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二人ぽっちのダンジョンウォーク


「……おかしいわね」


 アイが訝しげな声を発したのは、城内に足を踏み入れてすぐのことだった。城に足を踏み入れた途端に大量の魔物と戦うことになることも覚悟していたが、二人に対して一切の反応がないことにアイは違和感を禁じ得なかった。

 常識など少しも通用しない魔界の最奥で想像通りのことが起こること自体が想像の埒外ではあるが、それにしても妙だと言わざるを得ないだろう。


「もぬけの殻……ってやつかな」

「油断せずに警戒しておきなさい。あなたの仕事でしょ?」


 油断しているときにこそ窮地は顔を覗かせる。そう言わんばかりにアイは相棒を咎めるように釘を刺す。

 今二人が足を踏み入れているのは辺境の迷宮(ダンジョン)ではなく、魔界の最奥に鎮座する魔王城である。真正面からの侵入者相手に兵を送らないどころか、一切の反応すら見せないのは端的に言ってあり得ない。

 であれば、想像しうる全ての事態を警戒するのは当然だった。


「でも、探査(サーチ)には何も引っかからないよ? 罠も魔物もお宝も」

「……古い情報をつかまされたかしら」


 高い情報料を払って情報を集めた後に迷宮の攻略や暗号の解読などしかるべき手順を踏んで地図を手に入れた二人だったが、そもそもの情報が最新ではない可能性も考えられる。しかし。


「たとえ昔の魔王城の情報だとしたら、そんなの歴史的な重要資料だよ。研究所かなんかで厳重に保管されてる類のやつ。漏洩するなんて考えられない」


 実際、人類は幾度か魔王城を陥落させることに成功していた。その度に当時の勇者が魔王を追い詰めているのだが、毎回のようにあと一歩のところで取り逃し、新たな魔王城が魔界のどこかに出現していた。

 今二人がいる場所が旧魔王城ということも十分に考えられるが、城門が異常なく残っていた点や、情報の出所からそれはあり得なかった。


「とにかく、警戒して進みましょう。もしかしたら、何も反応がないこと自体が罠かもしれない」

「了解。間取りは手に入れた地図と同じみたいだから、場所を間違えたってことはなさそうだしね」


 そう一言交わし、二人は広い通路の奥へと暗がりに紛れるように足を踏み入れた。



「なんかつまんないなあ。お宝の気配もないし」

「……まあ、魔物の一匹くらいは出てきてもいいとは思うわ。幸い、道中で十分すぎるくらい触媒は手に入ったし」


 魔王城に足を踏み入れ少しした頃。薄暗く景色も変わらない城内を散策することに飽き飽きしたとでも言わんばかりにセツナは退屈そうに欠伸(あくび)を浮かべ、アイは肩を竦めて同意する。


「それに、新しい術の実験台も欲しいところね」


 特段戦闘を好んでいるわけではないが、大物と戦う前に肩慣らしをしておきたいところだった。最も、雑兵どころか、大将であり討伐対象である魔王すら城内に存在しない可能性もあるのだが。


「あはは、便利だよねえ錬金術って。屍があればいくらでも術を使えるんだから」

「触媒は貴重品よ。本当は錬成に使いたいところだけど、魔物が多すぎるのよね。この世界」

「そのおかげで冒険者なんていう生き方ができるんじゃないか。実際、キミが普通にお仕事してる姿は想像できないし、多分無理でしょ」


 呑気そうに頭の後ろで手を組んで今にも鼻歌でも歌い出しそうな様子で言うセツナだったが、その間にも彼女が一切の隙を見せることはなかった。

 軽薄そうに見えても、そこらの冒険者では太刀打ちできないような強力な魔物の蔓延る魔界の奥地まで二人でたどり着けるような一党(パーティー)の片割れである。戦場での振る舞い方は正しく弁えていた。

