希望を捨てるにはまだ早いというお話
少し視点が変わりますが、次のお話からは戻ります。
——世界から錬金術師がいなくなって、どれだけたったでしょうか……。
刻一刻と闇に染まりつつある世界を見下ろしてしまえば、ため息が溢れるのは必然だった。
かつては栄えていた錬金術師もいつしか人族の手によって淘汰され、世界の均衡は崩れつつあった。
口伝てで代々伝えられる『錬金術』は習得が容易で体系化された『魔術』に代替され、少数派となった錬金術師は禁術の使い手として処罰の対象になり、闇の中へと葬られることになった。
——知らず知らずのうちに世界を救う鍵を手放してしまうなんて、なんといたわしい。
しかし、そんな人族を指して愚かだと切って捨てることはできなかった。
魔術が世界を動かす力なら、錬金術は世界を変える力。それを魔王に仇成すための剣と見るか、恐怖の体現と見るか。人族の大半は後者だったというだけだった。
賢く愚かな人族が、自分の身を、人族全体の秩序を守るために術ごと術師を殲滅しようとするのも無理はないだろう。ただ。
——せっかく人族の手助けをするために作った迷宮が永遠に攻略されないとなると、少し寂しいですね。
いつか現れるであろう強力な錬金術師のために仕掛けを用意し、強力な敵を配置し、もちろんそれらを攻略した者には魔王を倒すための道具を用意した。今となってはそれも骨折り損になってしまったのだが。
——いつまでも使われない迷宮を運営しているのも魔力の無駄遣いですし、そろそろ撤収しましょうか。
指先とついと動かして、もう使われなくなった城型の地形から魔物を撤退させる。そして、迷宮を城門から魔力に分解しようとしたところで……。
——おや、お客さんですね。これは珍しい。無駄な犠牲が出る前に早く中を片付けないと……あら?
迷宮に手を加える前に、城門が突如として消失した。
何かの不具合だろうか。いや、そんなことは世界が生まれてから何千年間、一度も経験したことはない。だとすれば考えられる結論は一つ。
——どうやら、まだ終わっていなかったようですね。人知れず淘汰されていったはずの存在が、人知れず世界を救う。実に私好みの展開です。
この世界も完全に魔に染まってしまうのかと半ば諦めかけていたが、見切りをつけるにはまだ早いらしい。
少なくとも、錬金術が死んでいないうちはこの世界もまだ捨てたものではない。か細い一縷の望みでも、希望を持つには十分すぎる。
であれば、魔界の最奥に二人だけで乗り込んできた存在に、最後の望みを託すのも一興だろう。
——魔物のいない迷宮なんてつまらないですし、とびっきりの試練を用意しましょう。久しぶりの迷宮防衛。腕がなりますねえ。
かくして、本人たちの預かり知らぬうちに、最後のゲームが始まったのだった。