風の精霊術を行使することで二つの術による絶対領域が構築される。そして、


「う、うわ!」

「これは、術じゃ堪えられない……っ!」


 直後、ガーディアンの拘束が解けると同時。周囲が何も判別できなくなるほどの白い光の本流が障壁に衝突し、轟音とともに世界が白く塗りつぶされた。

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