8話
......ちょっと、言いすぎちゃったかな。私は一人きりになった部屋で考える。聞こえてくるニュースをBGMに手の平で顔を覆う。でも、私はどうしても克志に苦しむのをやめてほしい。だって......
「......好きになっちゃう」
ああやって苦しみながら仕事をして、結果を出している。うまい人ならもっとうまくできることでも泥臭く努力している。その姿に胸の奥から抑えがたいものがこみ上げてくる。
でも、その姿に恋をしてはいけない。だって、その人が苦しんでいる姿に恋をするということは、普段のその人を何とも思えなくなってしまうだろうから。その人が苦しんでいる時にしかできない恋なんてお互いに良くない。これは、きっとなくさないといけない感情なんだろう。
エンジン音が鳴り響く車内。俺は先日言われた通りもう一つのオーパーツを回収しに車を走らせていた。
「それにしても、ずいぶんと遠い場所なんだな」
車を走らせてから早1時間。そろそろ休憩を取ろうかなどと考えながら俺は呟く。
「しょうがない。認識阻害の機能があるとはいえ、できる限り人のいない場所に置いておきたいというのは当然の考え」
「まあ、そんなものか」
俺は考える。オーパーツというものを抱えている者がいる。なのにそいつはオーパーツを悪用どころか使ってもいないのだろう。目的が分からない。オーパーツを破壊したいができず、かといって黒神社に存在していたオーパーツの存在が分からずに見守るだけだったということだろうか?
「なにはともあれ、行ってみなければわからないことが多すぎる。のだが、どうしても時間がかかってしまうな......」
赤信号に引っかかり、水を飲みながら呟く。すると、華夜が咳ばらいをしてから話し始める。
「それじゃあ、話しておかなくちゃいけないこと、話すね」
「ふむ?」
話しておかなければいけないこと?
「まず、幻獣について」
「そういえば、九尾が何なのか聞いていなかったな」
『幻獣』。一般的かは分からないが、俺のイメージとしては架空の生き物の中でも神々しい生き物を想像する。例えば、麒麟や竜なんていうのは『幻獣』だし、鬼や座敷童なんかは『妖怪』というカテゴリーになっている。そのことを率直に伝える。
「うん、多分みんなそのイメージだと思う。でも、実は少し違って。妖怪も『幻獣』なの」
「ほう」
「漢字を思い浮かべればわかると思う。幻の獣。まあ、レアな獣みたいな」
「急に雑になったな。説明に飽きたのか?」
「少し。それで、この幻獣ってこの世界にまだまだ生息している」
「俺は見たことがないが」
「それはそう。大体の人間は見たことがないはず。簡単に見られたら幻なんかじゃないから」
「確かにその通りだ」
「それで、幻獣の特徴としては『幻術』という魔法のようなものを扱えるの。炎を吐いたり、雷を起こしたり。物理法則を無視した現象を引き起こせる」
「......それは厄介だな」
常識が通用しない。こちらとしては対策ができない特徴だ。
「だから、『オーパーツ』がある。オーパーツは言ってしまえば、人間が唯一、幻獣に対抗できる『武器』。もちろん、普通の拳銃で倒すことができる幻獣もいるけど。そういったものには最初から敵意がないし」
「敵意があるものはただの拳銃で対抗することは難しい、と?」
「うん。不可能ではないけど。というか、拳銃にも対抗できないようなら敵意はあっても攻撃はしてこないだろうし」
「なるほど......」
幻獣。非常に厄介な存在だ。こちらとしてはオーパーツが唯一の生命線といったところか。......む?
「それではなぜ華夜はオーパーツを破壊してほしいのだ?」
「......えっと。ちょっと、言えない、かも」
髪の毛をいじりながら目を泳がせて応える華夜。
「むう。まあ、無理に聞こうとは思わないが」
正直、あまり印象の良い話ではない。だが、一方でオーパーツがどれだけ大切かを教えてくれた。つまり、俺をだまして破壊しようとはしていないらしい。
「それより、少しお腹が空いた」
「む、確かにそんな時間か。そうだな、高速道路に入ってから最初のパーキングエリアで食事などどうだ?」
「分かった、待てる」
高速道路に入って、ひたすらに前の車両との距離を保つ作業に入って、俺は尋ねる。
「ところで。九尾はオーパーツを奪おうとしていたが」
「うん」
「幻獣は人間を支配しようとしているのか?」
「......うーん。違うし、そうでもある」
少し顎に手を当てて考えるそぶりを見せてからから答える華夜。
「というと?」
「九尾はね、人間を守ろうとしているの」
「......は?」
頭が処理しきれず、思わず漏れる声。華夜は続ける。
「今、幻獣たち......というか、私たちは非常に危険な状況なの」
「具体的には?」
「幻獣の中に狂った者がいる。幻獣が、殺された。ただ、誰が殺したかは分からない」
「誰が殺されたのだ?」
「鬼。それも、鬼神といって一番位の高い鬼が」
「それは、脅威だな」
鬼というものが俺のイメージする通りのものだとしたら、きっと相手はとてつもなく強い奴なんだろう。
「もちろん、不意を突かれたのだろうけど。暗殺だとしても、鬼を殺すことができる奴なんて数えるほどしかいない。今日本には世界中の幻獣が集まって来ていて、オーパーツを急いで確保しようとしている......って、話が脱線しちゃった。ごめん」
「いや、気にしないでいい。まとめると、だいたいの幻獣は人間を守ろうとしているが、人間を支配しようとしている幻獣もいる、ということでいいか?」
「ん、そんな感じ」
ふむ、少しややこしい状況になってしまっている。とりあえず、俺はオーパーツを手に入れることを第一目標として動けばいいだろう。もし幻獣に先を越されたとしても、手に入れた幻獣が人間を守ってくれればよいのだし、そこまで気負いする必要もない、のか?
「っと、とりあえず休憩だな」
俺はハンドルを切ってパーキングエリアへ車を進めた。
幻獣が悪い奴じゃないからって、攻撃してきた存在と友好的にはなりづらい。