 そんなセツナの軽口に、アイは殊更に顔をしかめてみせる。


「別に、必要に迫られればあなた以外とだって会話くらいできるわよ。元々話すのが苦手なわけじゃないし」

「あはは、ボクに向かって言われても説得力ないなあ」

「……ばか」


 実際、アイは魔術のこと以外を話すことが得意ではなかった。それ故、高位の魔術師と認められているにもかかわらずセツナと二人だけで冒険をし、生計を立てている。

 確かに人数が多ければその分だけ戦力は増えるが、同時に肩身が狭くなる。その結果、二人だけの熟練者パーティーというおかしな構図が成立しているのだった。


「……あれ? なんだろう、これ」


 ふと、セツナは通路の壁の一部に目を凝らして注意深く検め始める。彼女が声を抑えて息をするのに合わせて、片方だけ閉じた瞳が赤々と光り、揺れていた。


仕掛け(ギミック)、かしら。探査(サーチ)には反応しなかったのよね」

「うん。魔術陣みたいだけど……」

「見せなさい」


 小首をかしげるセツナを尻目に、アイは壁に設えられた魔術陣を細い指先でなぞるようにして解析し始める。

 アイが指を滑らせるのに合わせて陣がゆっくりと明滅しながら回転し、指を離せば光が消える。また触れれば光り出す。

 何度かそれを繰り返すたびに、アイは表情を険しくしながらも食い入るように、魔術陣に吸い込まれてしまいそうなほどに熱中していた。


「どう?」

「……魔力を注げば仕掛けが発動して扉が開く類の陣ね。少なくとも、近くを通りかかっただけで私たちの霊力を受け取り、該当する魔術が発動して即死……なんてことはないはず」

「ちょ、怖いこと言わないでよ……」


 実際、攻略難易度が高い迷宮には時折その手の罠が設置されていることがある。

 その場で対処のしようもなく、事前に正確な位置を把握していない限り死ぬ以外ない類の理不尽かつ残酷な罠。冒険者なら一度は似たような罠で痛い目を見て学んでいるだろう。

 そして、それは二人であっても例外ではなかった。だからこそ駆け出しの頃から情報収集はかかしたことがないのだが、今回ばかりはそうはいかないらしい。


 己の感覚と経験。そして、磨き上げた技能だけが頼りの迷宮探索(ダンジョンウォーク)である。


「虎穴に入らずんば虎子を得ず。危険があるということは、その分だけ得るものがあるということよ」

「あはは、冒険者っぽい考え方だよね。正直に言って詭弁だけど……」


 危険を冒さずして得るものはない。だからと言って、危険を冒したからといって必ず何かを得られるとは限らないのだった。

 しかし、そんなことはアイも承知している。その上で詭弁を弄するということは即ち。


「今回は、そんな詭弁が当てはまる状況ってことよ」

「あはは、いきなり危ない匂いがしてきたよ。そして、それに紛れたお宝の匂い」

「相変わらず現金ね」


 アイはそう言って苦笑するも、現金でなければ危険の伴う冒険者になどなっていないだろう。そして、それは彼女も同様だった。

 アイが軽く指を鳴らすと同時に魔術陣が青白い光を放ち次第に回転し始める。


「隠し扉の先には強敵が潜む。気を引き締めておきなさい」

「冒険者の心得ってやつだね」


 それは、冒険者たちが長い年月と数多の冒険を重ねた末に築き上げた経験則の集大成だった。愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。しかし、史上に賢者と呼ばれる存在は数えるほどしか存在しない。であれば、他人の経験に学ぶことこそが最も確実かつ安全な手段だった。


 二人が言葉を交わしている間にも、魔術陣はその回転を早め、車輪を引きずるような重々しい音とともに目の前の壁が二つに割れるようにして新しい通路が現れる。


「さあ、進みましょう。こういうのは柄じゃないけれど、お宝が待ってるわ」


アイはすべてを吸い込んでしまいそうな闇の中へと躊躇なく足を踏み入れ、


「ちょっと! それボクの台詞なんだけど⁉︎」


 憤慨したようなセツナの抗議は、冷たい石壁に染み入るように消えていった。

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